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26話 弱さと強さ
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「お、おいしい……」
何これ、お肉が口の中でとろける。甘じょっぱさと卵が絶妙で、ハフハフと熱い空気を逃しながらぱくりと食べる。
「幸せ過ぎる」
あんなに落ち込んでいたのに現金ではないかと思うが、おいしいものはおいしい。
昨日のおにぎりやだし巻き玉子も然り、おいしい食べ物は正義なのだ。
「好きなだけ食べろ」
「ありはほー!!」
食べながらお礼を言ったので、ずいぶんとマヌケな返事になってしまったが、白樹は嬉しそうに目を細めた。
今、私と白樹は個室で豪華な昼食をとっている。メニューはすき焼き。しかも、普通のすき焼きではない。お肉が口のなかでとろけるのだ。
こんなにおいしいすき焼きを前に、私の落ち込んでいた心は裸足で逃げていった。いや、本当は姿を隠しただけで、ふとした瞬間に呻き声と共に帰ってくるだろう。
せっかくの個室。白樹に話すには、ちょうどよいことは分かっているが、まずはすき焼きだ。お腹が空くと、人間ネガティブになるから、腹ごしらえをしておくことは重要な任務なのである。
決して、すき焼きを優先したわけではない。優先したわけではないのだよ……。
「ごちそうさまでした」
あまりのおいしさに食べ過ぎてしまったお腹をさする。幸せの極みだ。
その幸せに思う気持ち。本当に私が感じてもいいの? という心の声が聞こえたけれど、そっと蓋をする。
誰も私が不幸になることを望んでいない。不幸になることが罪を償うことじゃない。
「──りか、真理花!」
何回か呼んでくれていたようで、視線をあげれば心配そうな顔がそこにあった。
「ごめん。お腹いっぱいでボーッとしちゃった」
「いや、それならいい。この後、見たいものあるか? なければ、街の案内をしたい」
街の案内。それは、とても楽しそう。だけど、少しでも早く組紐を編んだり、他のものを作った方がいいんじゃないかな。
「気持ちは嬉しいんだけど──」
「きっと、手がかりになる」
「え?」
「真理花が何を作るのか、手がかりを探そう」
……手がかりか。確かに、作れそうなものを探すのは必要かも。できたら、手芸本なんかも欲しい。曖昧な記憶から作るより、きっと早く完成する。それに──。
「ありがとう。案内お願いしてもいい?」
嬉しそうに笑う白樹は、どこかホッとしているようにも見える。
その顔を見て、やっぱり……と思う。
気分転換をさせてくれようとしてるのだ。手芸品を見て、おいしいものを食べて……。それで十分過ぎると思っていた。
だけど、そうじゃないのかもしれない。自分で思っている以上に余裕がなくなっていて、周りが見えていないのかもしれない。
ありがとう。また、心のなかでお礼を言う。白樹の優しさは、いつも私を支えてくれる。
「ところで、名前で呼んでも平気なの?」
「あぁ。この個室から外に声が漏れないように防音をしたから」
防音……それも契約なのかな? でも、風鈴の音は聞こえなかった。
「防音って、契約? 風鈴の音がしなかったけど」
「真理花は食べるのに夢中だったからな」
な、なるほど。すき焼きに夢中だったからか。 何となく気恥ずかしくて、ごほんと咳払いを一つする。それは、私の気持ちを切り替えることにも繋がった。
「私ね、昨日から時々呻き声が聞こえるんだ。それに、鉄格子にぶつかる姿も、砂のように消えていった姿も何度も見るの」
白樹は黙って聞いてくれている。
「夜もあまり眠れなかった。夢に何度でも出てくるから。それでも少し眠れたのは、白樹がいてくれたおかげ。ずっと考えているの。私の行動は正しかったのか。もっと他に方法があったんじゃないかって」
ここまで話すのは怖くなかった。けれど、この後のことは嫌われるんじゃないか、軽蔑されるんじゃないかって怖い。自分の弱さを見せるのが怖い。
でも……。それでも……。
「本当はね、地下で逃げ出したかった。怖かったの。今だって穢れを浄化できるのは私だけで、助けられる命が私のせいで失われるかもしれないって思うと怖い。その事実に向き合うのも、目を背けるのも怖い。強くなりたいと願っても、私はどこまでも私のままで、弱い部分は変わらない。そのことも苦しい」
こんな私だから、呻き声も、腐敗した臭いも、鉄格子にぶつかる姿も、抱き締めた腕から消えていく感覚も鮮明に残っているのだろう。
私が弱いから受け止めきれなくて、同じところをぐるぐると抜け出せないのだ。
「ありがとう。話してくれて」
白樹を見れば、その瞳が潤んでいた。そこには嫌悪など微塵もなく、いつもと変わらない温かさがある。
「俺も真理花と同じだ」
「え?」
「俺も本当は怖い。討伐の時に判断を誤れば、仲間が傷付き、死ぬこともある。穢れに寄生され、地獄を強要し、仲間もその家族も不幸にする。夢に見ることもあるし、眠れないこともある」
私だけじゃない? 白樹も怖いの?
「俺も弱い。だが、その弱さこそが人間なんだと思う。そして、その弱さが強さでもあると思っている」
「……弱さが強さ?」
白樹は頷いた。弱さを強さにできたなら、私は何か変われるのだろうか。
「もし穢れが怖くなくて、全ての命を救えるのだと思っていたら、それはただの過信だ。努力をしなくなるだろう。弱さがあっても、その弱さから目をそらさなければ、自分にできることを探すはずだ。真理花のように」
「私のように? 私は何もしてないよ」
そう、何もできていない。誰一人として本当の意味では救えていない。
魂は救えたといっても、彼等の今の人生は終えてしまった。彼等にとって、大切な人たちと共に生きることは叶わない。
浄化しても、今の彼等は救われない。彼等の大切な人たちの心にも影を落としたままになる。
「真理花は、もう誰も穢れの被害に合わないようにしようとしてくれている」
「当たり前のことだよ。守れる可能性があるのなら、やらないと」
「当たり前のことかもしれない。だからといって、誰もができることじゃない。真理花だから、できるんだ。弱さを抱えて、それから目をそらさないからこそ自分にできることを模索する。そんな真理花だから、未来に繋がる」
そうなのだろうか。
私の弱さが、臆病さが、私を突き動かしているのは事実だ。また同じことが起きることを恐れている。
地下に行ってからは、前よりも穢れに寄生されない方法を、倒す方法を探している。
「人間、誰しも弱さを抱えている。地下でのことは、真理花のようになるのは当然だ。俺も地下に行った日は眠れなくなる」
私だけじゃなかった。そうだ。強くて完璧な人間なんていない。
「弱いけど、いいのかな」
「俺が決めることじゃない」
一見、突き放すような言葉。だけど、そうじゃないことを、私はもう知っている。
「そうだね」
私も白樹に笑みを返す。
強くなりたいと思う。でも、私自身のこの弱さを認めよう。決して、弱さは悪いことじゃないのだと。
「甘味でも食べるか?」
「うん!!」
私は大きく頷いた。
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