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第1章
第6話 少女の声
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バンッ。
教会の扉が激しく開き、冷たい風が吹き込む。
光の陣が揺らぎ、ノイズのように崩れていく。
駆け込んできたのは――ミーナだった。
その瞬間、虚空に浮かんでいた数式の残光は霧散し、天井のひびも、音も、すべてが"なかったこと"のように消えた。
胸の奥が冷たくなり、同時に汗が滲む。
(もし誰も来なければ、俺は――このまま壊れていたかもしれない)
「リュークさんは悪い人じゃないよ!」
幼い声が、張り詰めた空気を切り裂いた。
肩までの栗色の髪が揺れ、澄んだ瞳が村人たちを真っ直ぐに射抜く。
その姿は、現実へと意識を引き戻す"楔"のようだった。
「ミーナ、これは村の決定だ」
ロッドの声が低く響く。
だが、彼女は退かなかった。
「異端者って、誰が決めたの? その石? その光? ……それで人を疑うの?」
村人たちのざわめきが止まる。
ミーナは震える声で続けた。
「リュークさんは、私たちを助けてくれた。お腹が痛かったとき、介抱してくれた。あの手は温かくて、怖くなかった。――"何もしていない人"を疑うのは、神様じゃない」
言葉が、石壁の奥まで響いた。
誰も息をしない。風だけが、彼女の髪を揺らしていた。
リュークは、ただ立ち尽くしていた。
胸の奥で何かが軋み、やがて微かに緩む。
(……守られた、のか)
見上げた天井には、もう光も記号もなかった。
ただ、ミーナの声だけが現実を繋ぎとめていた。
村人たちは顔を見合わせ、ざわめく。
「……たしかに罠を作ってくれたのは事実だ」
「子どもを手伝ってもいたな……」
「だが、やはり……」
誰かの言葉を遮るように、ミーナが一歩前へ出た。
「だったら、リュークさんに仕事をさせてみればいい! 害がないと分かれば、それで十分でしょ!」
リュークは思わず彼女を見た。
(……俺を、庇ってる?)
言葉にならない感情が波紋を広げる。
さっきまで怒りと絶望で軋んでいた心臓が、いまは確かに温かさを覚えていた。
誰かが自分のために声を上げる――
それだけのことが、こんなにも重く、眩しい。
喉が熱を帯び、息が少しだけ重くなる。
リュークは視線を逸らすように顔を伏せた。
だが、口元は気づかぬうちに、柔らかくほころんでいた。
(……ありがとう)
声には出さなかった。
けれど、その感情は確かに胸の奥で強く息づいていた。
◆試練の提示
ロッドは長く考え込んだ末、静かに息を吐いた。
「……分かった」
その声に、場の空気が一瞬だけ凍る。
「では、条件をつけよう」
「条件……?」
リュークが問い返すと、村長は重い眼差しを向ける。
「明日、村の外れに現れる魔物を退治してもらう」
静寂。
「先日も家畜が二頭襲われた。畑も荒らされた。このままでは、村が保たない」
ロッドの声には、諦めと疲労が滲んでいた。
「それができれば、この村での滞在を許そう。報酬も出す」
リュークは息を呑む。
(魔物退治……ここで、俺が"何者か"を証明しろということか)
「ただし――」
老人の目が、鋭く細まる。
「失敗した場合は、そのまま村を去ってもらう。……本当に"災厄"なら、魔物を前にして正体を現すだろう」
冷たい一言に、場の空気がピンと張り詰める。
(なるほど。村の外で"試す"ってわけか――もし俺が化け物なら、そこで排除すればいい)
リュークの胸に、苦い理解が落ちた。
「どうするの、リュークさん?」
隣のミーナが、不安そうにこちらを見上げる。
リュークは数秒、床を見つめたまま考え込む。
(正直、勝てる保証なんてない。死ぬかもしれない)
拳を握る。血の滲んだ掌が、じんわりと痛む。
(それでも――ここで何もせず追い出される方が、よっぽど怖い)
やがて顔を上げると、まっすぐに答えた。
「……やります」
声は小さかったが、その響きは確かな意志を帯びていた。
胸の奥に灯った小さな熱が、恐怖を押しのける。
(これは試練なんかじゃない。俺が、世界に"いる"って証だ)
静かな確信が、彼の中で形を取り始めていた。
「よし……決まりだな」
村長は深く頷き、隣に立つ神官へと目配せを送った。
「明日までに準備を整えよ。魔物の出る場所は――」
そこで一拍おき、視線をミーナへ向ける。
「ミーナ。お前が案内しろ」
「えっ、私も!?」
ミーナが驚いて声を上げる。
「お前がこの旅人を庇ったのだ。ならば、その責任は取るべきだろう」
村長の言葉は揺るがなかった。
「ただし、危険に近づくな。距離を取って見張るだけだ。何かあれば、すぐ戻れ」
「……分かったわよ」
むくれたように腕を組んだミーナだったが、すぐにリュークへ向き直り、ぱっと笑顔を見せた。
「じゃあ、リュークさん! 一緒に頑張ろうね!」
その無邪気な笑顔に、リュークの胸の奥にあった重苦しさが、ほんの少しだけ溶けていく気がした。
(ああ。誰かの言葉で、心が軽くなるなんて……)
静かに拳を握りしめる。
(確かめる。この"世界"が俺を拒む理由を)
静かな決意が胸に沈み、リュークはゆっくりと歩き出した。
明日、自分の"存在"を証明するための戦いが始まる。
次回:魔物の正体を探れ
予告:夜に潜む影。噂と恐怖が交錯
教会の扉が激しく開き、冷たい風が吹き込む。
光の陣が揺らぎ、ノイズのように崩れていく。
駆け込んできたのは――ミーナだった。
その瞬間、虚空に浮かんでいた数式の残光は霧散し、天井のひびも、音も、すべてが"なかったこと"のように消えた。
胸の奥が冷たくなり、同時に汗が滲む。
(もし誰も来なければ、俺は――このまま壊れていたかもしれない)
「リュークさんは悪い人じゃないよ!」
幼い声が、張り詰めた空気を切り裂いた。
肩までの栗色の髪が揺れ、澄んだ瞳が村人たちを真っ直ぐに射抜く。
その姿は、現実へと意識を引き戻す"楔"のようだった。
「ミーナ、これは村の決定だ」
ロッドの声が低く響く。
だが、彼女は退かなかった。
「異端者って、誰が決めたの? その石? その光? ……それで人を疑うの?」
村人たちのざわめきが止まる。
ミーナは震える声で続けた。
「リュークさんは、私たちを助けてくれた。お腹が痛かったとき、介抱してくれた。あの手は温かくて、怖くなかった。――"何もしていない人"を疑うのは、神様じゃない」
言葉が、石壁の奥まで響いた。
誰も息をしない。風だけが、彼女の髪を揺らしていた。
リュークは、ただ立ち尽くしていた。
胸の奥で何かが軋み、やがて微かに緩む。
(……守られた、のか)
見上げた天井には、もう光も記号もなかった。
ただ、ミーナの声だけが現実を繋ぎとめていた。
村人たちは顔を見合わせ、ざわめく。
「……たしかに罠を作ってくれたのは事実だ」
「子どもを手伝ってもいたな……」
「だが、やはり……」
誰かの言葉を遮るように、ミーナが一歩前へ出た。
「だったら、リュークさんに仕事をさせてみればいい! 害がないと分かれば、それで十分でしょ!」
リュークは思わず彼女を見た。
(……俺を、庇ってる?)
言葉にならない感情が波紋を広げる。
さっきまで怒りと絶望で軋んでいた心臓が、いまは確かに温かさを覚えていた。
誰かが自分のために声を上げる――
それだけのことが、こんなにも重く、眩しい。
喉が熱を帯び、息が少しだけ重くなる。
リュークは視線を逸らすように顔を伏せた。
だが、口元は気づかぬうちに、柔らかくほころんでいた。
(……ありがとう)
声には出さなかった。
けれど、その感情は確かに胸の奥で強く息づいていた。
◆試練の提示
ロッドは長く考え込んだ末、静かに息を吐いた。
「……分かった」
その声に、場の空気が一瞬だけ凍る。
「では、条件をつけよう」
「条件……?」
リュークが問い返すと、村長は重い眼差しを向ける。
「明日、村の外れに現れる魔物を退治してもらう」
静寂。
「先日も家畜が二頭襲われた。畑も荒らされた。このままでは、村が保たない」
ロッドの声には、諦めと疲労が滲んでいた。
「それができれば、この村での滞在を許そう。報酬も出す」
リュークは息を呑む。
(魔物退治……ここで、俺が"何者か"を証明しろということか)
「ただし――」
老人の目が、鋭く細まる。
「失敗した場合は、そのまま村を去ってもらう。……本当に"災厄"なら、魔物を前にして正体を現すだろう」
冷たい一言に、場の空気がピンと張り詰める。
(なるほど。村の外で"試す"ってわけか――もし俺が化け物なら、そこで排除すればいい)
リュークの胸に、苦い理解が落ちた。
「どうするの、リュークさん?」
隣のミーナが、不安そうにこちらを見上げる。
リュークは数秒、床を見つめたまま考え込む。
(正直、勝てる保証なんてない。死ぬかもしれない)
拳を握る。血の滲んだ掌が、じんわりと痛む。
(それでも――ここで何もせず追い出される方が、よっぽど怖い)
やがて顔を上げると、まっすぐに答えた。
「……やります」
声は小さかったが、その響きは確かな意志を帯びていた。
胸の奥に灯った小さな熱が、恐怖を押しのける。
(これは試練なんかじゃない。俺が、世界に"いる"って証だ)
静かな確信が、彼の中で形を取り始めていた。
「よし……決まりだな」
村長は深く頷き、隣に立つ神官へと目配せを送った。
「明日までに準備を整えよ。魔物の出る場所は――」
そこで一拍おき、視線をミーナへ向ける。
「ミーナ。お前が案内しろ」
「えっ、私も!?」
ミーナが驚いて声を上げる。
「お前がこの旅人を庇ったのだ。ならば、その責任は取るべきだろう」
村長の言葉は揺るがなかった。
「ただし、危険に近づくな。距離を取って見張るだけだ。何かあれば、すぐ戻れ」
「……分かったわよ」
むくれたように腕を組んだミーナだったが、すぐにリュークへ向き直り、ぱっと笑顔を見せた。
「じゃあ、リュークさん! 一緒に頑張ろうね!」
その無邪気な笑顔に、リュークの胸の奥にあった重苦しさが、ほんの少しだけ溶けていく気がした。
(ああ。誰かの言葉で、心が軽くなるなんて……)
静かに拳を握りしめる。
(確かめる。この"世界"が俺を拒む理由を)
静かな決意が胸に沈み、リュークはゆっくりと歩き出した。
明日、自分の"存在"を証明するための戦いが始まる。
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