【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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第6章

第110話 ヴァルトの語り――観測者の選択と記憶座標

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 ◆ヴァルトの語りと“観測者の重み”

 宿へと戻る道すがら、リュークたちは人通りの少ない小路を歩いていた。
 塔の探索と霧との戦闘の余韻が、まだ身体の芯にじんわりと残っている。

「……少し、空気が違うね」

 ルミエルが足を止め、周囲を見回す。
 彼女の眉がわずかに動いた直後、リュークの視界にも、街角の柱に寄りかかる人影が映り込んだ。
 フードを深くかぶった小柄な男。その姿には、どこか既視感がある。

「……ヴァルト?」

 リュークが声をかけると、男はフードの端をわずかにずらし、軽くうなずいた。

「奇遇だな。君がこっちに来るとは思わなかったよ」

「偶然、じゃないんだろ?」

 リュークの返しに、ヴァルトは薄く笑う。

「……さあ、それはどうかな」

 どこか学者然とした落ち着いた雰囲気を漂わせながらも、その口調にはあいかわらず一線を引くような冷静さがある。

「聞いたよ、霧の魔物盗伐したって。
 そして金属板が……役に立ったようだな」

「……偶然だ。使えたのも、一瞬だけだった」

「だがその一瞬で、生き延びた。ならそれは、偶然じゃなく“選んだ結果”だろう?」

 言葉が詰まる。
 確かに、ただの反射ではなかった――何をすべきか、理解していた。
 リュークの横で、ルミエルが無言のまま目を伏せ、様子を見守っていた。

「君が何者かはわからない。ただ、僕の知る限り――
 あの板が反応を示すのは、“ある種の構造情報”と一致したときだけだ」

 そう言って、ヴァルトの視線がリュークの懐に向いた。

 リュークは静かにうなずき、小さな金属板を取り出す。
 塔探索前、彼がヴァルトから受け取った、円形の古びた板。
 指先にひやりとした金属の感触が戻ってくる。

「……井戸の中で、反応した。その後、強く光った」

「なら、それが“今の君の知識”と繋がったんだろうな」

 ヴァルトは肩をすくめ、フードの奥で軽く眉を上げた。

「私も、それが何なのかまでは分からない。
 文献に似た記述はあったが……この大陸では未解析のものだ。
 かつて“記憶の座標”を示すとされた古代の残留式かもしれない」

「つまり、よくは分かってないってことか」

「……まあ、そうなるな。渡したときも言ったが、僕にできるのはせいぜい、“気になる記録を託すこと”くらいだ」

 横にいたルミエルが、少しだけ前へ出る。

「……でも、あなたはその“記録”を、信じて渡したんでしょう?」

 ヴァルトは一瞬だけ黙り、そして小さく笑った。

「そうだね。君たちが“何かに届くかもしれない”と、どこかで思ったのかもしれない」

 リュークは再び金属板を見つめ、量子視覚を起動する。
 板の表面に、かすかな構造線と淡い光が浮かび――
 **スゥ……**と通路の奥を指し示す“座標”が現れる。

(これは……“知っている場所”じゃない。けれど、どこか“懐かしい”)

「……視えてしまったら、止まれないんだな」

 リュークのつぶやきに、ヴァルトは一度だけ目を閉じた。

「それは、僕じゃなくて――君自身が、答えを出すことさ」

 そう言って、フードをふわりと深くかぶりなおす。

「無理はするなよ。生きていれば、またどこかで話せる」

 **コツ、コツ……**と靴音だけを残して、ヴァルトは街の路地裏へと姿を消していった。


 静かになった通りで、ルミエルがそっと言う。

「……あの人も、本当はたくさん迷ってる人なんだろうね」

「そうだな」

 リュークは金属板を胸元に戻し、シャドウファングの方へ視線を向けた。

「俺たちにできるのは、“今わかる範囲で、次へ進むこと”だけだ」

 その瞬間――影がふっと揺れる。
 シャドウファングが一歩、リュークの傍へ寄り添った。

 その足元に、かすかに光る細い筋――“次の座標”が、確かに伸びていた。
 ルミエルもまた、その光をじっと見つめながら、静かに言った。

「……進もう。だって、今度は“見えてる”から」

 リュークは無言でうなずき、ザッと足を踏み出した。
 光の先に続く道は、まだ遠く、まだ謎に満ちている。だが――
 確かに“選んだ先”が、そこにあった。


 ◆記憶の残響と“指し示された座標”
 通路の奥に伸びる、微かに揺らめく光の筋――それは金属板を介して現れた、量子視覚による“記憶の座標”だった。

「……ここから、さらに奥へ続いてる」

 リュークが小声でつぶやくと、金属板の表面に刻まれた微細な魔術構造が、再びチリ……ッと音を立てるようにかすかに脈動し始めた。
 通常の魔道具とは異なり、それは“観測されるたびに変化する”。
“固定された地図”ではなく、あくまで“観測者に対応して変動する指標”だった。

「座標が……動いた?」

 隣にいたルミエルが、目を細めながらぽつりと呟く。
 その瞳は、霧の戦いの余韻をまだ湛えていたが、その奥には確かな興味――そして、わずかな警戒が光っていた。

「これは、“記憶座標”……? でも、私の量子視覚じゃまだ反応しない」
「リュークだから見える。……俺自身の記憶、あるいは“情報と結びつく空間”を指してるらしい」

 リュークは金属板をゆっくりと持ち上げ、通路の奥を見据えた。
 だがその時、ルミエルが静かに首を振る。

「おかしい。座標が、明確すぎる。
 通常、“忘れられた情報”や“干渉された記憶”っていうのは、もっと曖昧で不安定なはず……でも、この板が示すのは、まるで“誰かが意図的に示した”みたいに精度が高い」

 彼女の声は低かったが、その言葉は霧のように、静かにリュークの胸を包み込んでいく。
(ルミエル……まさか、無意識に何かを感じ取ってる?)

「この反応、私……知ってる気がする」

 ルミエルの手がわずかに震えながら、リュークの手にある金属板へそっと触れた。

 その瞬間――

 キィィィィン……

 耳鳴りのような高周波の振動が空間を揺らす。
 金属板の光が急に強くなり、**グッ……**と空間の圧が変わるのをリュークは感じた。

 光が瞬くうちに、通路の奥――そこに、一瞬だけ“扉”のような形状が浮かび上がった。
 歪んだ空気が形を取り、まるで“封印された記憶”が内側から顔を出したかのように、薄い断層が揺らめいている。

「……これは、外部からの干渉よ」

 ルミエルが囁く。

「金属板は、リュークだけに反応していたはずなのに……今、私の記憶にも反応した。
 何か……私たちふたりの共通項を探っている」


「つまり、これは俺の記憶だけじゃない――」

「“誰かと重なっている記憶”」

 ふたりの声が、ほぼ同時に重なった。

 その瞬間、金属板の光がわずかにカリ……ッと弾けるように揺れる。
 ルミエルの視線が、わずかに震えた。

「リューク……この先、記憶の封印を解除するには、おそらく“もう少しだけ、強い観測”が必要」

「金貨の開放だろうな。……だが、まだ足りない」

 リュークは腰の袋に手を伸ばし、そっと確認する。
 指先に触れた冷たい金属の感触――だが、数は足りない。彼は小さく首を振った。
 金属板の光は、次第に薄れていく。

 再び、“静かな誘導”だけを残し、空間の奥へと導きを向けていた。
 だが、ふたりはもう知ってしまった。
 その先に、“ふたりを繋ぐ記憶の断片”があるかもしれないということを。

「なら、行こう」

 リュークが短く言う。
 その声には、決意の音がにじんでいた。

「ええ。“観測する覚悟”があるなら」

 ルミエルもまた、迷いなく応じた。

 その間に、シャドウファングが**ズン……**と一歩、静かに前へ踏み出す。
 その影が、かすかに揺れた。――まるで、その記憶の先にも、自らの“何か”があるかのように。

 扉はまだ開かない。
 だが、その向こうにあるものが、確かに彼らを待っている。


 次回:蒸気の心臓、呼吸をはじめる――道具屋で目覚めた理とギルドからの急報
 予告:リュークは蒸気の原理を手がかりに、魔導と世界の境界へ踏み出す。
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