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ぽん

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己の価値を知る男は好かれる

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 コツコツコツ

 軍服に身を包んだ男が長い廊下を歩いていた。

「これはこれはリゲル団長。
 お帰りですか?」

 軍服を着た男・・・ピート・リゲルは声を掛けられ涼しい目を向けた。

「・・・グルーバー侯爵。」

 声を掛けてきた男にピートは静かに会釈をした。 

「聞きましたぞ。
 貴族の誘拐事件を解決なされたとか。
 素晴らしい事です。」

 再び静かに会釈で済ますピートに眉を上げてグルーバー侯爵は嫌な笑顔を作りながら近寄ってきた。

「しかし、いけませんな。
 王都での捜査を蔑ろにし、ダチュラに事件を委ねるなど国王陛下直属騎士団の団長として如何なものでしょう?」

 グルーバー侯爵はダチュラを敵視する派閥の人間である。
 同世代のアルデバラン侯爵の存在が疎ましいのだろう。
 今回もダチュラに功績を持っていかれ黙ってはいられないと言うところだろう。

 ピートは初めてグルーバー侯爵を正面に見た。

「犯人がダチュラを根城にしていた事は事実の事。
 ダチュラの人間に事件を任せるのも道理かと。」

 それに対しグルーバーは些か不満気に首を振った。

「それならば、犯人を王都に送り審議をするのが道理でしょう?
 それを、わざわざ貴方がダチュラに足を運び事件を終わらせたとあれば、内輪で解決したと疑われかねませんよ。
 なんでも、他に真犯人まで存在するとか?
 全くもってケシカランですよ。」

 ピートは眉間に皺を寄せ、顎を上げた。

「失礼ながら、私がダチュラに参りましたのは私的な帰省に御座います。
 それに部下がついてきただけの事。
 国王陛下直属騎士に任命されてより実家に顔を出す事も皆無に等しく身を粉にして働いてまいりました。
 今回は国王陛下のご好意により甥の成人を祝いに参りました。
 事件の処理はに御座います。

 そして、侯爵は真犯人とおっしゃいましたが公式に発表されていないと言う事は陛下お考えがあっての事。
 臣下としては、陛下のお気持ちを汲むと言うのも務めかと思います。」

 頭を下げて歩き去るピートの背をグルーバー侯爵は憎々し気に睨みつけた。

「弟に家督を奪われた出涸らしめ。
 ダチュラの伯爵家如きが小賢しい。
 陛下も陛下だ。
 あんな男を寵愛するとは・・・。
 フンっ!」

 ローブを羽ばたかせたグルーバー侯爵が去っていくのを背に感じ、ピートは溜息を吐いた。

 向かった先の扉を叩き扉が開かれると頭を下げて入っていった。

「ピート・リゲル。
 帰還いたしました。」

 声を掛けた主はピートを見るとニコっと微笑んだ。

「実家ではゆっくり出来たか?
 リゲル団長。」

「ハッ!
 休暇を頂きまして感謝いたします。」

 部屋に入り扉を閉めるとピートは陛下に近寄った。



「やはり、そうか・・・。」

 国王と臣下の会話としては些か変な会話であるが、事実である。

 現在、国王陛下の執務室には、陛下の信頼する者しかいない。
 気心の知れた仲間達の前に敬語は不要だと、陛下の言葉の通りにピートは話しているのである。

「今、グルーバーが話しかけてきた。
 誘拐事件の事も実行犯の他に真犯人がいる事も承知しているようだ。
 どこかで情報が漏れてる。
 即刻、調べた方がいい。」

「グルーバーか・・・面倒だな。
 すぐに洗い流せ。」

 側にいた側近に指示をすると陛下は頭の後に手を組んだ。

「それで?ダチュラは如何だった?
 事件の事はアルデバラン侯爵から報告を受けた。
 ・・・アイツは元気だったか?」

「あぁ、いつもの笑顔で酒場のマスターを楽しんでいたよ。
 サムエルからの伝言だ。
《この街に何か起こるのなら、ダチュラは引く》だそうだ。
 クロスからは《男を見せろ》だそうだ。」

 陛下は苦笑すると天井を見上げた。

「恐いねー。恐い。
 王都の貴族を束にしてもダチュラの人間達の方が恐いよ。」

「『ディアマンの庭』の意見は一致している。
 王都で片付けろ出そうだ。
 アイツら・・・俺に面倒を押し付けやがった。
 おい。陛下!この野郎。
 お前が頑張れよ。」

 クスクスと笑う陛下にピートは睨みつけた。

「ダチュラに睨まれたら、私の首など直ぐに転がり落ちるだろう。
 あー。やっぱり、恐いね。
 恐いから、さっさと潰そう。
 潰しちゃおう。」

 陛下はニコニコと肩をすくめた。

「承知しました。
 の時間と致しましょう。」

 目を光らせたピート・リゲルの瞳は騎士というより、獲物に狙いを済ました狩人のようであった。



 現国王アルベールは先代国王の末弟であり、王位継承から程遠い王族として実に自由に公務に携わっていた。
 当然、周囲の期待などなく本人も気にするでもないために気楽に過ごしていた。

 彼の人生の転機といえば、隣国との戦いに先代王に少数の軍だけを宛てがわれ戦場に送り込まれた時だったろう。
 仮にも王族であるアルベールに対して先代の国王は生贄の如く無理難題を押し付けた。
 命の終焉を覚悟していたアルベールであったが、との出会いで人生が変わった。

 後に英雄とも死神とも言われた男、小隊を作り上げたサムエル・アルデバランとの出会いは格別だった。
 戦が終わるやいなや、あれよあれよと、アルベールは国王にまで上り詰めた。
 
 本人は自分は国王などに向かないと誇示したが、その態度すら評価され周りの推薦で逃げる事も出来なかった。
 今も、国中から敬愛される王であるが本人は常々『王の器にあらず』と漏らしていた。

『己が何者か。
 それを知っている人間は強い。
 何よりも、自分が愚かと知っている人間には人は手を貸す。
 ただ強き人間よりも、時には誰かを助ける為に戦う人間の方が強い。』

 かつての友の言葉をアルベールは忠実に守っていた。

『自分は愚かな王である。
 国を守る為に手を貸してくれ。
 共に良き国を創っていこう。』

 アルベールの即位演説に貴族や国民が沸き立った。
 
 しかし、今はその時そばにいてくれた友はもういない・・・。

 友・・・サムエルの思いは王都には無かった。
 彼に任された国を統治する役目をアルベールは守り続けている。

 いつの日か、とある街のとある酒場で気兼ねなく友人と酒を交わす事ができる日まで・・・。
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