【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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7章

第112話 掲示板の一枚――緋銀鉱と“蒸気”が呼ぶ道

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 扉へ向かう途中、リュークの視線がふと掲示板へ吸い寄せられた。
 その瞬間――耳に飛び込んできた会話が、彼の足を止める。

「……東の廃坑、また依頼が戻ってきてるってよ」
「え? 緋銀鉱のとこか? まだ掘れる場所なんて残ってたのか?」
「いや、落盤で塞がってた坑道が開いたらしい。しかも鉱床がむき出しになってたとか……」
「緋銀鉱だろ? 王都じゃ金貨で取引されるレベルだって聞いたぞ」

 ――緋銀鉱。聞き慣れた鉱石名に、リュークは思わず足を止めた。
 隣のルミエルも、眉をひそめて低く呟く。

「緋銀鉱《ひぎんこう》……腐食性が強い鉱石だったはず。毒性もあるし、魔力にも反応する」
「魔力反応の霧が出る、って噂もあるな」
「そりゃ誰も近づかねぇさ。毒ガスに腐食床、それに魔導獣のお出ましだ。命がいくつあっても足りやしねぇ」

 冒険者たちは冗談めかして笑ったが、その言葉の破片がリュークの思考をズシンと叩いた。

(毒性、熱反応、腐食……)

 脳裏を過ったのは――古井戸で遭遇した霧魔素核。
 肌を焼くような濃密な魔素反応。周囲を蝕む空気のざらつき。
 そして、耳の奥にこびりついて離れない“波形”の響き。

(……酷似してる。いや、“似ている”というより条件が近い。環境要因が共通していれば、同じ変質が再び起こる可能性がある)

「……同じような環境下なら、また“あの魔素波形”が観測できるかもしれない」

 リュークが低く呟くと、ルミエルは目を細め、半ばため息をついた。

「それ……こじつけじゃない? ただの偶然かもしれないのに」

「そうかもしれない。でも――」

 リュークは口元を引き締め、真っ直ぐに言葉を重ねた。

「仮に同じ変質が起きるなら、あの核が“自然発生”だったって証拠になる」

「……あ」

 ルミエルの瞳が大きく揺れ、その表情が変わった。

「つまり、“古井戸の魔素波形”を再現できれば――それが“自然条件下での再現性”の証明になる……?」

「魔素波形の記録ってのは、そういうことだ」

 ルミエルはしばし黙り込み、思考を巡らせた。
 やがて小さく頷き、眉を寄せる。

「理屈は通るわね。でも、その廃坑って……危険区域じゃなかった?」

「……高額依頼になってるってことは、それだけ危険ってことだろうな」

 リュークの視線は、掲示板に貼られた新しい依頼票へと吸い寄せられる。

 そこには確かに――
 東方鉱域・廃坑調査協力依頼:緋銀鉱鉱床・腐食地帯対応班募集
【報酬:金貨小15枚+成果に応じて加算あり】

(……ちょうどいい。
 まずは“物理記憶”を開放して、あの熱力装置を再現できれば、
 魔力に頼らない動力装置として価値を持たせられる。
 それがうまくいけば、ギルドや商会に売り込むこともできる。
 金貨を稼ぎながら、“解析眼”の開放にも手が届く――)

 リュークは迷いなく手を伸ばし、依頼票をバサリと引き抜いた。
 その足元で、シャドウファングが音もなく姿勢を変える。
 まるで「また何か始まるのか」と問いかけるように、しっぽがフリッと揺れた。

「行くつもりね?」

 ルミエルが横目で探るように問いかける。

「ああ。……可能性があるなら、やってみる価値はある」
「まったく……また、面倒な場所を選ぶんだから」

 ルミエルは呆れたようにため息を漏らす。だが指先は掲示板に伸び、依頼票の束から別の一枚をスッと抜き取った。

「こっちの詳細、まだ続きがあるわね。裏面に――」

 リュークは覗き込み、その文字列を声に出して読み上げた。

【調査項目】
 ・坑道内における残存鉱床・緋銀鉱の分布調査
 ・毒性区域における環境耐性試験
 ・腐食地帯における物資耐久評価
 ・採取試料と温度・湿度・魔素汚染レベルの記録
 ・周辺地域における汚染の傾向の記録
 ※腐食性ガスおよび高温地熱地帯での活動を前提とするため、十分な準備を行うこと。
 ※解毒処置用品および最低限の腐食対策装備の所持が義務付けられます。

 ルミエルが小さく息を吐いた。

「……毒性霧に腐食床。これは、簡単には済まなそうね」

 リュークは依頼票を懐へスッと収めながら、口元にかすかな笑みを浮かべる。

「逆に言えば――準備さえ整えれば、他の連中は敬遠する。狙い目だ」

 そう言い切り、彼はギルドの出入り口へコツ、コツと歩みを進めた。

「まずは解毒ポーションだな。……前に作ったレシピが残ってる。

 改良を加えれば、もっと良いものができるはずだ」
 ルミエルは追いかけるように歩を進め、苦笑を浮かべる。

「防腐処理した靴底も必要ね。あと布地には“耐蝕処理”。準備を怠れば一瞬で終わりよ」

「それなら道具屋に寄れば、一式揃うはずだ」

 リュークの声には、危険を前にした緊張よりも、未知の条件に挑む者特有のワクワクと昂ぶりが滲んでいた。

 ルミエルがちらりとリュークを見やった。

「……やっぱり、あの設計図のこと、まだ気にしてるのね」

「ああ。試したいんだ。“魔力を使わずに動く力”が、どこまで通用するのかを」

 背後では、シャドウファングがフンッと鼻を鳴らす。
 その眼には、井戸の底で吹き荒れた霧を思い起こすような、鋭い光が宿っていた。
 リュークは足を止め、振り返る。

「……準備が整い次第、出発する。今回の調査は、ただの金稼ぎじゃない」

「わかってるわよ。……で、ポーションはどうするつもり?」

「俺がやる。工程を試したいし、薬草の扱いにも慣れておきたい」

 ルミエルは目を細め、口の端をわずかに上げた。

「……意外とやる気ね。でも、部屋を焦がさないでよ」

 リュークは苦笑しながらも、小さく息を吐く。

「金貨を稼いで、“物理学の記憶”を開放する。熱力装置を形にできれば、動力系の発明として売り込むチャンスになる。
 その資金で“解析眼”を開放できれば、情報取得の精度は飛躍的に上がるはずだ」

「ふふ、理屈は通ってるけど……相変わらず極端ね」

「合理的に動くだけさ」

 その声には、不思議な昂ぶりと静かな決意が同居していた。
 **サラッ――**と春先の風が通り抜け、三人の足音をかき消していく。
 東方の鉱域――封鎖された廃坑へ向かう、新たな歩みが始まろうとしていた。


 ◆解毒ポーション
 宿の空気は静まり返っていた。
 窓から差し込む朝の光が、並べられたガラス器具の輪郭をキラリと照らす。
 リュークは黙って腰を下ろし、木箱を開ける。
 中から取り出したのは、乾燥薬草の束。クロミル草、ゼラ樹皮、マーレ根――腐食地帯の毒性に対応する組み合わせは、すでに頭に刻み込まれていた。

「……変わったわね、リューク。前は薬草の名前すらろくに覚えてなかったのに」

 扉に寄りかかるルミエルが、からかうように声をかける。

「変わったんじゃない。思い出しただけだ」

 リュークは短く返し、手を止めない。
 小刀がスパッ、コリッと茎を断ち切る音が部屋に響いた。

(“化学の記憶”を開放したのは数日前……だが、ようやく技術として体に馴染みはじめてきた)

 乾燥状態、水分含有率、葉の変色。
 かつてなら見過ごしていた微細な要素が、今は視覚的な“情報”として脳内に鮮明に浮かび上がる。

「ゼラ樹皮の成分が強いな……抽出時間を十秒短縮。安定剤は後から加える」

 火皿の上で中和液がポコポコッと小さく泡立つ。
 計量した粉末を加えると、液体はじわりと色を変え、濁りを脱ぎ捨てるように青緑の透明さを帯びていった。
 リュークはガラス棒で静かにかき混ぜ、数滴を試験皿へと落とす。
 指先に淡い魔力を集中させると、液面がピリッと震えた。

「……鑑定」

 その瞬間、視界の端がわずかに歪み、光のプレートのような構成情報がスゥッと浮かび上がった。

【解毒ポーション(腐食型対応)】
 品質:B+
 効果:魔素由来の毒性を中和(中強度)/軽度の鎮静作用
 持続時間:12時間
 備考:腐食性地帯での使用に適応。純度は安定。改良の余地あり(保持触媒未使用)

「……うまくいったみたいね」

 ルミエルが歩み寄り、調合台を覗き込む。
 青緑に透き通った液体がガラス瓶の中でトロリと揺れ、朝光を受けてほのかにきらめいた。

「……少しは安心できるかしら。今回は腐食性の毒霧があるって話だし」

 リュークは静かに頷き、瓶の口に封を施す。

「これなら現地でも効果は出せる。まだ三本目だ……あと数本は作る」

 彼の声は低く、しかし自信を含んでいた。
 並べられた瓶がカチリと軽い音を立て、整然と並んでいく。

「現地の環境は、試験みたいにやり直しが効かない。一発勝負だ」

「その分、丁寧な手つきね」

 ルミエルが小さく笑い、目を細める。
 リュークは無言のまま器具を洗い、コポ、コポと水滴を落としながら再び調合の準備に入った。
 その横顔には、研究者の冷静さと冒険者の覚悟が同居していた。

 窓の外では、春の風が静かに葉を揺らし、**サラサラ……**と柔らかな音を運んでくる。
 次の試薬の香りと混ざり合い、部屋には不思議な緊張と期待の空気が広がっていた。

 次回:東方廃坑へ――腐食の地を越えて、理を携えて 
 予告:解毒薬を携え、鉱域へ、そして魔素の波形が交錯する危険地帯
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