【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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第5章

第75話 錬金の扉へ――小さな成果と森の試練

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 ギルド本部の石造りの建物は、朝の光を受けて静かに輝いていた。

 リュークは小さな革袋を手に、受付カウンターへと静かに歩を進めた。
 袋の中には、昨晩仕上げた高品質ポーションが三本。
 布に包まれた瓶同士が微かに「カラン」と鳴る。
 その響きが、緊張と期待を無言で物語っていた。

 カウンターの奥では、受付嬢エリナが帳簿をめくる音を響かせながら作業をしていた。彼女はリュークに気づくと、ぱっと表情を明るくして手を振る。

「おはよう、リューク。今日は……その袋の中身、もしかして?」

 リュークは軽く頷き、慎重な手つきで袋を差し出した。革の擦れる音が、静かな朝のギルド内に小さく響く。

「昨晩作ったポーションだ。試しにギルドで預かってもらえるか?」

「もちろんよ」

 エリナは嬉しそうに受け取り、瓶を慎重に取り出す。彼女の手がガラスを撫でるたび、「コト」と控えめな音が机の上に広がる。

「リュークのポーション、最近冒険者の間でも評判なのよ。『サラッとして飲みやすい』『効きが早い』って。私も少し試してみたけど、本当に効くわね」

 そう言いながら、エリナは鑑定用の装置を起動させる。淡く脈打つ魔力が瓶の内部を満たし、「ピィ」と短く電子音を立てて解析結果が浮かび上がる。

「……これは、すごいわ」

 エリナの声が自然と低くなる。驚きと感嘆が入り混じったその声は、リュークの耳に静かに染み込んだ。

「抽出率も安定性も申し分ないし、副次効果まで備えている。通常の回復ポーションの二倍くらいの価値があるわ。販売価格は一本につき、金貨小1枚でどうかしら?」

 リュークは思わず目を見開く。「そこまで……?」

「ええ。それだけの品質よ」

 エリナは真剣な表情で頷く。

「ギルドが代行販売するから、売上の2割は手数料として引かれるけど、それでも十分利益になるわ」

 リュークは少し考え込み、そして決意したように頷く。「それで頼む」

「わかったわ」

 エリナは柔らかく微笑むと、瓶を手際よく布に包み直し、奥の保管棚へと向かった。
 その際に瓶同士が小さく「コツ、コツ」と当たる音が、遠ざかっていく。

 彼女が作業する間、リュークはギルドホールの片隅に腰を下ろした。周囲では冒険者たちが今日の仕事の準備を進めている。その視線のいくつかが、すでに薬品棚へと向けられていた。

「戦わずに、こうして稼ぐ道もある―」

 リュークは心の中で静かにつぶやいた。

 自分の知識と手で作り上げたものが、人の助けとなり、正当な対価として返ってくる――その実感は、どんな魔法よりも確かなものだった。

 その背中を、ルミエルとシャドウファングが静かに、しかし確かに見守っていた。


 ◆小さな成果、そして次なる扉へ
 ギルドの受付を後にしたリュークたちは、石畳の通りを歩きながら、宿へと戻っていた。

 朝の喧騒が徐々に街に広がり始め、商人たちの呼び声や荷車の車輪が石畳を軋ませる音が、そこかしこから賑やかに響き始めていた。

 ルミエルがリュークの隣を歩きながら、小さく呟くように声を漏らした。

「ねえ、ポーション……売れるといいね」

「うん。でも……もう“売れないと困る”って気持ちのほうが強いな」

 リュークは少し苦笑いを浮かべ、手元の空の袋をぎゅっと握り直した。革の擦れる感触が、彼の不安と決意を静かに象徴していた。

 今回のポーションは試験的な品。材料費は決して安くなく、彼にとってはまさに勝負作だった。それでも《鑑定》による確かな手応えがあった。

 宿へ戻ると、テーブルの上には昨夜使った調合道具が、まだ片付けられずに残されていた。ガラス瓶がわずかに「カチ」と音を立て、リュークはそれらを手際よく片付けながら、ルミエルに目を向けた。

「次の準備を始めようと思う」

「もう?」ルミエルは驚き、目を丸くした。

「金貨が貯まり次第、『量子力学の記憶』を開放するつもりだ。そのためには、安定してポーションを作れるようにしておく必要がある」

 リュークの声は落ち着いていたが、静かな闘志が滲んでいた。

「量子の記憶が開けば、君の失われた記憶に近づける。……だから、今は地道にやるしかない」

 ルミエルは少し視線を落とし、しかしすぐに優しく微笑むと、そっと頷いた。

「……うん。少し怖かったけど、あなたとなら……大丈夫。きっと思い出しても、前に進める気がする」

「心配するな。君が過去を思い出したとき、悲しまないように……俺も強くなるよ」

 その時、宿の扉を「コン、コン」と軽やかなノック音が破った。

 リュークは一瞬だけ警戒の色を浮かべたが、慎重に扉を開ける。そこに立っていたのは、ギルドの使いの少年だった。

「リュークさん、受付のエリナさんから伝言です。ポーション、もう1本売れたって!」

 リュークは息を飲み、思わずルミエルと目を合わせる。
 ルミエルは満面の笑みを浮かべ、思わず声を弾ませた。

「ほらね!」

 シャドウファングも「フン」と満足そうに鼻を鳴らし、長い尾をゆったりと振った。

 それはほんの小さな一歩だった。
 だが確かに、量子の扉へと続く道が、今――静かに開かれ始めていた。


 ◆森の奥、薬草と危機の匂い
 翌日。リュークたちはギルドから受けた簡易依頼を手に、小さな森――《ティランの樹海》へと足を踏み入れていた。

 目的はポーションの主成分となる「ルナハーブ」と「セレナ草」の採集。

 どちらも日光を嫌い、湿度の高い森の奥深くでしか育たない、やや採集難度の高い薬草だった。

 森の中は、しっとりと湿った空気が漂い、遠くで鳥の羽ばたきと、水滴が葉を打つ「ポツ……ポツ……」という音だけが静かに響く。

 ルミエルは歩みを止め、木漏れ日のわずかな光を見上げた。

「ここの空気……少し重いね」

「魔力の濃度が高い。薬草には好条件だが……その分、魔物がいる可能性も高い」

 リュークは腰の短剣をわずかに抜き、刃が鞘を擦る「シュッ」という静かな音と共に周囲を警戒する。

 一方、シャドウファングは低く鼻を鳴らし、獣らしい直感で先導するように森の奥へと進んでいく。

 その背中を見つめながら、ルミエルがふっと微笑んだ。

「シャドウファングって、こういう時だけ妙に張り切るよね。……まるで、“探検家”みたい」

「……獣にも好みはあるんだろう」

 リュークが小さく笑うと、シャドウファングは振り向きざまに**フンッ!**と鼻を鳴らし、尾をぴんと跳ねさせた。

「……怒った?」

「拗ねたな。たぶん」

「ふふ……かわいいところあるね、ほんと」

 小さなやり取りに、わずかに緊張がほぐれる。
 やがて、一面を柔らかな苔が覆う静かな窪地にたどり着く。

 湿度と魔力が入り混じる空気の中、薄紫色の花弁をつけたルナハーブが、青みを帯びた葉の間から淡く輝くように咲いていた。

「……あったな。こいつがルナハーブか」

 リュークは静かに膝をつき、花ではなく茎の根元へと目を凝らす。

「採るのは花じゃない。茎の下、白く変色した部分……そこが最も成分が濃い」

 薬草を前に、迷いなく動くリュークの手。その指先は、葉の質感や湿度、色の微妙な違いを確かめながら、慎重にナイフを入れていく。

 小さく「スッ」と切断音が響き、薬草が根本から滑らかに切り取られた。
 その様子に、ルミエルが目を丸くする。

「すごい……“化学の記憶”って、ちゃんと役立ってるんだね」

「知識だけならな。けど、実際にこうして使いこなしてこそ意味がある」

 リュークは切り取った薬草を専用の布に包み、湿度や匂いを確かめつつ、ひとつずつ丁寧に採取していった。

 だが、その静かな作業を破るように――不穏な気配が漂い始める。

 シャドウファングが突如として牙を剥き、低く「グルル……」と唸った。
 リュークは即座に動きを止め、草むらに目を向ける。

 わずかに揺れる草影。

「……来るぞ!」

 リュークは短剣を逆手に握り直し、直前の穏やかだった空気が一変して張り詰めていく――。

 リュークがすばやく後退すると同時に、茂みを裂くような「バキッ」という音が響き、そこから姿を現したのは――背丈ほどもある巨大な昆虫型の魔物、《シザーホーネット》だった。

 その全身を覆う黒光りする甲殻は、薄暗い森の中でも異様な存在感を放ち、両腕に備えた鎌は「ギギッ……」と不快な音を立てながら開閉している。

「群れじゃなければ……対処は可能だ。 ただ、面倒だな」

 リュークは短剣を構え、相手の動きを注視する。
 シザーホーネットの翅が「ブゥン」と低く震え、空気が唸った。

 その直後、シャドウファングがリュークの前に素早く滑り込み、「ガルルッ!」と牙を剥いて威嚇する。

 鋭く重い唸り声が静寂を裂き、昆虫の足取りを一瞬止めさせた。

 ルミエルは即座に手をかざし、指先に淡い光を凝縮させる。「……ライトショット!」
 小さくも鋭い光弾が「ピシュッ」と音を立てて生成され、彼女の緊張を帯びた声が重なる。

「戦わないつもりだったけど……守らなきゃね!」

 リュークは頷きつつも、冷静に周囲を確認する。

「無理はするな。退路は常に意識しておけ」

 短い言葉が飛び交う。だがそのやり取りは、まるで幾度も共に戦ってきたかのように無駄がない。

 彼らは、すでに“共に動く”術を覚え始めていた。
 リュークの足元では、先ほど採取した薬草が風に揺れ、かすかに「サラ……」と音を立てている。

 それでも、彼の視線は決して敵から逸れなかった。

「……素材集めも命懸けかよ」

 口元に浮かぶのは、苦笑と覚悟の入り混じった表情。

 だが、逃げる気配はない。
 知識を――技術を――力に変えるときが来た。

 この一歩が、量子の扉へと続いていることを、彼は誰よりも理解している。
 だからこそ、リュークは静かに、しかし力強く踏み出した。



 次回:知識が拓く商機と研がれる覚悟
 予告:知識は金貨を呼び、次なる薬草を求めて
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