【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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第2章

第32話 スキルの記憶と、少女の断片

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 ギルドでの報告と酒場での反省会を終え、リュークは静かな夜の街を一人歩いていた。
 石畳を踏む足音が、人気のない通りにぽつぽつと響く。

(……ガルドたちには感謝だな。俺の知らないことを、いろいろ教えてくれた)

 手の中には、スキルクリスタルが静かに収まっていた。

 その澄んだ輝きを、リュークは夜空にかざして見つめる。

(これが……本当に、俺を強くしてくれるのか?)

 ベルハイムの灯火が夜風に揺れ、道端に不規則な影を作る。
 その光と影の中を、リュークは無言で歩き続け、やがて宿に辿り着いた。

 部屋に戻ると、静かに扉を閉め、灯りを灯す。
 柔らかな光が天井を照らす中、リュークはベッドに腰を下ろし、深く息を吐いた。

 そして手のひらにクリスタルを乗せると、それはわずかに温もりを帯びていた。
 まるで生きているかのように、鼓動にも似た脈動を感じる。

 次の瞬間、視界に文字が浮かび上がる。

【スキルクリスタルを使用しますか?】

「……ああ」

 その言葉を呟いたとたん、クリスタルが眩い光を放ち始めた。
 亀裂が走り、パキッ、と小さな破砕音を立てて砕ける。

 そして——
 ズン、と内側から熱が湧き上がった。
 掌から肘、肩、そして胸元へ。
 内なる熱は火のように広がり、リュークの全身を駆け抜けていく。

「っ……!」

 目の奥が焼けるように熱くなり、視界が霞んだ。

 そして、意識の奥に何かが流れ込んでくる。

 ——燃え盛る戦場。
 無数の兵士が剣を掲げ、叫び、怒号を上げながらぶつかり合う。
 その中心で、鎧をまとった戦士が必死に前線を守っている。

 ——そして、その傍らには一匹の黒狼。

(……シャドウファング?)

 狼は傷つきながらも、誰かを庇うように咆哮を上げ、敵の波に身を投げ出していた。
 血と炎、そして守ろうとする何か。

 ——だが、次の瞬間。
 景色は砕け、霧のように溶けて消えた。

「くっ……」

 リュークは呻きながら頭を押さえた。
 かすかな残響と、胸に残る既視感。

(あれは……ただの夢じゃない。俺とシャドウファング……あの場にいた。どこかで、確かに――)

 傍らでは、シャドウファングがベッドの影に座り、静かに彼を見つめていた。
 琥珀色の瞳が、何かを問いかけるように揺れている。

「お前も……何か、思い出せるのか?」

 リュークの問いかけに、シャドウファングは小さく鼻を鳴らし、目を細める。
 灯火の明かりに照らされたその瞳は、言葉を超えた“記憶”をたたえていた。

「記憶はまだ、霧の中。でも――何かが近い」
 あの“咆哮”の記憶……もしここで何かを見つけられるなら」

 リュークは一瞬、唇を強く噛んだ。
 喉の奥から熱いものが込み上げてくるのを、必死に押し込める。

「……何も知らずに戦うのは……ごまかしたくない」
「理由も知らず、意味もわからず、ただ命を賭けるなんて――嫌だ」

 声にはかすかな震えと、確かな決意が滲んでいた。
 リュークは深く息を吐き、視界に浮かぶ表示を見つめる。

【スキル「メモリーバンクLV.2」開放条件:金貨小5枚】
【記憶断片:未解析データ存在】

「……やっぱり、簡単には開放できないか」

 呟きとともに、彼は無意識に胸元へ手を伸ばす。
 そこには、くすんだ金属片の首飾り。
 風化しかけた“記録文様”のような刻印が、かすかに月明かりを反射していた。

(この感触……どこか懐かしい……けれど、何も思い出せない)

 かすかに震える指先を見つめながら、リュークはそのまま首飾りを強く握り締めた。
 熱を帯びた記憶のかけらが、今にも指の隙間からこぼれそうだった。

 ——だが、現実は非情だった。
 スキル開放には、まず【LV.1:金貨小1枚】、そして【LV.2:金貨小5枚】が必要。
 今の所持金では到底足りない。

(銀貨小にして50枚ほど……)

 リュークは苦い息を吐いた。
 心の中にわき上がる焦りと苛立ちを、必死に押し殺す。

(なら……まずは、金貨を貯めるしかない)

 彼の視線が再び、砕けたスキルクリスタルに落ちた。

 淡く脈打つ光。その奥に宿る“力”の気配。

(高ランククリスタルと通常の違い……あれも、もっと調べる必要がある)

 拳を強く握り、リュークは思考を整理する。

「金貨を稼ぎ、スキルを開放する」

 それが、今の彼にできる最も現実的な目標だった。
 当面の行動方針。

 ギルドで新たな依頼を受ける。
 装備を整え、より難易度の高いクエストに挑む。
 可能なら、発明や商売で資金を稼ぐ。

「……やるしかないな」

 小さく呟き、ゆっくりと立ち上がる。
 窓の外を見やると、ベルハイムの夜空には満天の星が広がっていた。

 その星々は、かすかに滲んで見える――
 けれど、その光は確かに、未来を照らしていた。

「よし……まずは、できることから始めよう」

 リュークは顔を上げ、まっすぐ前を見据えた。


 
 回想

 ◆夢の中の神殿
 眠りの淵に沈む意識の奥で、リュークはまた“あの光景”へと導かれていた。

 まぶたの裏に浮かぶのは、息を呑むような静寂――冷たい空気と、淡く揺らぐ神聖な光が満ちた空間。
 見覚えのないはずの“神殿”が、いつものように、そこにあった。

 高くそびえる柱の間から差し込む光が、色とりどりのステンドグラスを透過し、崩れかけた魔法陣の上で、かすかに踊っている。

 床を滑るように伸びた影が揺れ、空気ごと時が止まったかのような、静謐とした魔力の気配が満ちていた。

 中央に、ひとりの少女がいた。
 白銀の髪が光を受けて淡くきらめき、閉じられた瞳の奥には、凍てついたような哀しみが宿っている。

 彼女は両膝をつき、崩れかけた魔法陣の中心で、そっと両手を組み合わせて祈り続けていた。
 その姿は儚く、それでいて抗えないほどに、美しかった。

(……またか。何度目だ、この夢は……)

 目の前には、毎晩のように現れる“あの少女”――
 見たことがあるはずがないのに、心のどこかが、彼女を知っていると告げている。

『……リュー……ク……』

 名を呼ぶ声は、ひどくか細く、震えていた。
 けれど、その一言だけは、まるで鐘の音のように澄んで耳に届く。

 呼ばれるたびに、少女の輪郭が少しずつ鮮明になっていく。

 それでも――
 顔が、見えない。
 姿はすぐそこにあるのに、なぜか焦点が合わない。

 さらに、口から発せられるはずの言葉も、肝心な部分だけがノイズのようにかき消えていく。
(……誰なんだ。なぜ、俺の名前を……)

 リュークは無意識に手を伸ばす。

 だが、その指先が触れそうになった瞬間、
 視界にざざっという激しいノイズが走り、まるで映像を巻き戻すように景色全体が遠ざかっていく。

『この世界の真理に触れし……ザー……君は、ザー……選ばれ……ザー……』

 掠れた声が、どこか切実に、懸命にこちらへ届こうとしていた。

 その声は、現実の“外側”から――この世界の裏層から、リュークを呼び起こそうとしているようだった。

 ふと、空気が変わる。
 少女のまぶたが、ゆっくりと開かれていく。
 蒼――深く、果てしない蒼の瞳が、迷いなくまっすぐにこちらを見据えていた。

(……見ている。俺を……知っている、のか……?)

 その視線に射抜かれた瞬間、リュークの背をひやりと冷たいものが撫でた。
 まるで、魂の奥底まで見透かされたような錯覚。

 少女は、静かに唇を開く。

『リューク……早く……私……ルミ……』

 声の末尾が、ノイズのようにかき消える。だが、その呼びかけは――たしかに“名を呼んでいた”。

 リュークの記憶には存在しない――はずの名前。
 けれど、胸の奥に残る、消えかけた熱のような感覚が、それを否定しきれなかった。

 直後、空間が軋む。
 魔法陣に、砕けるような音を立てて亀裂が走る。

 神殿の柱が、ミシリ……と不穏な音を発して揺れ始めた。
 色彩が崩れ、光が歪み、音が失われ、世界の上下がねじれて反転する。

 次の瞬間――
 真白な閃光がすべてを飲み込んだ。

 世界が――崩れ落ちる。

(これは……夢じゃない。記憶か? それとも……まだ訪れていない“未来”か?)

 リュークの本能は、これはただの幻想ではないと告げていた。
 誰かの祈りが、何かの意志が、この世界の法則を超えて彼に干渉している。

 “見られている”――そんな確信だけが、妙に鮮明だった。

 ……風が吹く。
 再び、声が耳元に届く。

『リューク……来て……わたし……ルミ……』

 誰もいないはずの夜空に、かすかで、それでいて切実なその声が、確かに響いていた。

 リュークは――ぱちりと、目を開けた。
 夜はまだ深い。静寂に包まれた室内に、わずかな冷気が漂う。
 けれど彼の心のどこかには、確かに“何か”が、微かに揺れていた。

(……ルミ……ル?)

 口の中で、転がすように名を呟く。
 その響きは、まだ完全な形にはならない。

 けれど――
 確かに、彼の旅路は今、“誰か”のもとへと導かれようとしていた。


 次回: 依頼掲示板と揺れる選択
 予告: 地下水道の異変、正体不明の“影”に挑む決意を固める。

――――――――――――――――――――――――――――――――
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