【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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第6章

第103話 道具屋の発見と再会――視える力と拒まれる記憶

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 ◆準備と道具の入手
 昼下がりの陽が、街の石畳を斜めに照らしていた。
 リュークたちは、ギルドから戻る足で、街の北通りにある道具屋を目指していた。

 このあたりは冒険者向けの補助具を扱う店が集まる一角で、なかには研究者が試作品を“こっそり”流すような、半ば非公式な店も混じっている。
 その一つ――看板の文字は半ばかすれ、木製の枠もところどころ欠けていたが、ルミエルいわく

「普通の人は素通りするけど、変わった物好きにはたまらない」

 名店なのだという。
 扉を開けた瞬間、古びた紙と乾いた薬草、それに油の匂いが混ざった空気が鼻をくすぐる。
 棚には、用途の分からない道具や結晶片が雑多に並べられ、足元の床もわずかに軋んだ。

「……いかにも、って感じだな」

 リュークが小さく呟くと、ルミエルは嬉しそうに頷いた。

「ここ、掘り出し物があるの。……ほら、これとか」

 彼女が手に取ったのは、薄い紙束。
 表面には精密な魔法陣が印刷され、角がかすかに青白く光っていた。

「魔法導通反応紙。魔力が通っている場所に当てると、紙の表面が変化するの。
 目に見えない“魔力漏れ”や流れの経路を追えるから、構造解析に役立つはずよ」

「そんな便利なもんがあるのか……」

 リュークは感心しながら、そっと紙に触れる。質感は薄いが、内側に確かな“反応性”を感じた。
 さらにルミエルは、隣の棚から丸められたチョークのような棒を取り出した。

「これもおすすめ。重力感応チョーク。地面に線を引くと、かかってる圧力で色が変わるの。
 たとえば、崩れそうな場所とか、見た目じゃ分からない床の傾きも、これなら検知できる」

 リュークはそれを手に取った。軽く、だが内部に密度のあるような不思議な感触だった。
 だが、そこでふと口を引き結ぶ。

「……使い方は分かる。仕組みも、たぶん理解できる。
 でも、それが“何を示してるのか”――俺には、まだ分からない」

 魔法の反応、力の流れ、構造の歪み――

 量子視覚で“視える”ようになっても、それが“何を示しているか”を読み解く力がない。

(……物理学の記憶が、まだ開放されていない)

 焦りにも似た無力感が、リュークの胸の奥を静かに突き上げていた。
 そんな彼の横顔を見て、ルミエルがくすっと笑った。

「でもね、それ、うまく使えば視覚より正確かもね。
 数字や色って、曖昧な直感よりもずっと頼りになるときもあるんだから」

 そう言って、彼女が手に取ったのは、単眼鏡のような小さなグラスだった。
 金属の縁には淡く輝く魔力感応石が埋め込まれ、レンズの奥では微かな緑の光が揺れている。

「これ、小型魔力測定グラス。
 あたしが解析眼で拾ってる情報と、ちょっと似てる気がしてたの。
 前から気になってたんだよね……試してみる?」

「……代用になるなら、助かる」

 リュークは受け取り、それを視界にかざした。
 レンズ越しに、うっすらと揺れる魔力の層が見える。
 だが――焦点が合わない。輪郭がぼやけ、深度が定まらない。

「……見えてはいる」

 だがそれだけ。明らかに“使いこなせていない”。

 そのときだった。
 シャドウファングがふいに鼻先を伸ばし、道具に軽く触れた――
 次の瞬間、ぴたりと動きを止め、低く、喉の奥から唸り声を漏らした。

「……おい、どうした?」

 リュークが声をかけ、身を屈めて狼の目線に合わせる。
 シャドウファングの金色の瞳は、まっすぐグラスを睨んでいた。
 その目には――かすかに、“拒絶”と“警戒”の色が滲んでいた。

「これ……記憶に干渉するのかも」

 ルミエルが、眉を寄せながらぽつりと呟く。

「干渉型の魔力って、術式の痕跡に似てるんだよね。
 もしかして、似た波長を感じ取ったのかも……」

 リュークはゆっくりとグラスを下ろし、狼を見た。
 シャドウファングは唸りをやめたが、目の鋭さはまだ解けていない。

(……あいつの記憶と、この道具が……繋がってる?)

 はっきりとした確証はない。だが、“視る道具”が“過去に触れる可能性”を持つのなら――
 扱い方ひとつで、思わぬものを揺り起こしてしまうかもしれない。
 慎重に。それだけは、間違いない。

 買い物を終えて、店の外に出たときだった。
 昼下がりの光が舗道を照らす中、通りの向こうから、一人の男が歩いてくる。
 深くフードをかぶり、その顔は影に沈んでいる。だが――その空気は覚えがあった。

「……お前は」

 リュークの声が低くなる。
 直感的な反応だった。
 男は足を止め、口元だけをわずかに歪めて笑う。

「久しぶりだな。どうやら……面白くなってきたようだ」

 フードの下で、静かに光を湛える瞳。
 その声は、相変わらず真意を測れない落ち着きと、どこか“すでに知っている者”の響きを帯びていた。

「次の探索――君たち自身の目で確かめるといい。
 だが、“目”というのは、ときに……“視たくないもの”から目を背ける」

 そう言って、男――ヴァルトは、懐から何かを取り出す。

 手のひらの上にあったのは、古びた金属板だった。
 複雑な線が走り、地図とも術式基盤ともつかない模様が刻まれている。
 魔力反応は微弱。だが、確かに“反応している”。

「必要なら、これを。何かがあれば、それが“通じる”こともある。……使い方は、見れば分かる」

 言葉を残して、ヴァルトは背を向け、静かにその場を離れていく。
 その背中は、風の音にも溶けるように消えていった。

 リュークは黙って金属板を受け取り、指先で軽くなぞる。
 その表面には、微かな“振動”のような感覚があった。

「……怪しさは相変わらずだけど、情報の出し方だけは絶妙よね」

 ルミエルが皮肉混じりに笑う。

「ただの学者って顔じゃないな。……でも、使えるなら、使わせてもらう」

 リュークがそう答えたとき、シャドウファングが無言で一歩、彼の横に立った。
 その尾が、わずかに振れた。

 ヴァルトの姿が通りの雑踏に完全に紛れるまで、誰も口を開かなかった。

 ――そして、準備は整った。
“視る”だけでは足りない。
“視えたもの”を“読み解く力”を手に入れるために。
 次の探索は、ただの踏破ではない。

 リューク自身と、彼らの“記憶”に、真っ直ぐ踏み込む一歩となる。

 次回:量子視覚の限界と湿潤の罠――見えすぎる視界と届かぬ火
 予告:リュークは宿で量子視覚の限界と向き合う。
 だがその先に待つのは、知識不足ゆえに“通じない火”と、湿潤の罠だった――
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