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第5章
第94話 視えなかった記録
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◆量子視覚開放直後の記憶:リュークの回想
──視界が、波紋のように揺れた。
量子視覚が起動した直後、リュークの意識は、一瞬だけ“時間”の外側に弾き出されたような感覚に囚われた。
感覚の輪郭がぼやけ、世界の音がフェードアウトしていく。
そのとき、視界の奥に浮かび上がったのは――
白い部屋だった。
壁も床も天井も、すべてが無機質な白。
冷たい光が均一に空間を照らし、影さえ落ちない。
どこかの研究施設。実験空間。
部屋の中央に、少年が立っていた。
背中越しで顔は見えない。だがその佇まいに、リュークは見覚えがあった。
いや――見覚えではない。“知っている”と、身体がそう告げていた。
──壁一面に並ぶ演算装置。
──端末には、“実験記録 No.017”の表示。
──そして、正面のガラスに映し出された文字列――『記憶領域干渉プロトコル』。
少年がつぶやく。
「記録されなかった情報は、存在しないのと同じ。
でも……記録されすぎた記憶は、今度は“干渉”になる……」
少年は指先で端末を操作しながら、続ける。
「だから“視る”必要がある。存在しないものを、存在させるために。
量子視覚は、そのための……“補助輪”だよ」
その声を聞いた瞬間、リュークは悟った。
この少年は――自分だ。
自分と同じ声、自分と同じ癖、自分と同じ視線。
だが、あの少年の眼差しは、今の自分よりも遥かに遠くを見ていた。
過去か、未来か。
あるいは、記録されなかった時間の“断片”か。
映像は、ノイズのような光の歪みによって徐々に崩れていき、
やがて、視界が元の塔の内部へと戻ってくる。
壁に走る、幾何学的な光の模様。
解析装置の構造。演算パターン。
今なら、それらの“意味”がわかる。
量子視覚が見せているのは、“絶対の真実”ではない。
それは、視た者が“どう解釈するか”で成立する、“不確定な現実”だ。
物理の裏にある流れ。魔力の発生基盤。
そして、誰にも記録されなかった“可能性”さえも――今、この目に見えている。
リュークは、震えるように静かに呟いた。
「……これは、“視える力”じゃない。 視たものに、“意味”を与える力なんだ……」
そして、もう一度深く息を吐く。
量子視覚――
それは、
「視る覚悟」
を持つ者だけに許された力だった。
◆」シャドウファングの回想
──白い靄のような空間。音はなかった。
けれど、懐かしい匂いだけが、確かにそこに漂っていた。
黒い毛並みを持つ獣――シャドウファングは、足を止める。
目に映る景色ではなく、記憶の奥底に眠る“感覚”が、何かを探り当てようとしていた。
これは――過去だ。
だが、自分がいつ、どこで、この場にいたのかは分からない。
ただ、塔の石壁に染みついた“焦げた記録”の匂いだけが、鼻腔を鋭く刺激していた。
──焼失痕。破損した演算回路の残骸。
──そこに残されていたのは、血でも魔力でもなく、“観測”の痕跡だった。
記録されなかった出来事。
誰かが意図的に、“視なかったこと”にした記憶。
そこに、誰かがいた。
小さな影――少年。
その傍らで、影狼のような生き物が静かに寄り添っている。
──それは、自分ではなかったか?
叫びにも似た詩。
忘れられた名。
そして、一度だけ聞いた“命令”の声。
「……影を継げ。お前の役目は、“視えなかったもの”を咥えて走ることだ」
声は掠れていた。けれど、確かに耳に残る響きだった。
──誰の声だ? あれは……主か? それとも……
視界がざらつき、感覚が切断されるように現実へ引き戻される。
塔の今と、過去が、静かに重なる。
シャドウファングは無言で目を伏せた。
その黒い爪が、かすかに震えていた。
懐かしい。
けれど、それは“懐かしんではいけない”何かだった。
彼は、今――塔の記憶の中にいた。
そして、今なお“痕跡”を嗅ぎ分ける者として、リュークの傍らにいる。
ただの魔獣ではない。
“記録へ戻る鍵”――
その片鱗を、自身の奥に、確かに感じていた。
◆ルミエルの回想
──それは、世界の奥にもう一枚、薄く隠されていた“裏側の層”がめくれるような感覚だった。
リュークが量子視覚を起動した瞬間、その波動がルミエルの魔力感覚にも触れた。
気づけば、まるで目の奥の膜がゆっくり剥がれていくように、
今まで視えていなかった“情報の風景”が広がりはじめた。
空気の中に、数式のような淡い模様が浮かぶ。
塔の壁をなぞるように、魔力の光が規則正しく流れていく。
歩いてきた床には、誰かの思考の“痕跡”のような線が、薄い残像として漂っていた。
「……これって……本当に、最初から“あった”の……?」
量子視覚――
それは単なる視力の強化ではない。
世界をかたちづくる“情報の連なり”を感じ取り、そこにある意味を読み解く感覚。
ルミエルはかつて、その理論を断片的に学んだことがあった。
だが、今こうして“それそのもの”を体感していると、知らず息が止まる。
感覚の奥に染み込んでくる無数の“記号”と“構造”。
その中に、思いがけず“知っているかたち”があった。
──古文書に記されていた複雑な図形。
──研究施設の隅で一度だけ見かけた、未解読の魔紋。
──そして――昔、ふと思いつきで紙に書いていた“落書きの模様”。
「……うそ……なんで……こんなの……私……」
曖昧だった記憶のかけらが、いま目の前に重なっていく。
意味も知らずに繰り返していた旋律。
ただの詩。
ただの遊び。
でもそれらが、いま、塔の構造と――“響き合って”いる。
偶然だと思えなかった。
けれど、だからといって、はっきりした答えも出てこない。
ただ――心の奥のどこかが、そっと囁いていた。
(……もしかして、塔が……私に……?)
塔の“構造そのもの”が、ルミエルの中に眠る何か――
魔力か、記憶か――それに反応しているような気がしてならなかった。
視界のさらに奥、重なり合う情報の層の先に、
見覚えのあるような形が、ゆっくりと浮かび上がる。
それは、祈るような形をした――静かで繊細な“式”。
「……リューク。あなたが、その視界を選んだから……
私も、ここで少しずつ――思い出してるのかも」
かつて、ただの癖のように、理由もなく口ずさんでいた詩。
どこにも記録されていない、誰にも教えられていない旋律。
けれど今――
その一節が、塔の奥深くで“響いている”ように感じられた。
理由は分からない。
でも、確かに感じていた。
“繋がっている”――
この空間と。
あの記憶と。
そして、自分たちの“在り方”と。
次回:幻の階段と封じられた層
予告:現れた光の階段。だが、その先にあるのは“閉じられた記録”。塔は息を吹き返し、彼らをさらに深い領域へと誘う。
──視界が、波紋のように揺れた。
量子視覚が起動した直後、リュークの意識は、一瞬だけ“時間”の外側に弾き出されたような感覚に囚われた。
感覚の輪郭がぼやけ、世界の音がフェードアウトしていく。
そのとき、視界の奥に浮かび上がったのは――
白い部屋だった。
壁も床も天井も、すべてが無機質な白。
冷たい光が均一に空間を照らし、影さえ落ちない。
どこかの研究施設。実験空間。
部屋の中央に、少年が立っていた。
背中越しで顔は見えない。だがその佇まいに、リュークは見覚えがあった。
いや――見覚えではない。“知っている”と、身体がそう告げていた。
──壁一面に並ぶ演算装置。
──端末には、“実験記録 No.017”の表示。
──そして、正面のガラスに映し出された文字列――『記憶領域干渉プロトコル』。
少年がつぶやく。
「記録されなかった情報は、存在しないのと同じ。
でも……記録されすぎた記憶は、今度は“干渉”になる……」
少年は指先で端末を操作しながら、続ける。
「だから“視る”必要がある。存在しないものを、存在させるために。
量子視覚は、そのための……“補助輪”だよ」
その声を聞いた瞬間、リュークは悟った。
この少年は――自分だ。
自分と同じ声、自分と同じ癖、自分と同じ視線。
だが、あの少年の眼差しは、今の自分よりも遥かに遠くを見ていた。
過去か、未来か。
あるいは、記録されなかった時間の“断片”か。
映像は、ノイズのような光の歪みによって徐々に崩れていき、
やがて、視界が元の塔の内部へと戻ってくる。
壁に走る、幾何学的な光の模様。
解析装置の構造。演算パターン。
今なら、それらの“意味”がわかる。
量子視覚が見せているのは、“絶対の真実”ではない。
それは、視た者が“どう解釈するか”で成立する、“不確定な現実”だ。
物理の裏にある流れ。魔力の発生基盤。
そして、誰にも記録されなかった“可能性”さえも――今、この目に見えている。
リュークは、震えるように静かに呟いた。
「……これは、“視える力”じゃない。 視たものに、“意味”を与える力なんだ……」
そして、もう一度深く息を吐く。
量子視覚――
それは、
「視る覚悟」
を持つ者だけに許された力だった。
◆」シャドウファングの回想
──白い靄のような空間。音はなかった。
けれど、懐かしい匂いだけが、確かにそこに漂っていた。
黒い毛並みを持つ獣――シャドウファングは、足を止める。
目に映る景色ではなく、記憶の奥底に眠る“感覚”が、何かを探り当てようとしていた。
これは――過去だ。
だが、自分がいつ、どこで、この場にいたのかは分からない。
ただ、塔の石壁に染みついた“焦げた記録”の匂いだけが、鼻腔を鋭く刺激していた。
──焼失痕。破損した演算回路の残骸。
──そこに残されていたのは、血でも魔力でもなく、“観測”の痕跡だった。
記録されなかった出来事。
誰かが意図的に、“視なかったこと”にした記憶。
そこに、誰かがいた。
小さな影――少年。
その傍らで、影狼のような生き物が静かに寄り添っている。
──それは、自分ではなかったか?
叫びにも似た詩。
忘れられた名。
そして、一度だけ聞いた“命令”の声。
「……影を継げ。お前の役目は、“視えなかったもの”を咥えて走ることだ」
声は掠れていた。けれど、確かに耳に残る響きだった。
──誰の声だ? あれは……主か? それとも……
視界がざらつき、感覚が切断されるように現実へ引き戻される。
塔の今と、過去が、静かに重なる。
シャドウファングは無言で目を伏せた。
その黒い爪が、かすかに震えていた。
懐かしい。
けれど、それは“懐かしんではいけない”何かだった。
彼は、今――塔の記憶の中にいた。
そして、今なお“痕跡”を嗅ぎ分ける者として、リュークの傍らにいる。
ただの魔獣ではない。
“記録へ戻る鍵”――
その片鱗を、自身の奥に、確かに感じていた。
◆ルミエルの回想
──それは、世界の奥にもう一枚、薄く隠されていた“裏側の層”がめくれるような感覚だった。
リュークが量子視覚を起動した瞬間、その波動がルミエルの魔力感覚にも触れた。
気づけば、まるで目の奥の膜がゆっくり剥がれていくように、
今まで視えていなかった“情報の風景”が広がりはじめた。
空気の中に、数式のような淡い模様が浮かぶ。
塔の壁をなぞるように、魔力の光が規則正しく流れていく。
歩いてきた床には、誰かの思考の“痕跡”のような線が、薄い残像として漂っていた。
「……これって……本当に、最初から“あった”の……?」
量子視覚――
それは単なる視力の強化ではない。
世界をかたちづくる“情報の連なり”を感じ取り、そこにある意味を読み解く感覚。
ルミエルはかつて、その理論を断片的に学んだことがあった。
だが、今こうして“それそのもの”を体感していると、知らず息が止まる。
感覚の奥に染み込んでくる無数の“記号”と“構造”。
その中に、思いがけず“知っているかたち”があった。
──古文書に記されていた複雑な図形。
──研究施設の隅で一度だけ見かけた、未解読の魔紋。
──そして――昔、ふと思いつきで紙に書いていた“落書きの模様”。
「……うそ……なんで……こんなの……私……」
曖昧だった記憶のかけらが、いま目の前に重なっていく。
意味も知らずに繰り返していた旋律。
ただの詩。
ただの遊び。
でもそれらが、いま、塔の構造と――“響き合って”いる。
偶然だと思えなかった。
けれど、だからといって、はっきりした答えも出てこない。
ただ――心の奥のどこかが、そっと囁いていた。
(……もしかして、塔が……私に……?)
塔の“構造そのもの”が、ルミエルの中に眠る何か――
魔力か、記憶か――それに反応しているような気がしてならなかった。
視界のさらに奥、重なり合う情報の層の先に、
見覚えのあるような形が、ゆっくりと浮かび上がる。
それは、祈るような形をした――静かで繊細な“式”。
「……リューク。あなたが、その視界を選んだから……
私も、ここで少しずつ――思い出してるのかも」
かつて、ただの癖のように、理由もなく口ずさんでいた詩。
どこにも記録されていない、誰にも教えられていない旋律。
けれど今――
その一節が、塔の奥深くで“響いている”ように感じられた。
理由は分からない。
でも、確かに感じていた。
“繋がっている”――
この空間と。
あの記憶と。
そして、自分たちの“在り方”と。
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