【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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第1章

第4話 神殿への決意――“呼ぶ声”と影の残響

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 日が暮れはじめたころ、リュークは作業を切り上げ、村はずれの小屋へ向かっていた。
 入口に差し掛かった瞬間、視界が一拍だけ軋み、空中に透明な文字列がにじみ出る。

【個人ステータスを認識しました】

「……ステータス?」

【ステータス】
 名前:リューク
 レベル:(表示なし)
 スキル:(表示なし)

 胸の奥に、氷を流し込まれたような冷たさが落ちた。
(空白……?)

 この世界では、子供でも何らかの数値やスキルがある。
“何もない”という表示は、ただの異常ではない。まるで“存在を観測されていない”かのような──気味の悪さだった。

「……俺、本当にここに“いる”のか?」

 自分の履歴だけが切り取られ、世界の仕様だけが置き去りにされたような錯覚。
 その認識が喉を締めつけた――その瞬間。

 視界が反転し、胸奥をえぐるような光が走った。

 ――漆黒の室内。宙に漂うホログラムが数式の光を放ち、ノイズが揺れては消える。
 次に浮かび上がったのは、石造りの神殿。温かな光。流れる紋章。

 白銀の髪の少女が、祈るように両手を組んでいた。

 やがて、少女が顔を上げる。閉じられていた瞳が開き、まっすぐリュークを見つめる。

「リュー……ク……覚えてる……あなたの……メモリバンク……」

 ノイズが音の輪郭を裂き、言葉がふっと途切れた。
 だが、それでもその名だけは確かに届く。

 世界の色も、重力も、息づかいも一瞬“リセット”される。

(メモリーバンク……)

 意味は分からない。
 なのに、その音の並びが脳の奥を震わせる。
 身体の内側ではなく、どこか“外側”に記憶を保存する装置があるような、そんな感覚。

 気づけばリュークは膝をついていた。
 呼吸が荒い。汗で手のひらが濡れている。

 目の前の文字列は、もう消えていた。

 風が止み、時間が固まる。
 静寂の中――どこからともなく祈りの旋律が立ち上がる。
 外から響いているのか、自分の内側で鳴っているのか判別できない。
 胸の芯に触れ、優しく、しかし切実に揺らす音。

『リューク……早く、来て……私……ルミ……』

 息が止まる。

「待て……っ!」

 伸ばした手は何もつかめず、声だけが胸の内に残されて消える。

 ふらつきながら顔を上げると、視界の端で池が松明の光を弾いていた。
 汗を拭うついでに、何気なく水面をのぞき込む。

 揺れる自分の顔。疲れた表情。乱れた黒髪。冷たい青い瞳。

 ――そのすぐ背後に、別の景色が滲んだ。

 草原。夕焼け。
 今は夜で、頭上には星空が広がっているはずなのに、水面だけが“別の時間”を映している。

 顔を上げようとした直後、水面の奥で“何か”が揺れた。

 黒い影。
 輪郭の定まらない塊が、こちらをうかがうように蠢いている。

(……廃墟で見た“あれ”……)

 視線が合った瞬間、“声の形”だけが残った。

『お前と共に』

「……呼ばれた、気がした」

 それは自分の声ではない。
 だが、どこか馴染みがある。
“まだその時ではない”と告げるような、曖昧な手触り。

 問いかけかけた瞬間――少女の残像が閃き、影の輪郭に重なるようにして消える。

(なぜ……黒い影と、彼女が……?)

 もう一度水面を見る。
 だが、さっきの異常は跡形もなく、静かな夜空と自分の顔だけを映していた。

 波紋がひとつ落ちる。

「錯覚じゃない」

 リュークは小さくつぶやく。
 水面に映った黒い影。
 そして、同じ位置で閃いた白銀の少女の残像。
 廃墟で蠢いていた“ズレた存在”。

(偶然じゃない。どれも同じ線上にある)

 首飾りが、不意に小刻みに熱を帯びた。
“警告”として何度か感じた微かな熱とは違う。
 細かく震えるように脈打ち――やがて、拒絶に近い強い熱が一瞬走る。

「……止めようとしている……?」

 だが。

 少女の声が届いた瞬間、胸の空洞が確かに埋まった。
 その温もりが途切れた途端、逆に空洞が一気に迫ってくる。

(――この声を失ったら、俺は本当に“消える”)

 怖い。
 けれど、それ以上に――踏みとどまる理由が見つからなかった。

 砂のようにこぼれ落ちる記憶の欠片。
 その奥から、ひとつの声が浮かぶ。

『ね? 私の言うこと、ちゃんと聞いてくれるじゃん』

 白銀の髪。
 砂糖みたいに甘い匂い。
 曖昧なのに、確かに“いた”誰か。

(もう一度……会いたい)

 唯一、確かに残された願い。

「……神殿へ行く」

 罠かもしれない。
 俺の記憶を削った“何か”の仕掛けかもしれない。

 それでも――

(ここで目を背けたら、俺は俺を許せない。ズレを放置して進むような人間じゃない)

 その性分だけは、記憶を失っても変わっていないらしい。

 夜気がわずかに熱を帯び、風向きが変わる。

 リュークは、静かに、しかし確かな決意を噛みしめた。

「必ず、神殿を探す」

 どこか遠くで、“何か”が記録される音がした気がした。

「――もう二度と、見失わない」

 その小さな決意が、
 確かにこの世界の構造に、目に見えない小さな“ひび”を刻んだ。


 ◆村での作業
 翌朝。
 村の広場は、昨夜の静けさとは違う柔らかな気配に包まれていた。
 焚き火の残り香、家畜の鳴き声、パンを焼く匂い――どれも懐かしい「生活の音」だった。

(……悪くない朝だ)

 神殿へ向かうにしても、当てのないまま飛び出すわけにはいかない。
 情報も足もともしばらくは、この村で固めるしかない――そう自分に言い聞かせる。

 小屋の前を子どもたちが駆け抜け、リュークを見つけると一斉に手を振った。

「お兄ちゃん、おはよう!」
「罠、昨日の続きやるの?」

 ミーナも遅れて駆け寄り、昨日渡した鈴を胸元で揺らす。
 勢い余って足をもつれさせ、前のめりに倒れかけたところを、リュークが反射的に腕を支えた。

「わ、わっ……! あ、ありがと……」

「気をつけろ。鈴より先にお前が落ちたら洒落にならない」

 頬を赤くしながらも、ミーナは鈴を自慢げに鳴らしてみせる。
 小さな音が鳴るたび、どこか胸の奥がじわりと熱を帯びた。

「昨日の罠、ちゃんと音が鳴ったの。たぶん風だと思うけど……楽しかった!」

「そうか。じゃあ、今日はもう少しだけ精度を上げようか」

 リュークは笑い、木片と紐を手に取り、仕掛けの要だけを手早く組み直し~。
 その無駄のない指の動きに、子どもたちは息をのんで覗き込んだ。

「お兄ちゃん、早っ……! 今の、もう一回やって!」

「あとでな。今はここだ」

 ミーナが近づき、手元を見ようとして、ふとリュークの髪に触れた。
 指先に引っかかった毛先を、光の下でまじまじと見つめる。

「ねえ、ここ……やっぱり変わった色だね。銀みたいで、きれい」

「……そうか?」

 無意識に自分の髪へ指をやる。黒の中に淡く紛れた銀が、朝日に揺れた。
 記憶の空白に浮かぶ、白銀の髪の“誰か”――触れた瞬間、胸の奥がひりつく。
 リュークは小さく息を呑み、視線をそっと逸らした。

「へへ、ミーナね、この色、すぐ見つけられるんだ。昨日もちゃんと――あっ」

 勢いよく振った手が、今度は紐を引っかける。
 罠の支点がわずかにずれ、石ころがコトンと転がった。

「……ほら、こういうところだ」
「ご、ごめんなさいっ! でも、ちゃんと覚えるから!」

 泣きそうな顔で紐を握り直すミーナに、リュークはふっと口元を緩める。

 その時、広場の露店の店主が、こちらへ手を上げた。

「おい旅人、昨日の罠……村の連中、結構感心してたぞ。ありがとな」

 不器用な言い方だが、そこに棘はない。
 閉じた村だが、決して冷たいだけの場所ではない――そう思い始めた矢先だった。

「……旅人、ちょっといいか」

 店主が声を潜めた。
 表情はさほど変わらないのに、言葉に乗る空気がほんの少しだけ冷える。

「村長がお前に会いたいそうだ。今すぐに、だ」

「……村長が?」

 子どもたちの視線が、一斉にリュークに集まる。
 ミーナが不安そうに鈴を握りしめた。

「お兄ちゃん、怒られちゃうの……?」

「いや、大丈夫だ。すぐ戻る」

 リュークはミーナの頭を軽く撫でてから、店主の後に続いた。

 日差しが村の奥へと伸び、石畳に光の筋がいくつも落ちる。
 通りすがりの村人たちは作業の手を止めずにいるが、その横顔はわずかにこちらを窺っていた。
 耳打ちを交わす声が、風に紛れて断片だけ届く。

(……やはり、何か理由がある)

 案内されたのは、他の家とは明らかに造りの違う石造りの屋敷だった。
 扉の前で、空気の層がひとつ変わる。
 店主が重そうな扉を押すと、金属の軋みがゆっくりと響いた。


 次回: 異端の烙印
 予告: 神の加護なき者へ、世界は冷酷だった。
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