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47話 生きていく

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 大きな、大きな木。この森を守っている木……なのだろうか。
 白樹と手を繋いだまま、輝き続ける木を見上げる。何だか、イルミネーションみたいだ。

「まさか、この森に御神木ごしんぼくがあったとは……」
「えっ!? 御神木だったの!?」

 何だかおめでたい感じになっちゃったけど、いいのだろうか。それに、御神木って、触ったらいけないんじゃなかったっけ?

「あぁ。この国を守ってくださっている白龍様のお住まいだと言われている。どこにあるのかは、知らなかった。時が来れば、呼ばれる。父からはそう聞かされていた」

 時が来れば……。つまり、今がその時だったのか。
 それにしても、とんでもなく重要なものを、何も知らずに浄化していたのか……。
 イルミネーション仕様になってるけど、本当に大丈夫なんだよね?


 ***
 

 ちりーんという風鈴の音が鳴り、金木犀の香りが散っていく。
 
 風鈴の音はどんどん大きくなり、数が増える。一つ一つは美しい音色でも多すぎるそれに、耳がおかしくなりそうだ。
 だが、その音もすぐにピタリと止まる。

「……白龍はくりゅう様?」

 白樹が息をのむのがわかった。私も視線を頭上へと向ければ、御神木のてっぺんに白く発光する龍が見える。
 ぽかりと口を開けたまま、そのお姿を見つめたあと、私たちは顔を見合わせた。

「白樹。白龍様……だよね!?」

 興奮したまま言う私に、白樹は何度も頷いた。


「われの愛し子、白樹。異界の花嫁、真理花。礼を言う」

 御神木のてっぺんから、白龍様は私たちの方へと話しかけてきた。まさかの展開に目を白黒させている間に、白樹は深く深く頭を下げていた。
 その姿を見て、慌てて私も頭を下げる。

「勿体ない御言葉でございます」
「顔をあげてくれ。本当に感謝している。この国からすべての穢れが浄化されたのは、実に久しい」

 白龍様は、遠くを見て言う。龍なので、表情は分からないけれど、どこか嬉しそうに見える。
 その視線を私へと向け、今度は白龍様は頭を下げた。

「真理花、無理に呼んですまなかった。帰りたくないという言葉は、一時の感情だと分かっていた。それでも、呼んだ。この世界に、真理花が必要だった」

 どくり、と心臓が跳ねた。帰りたいと願えば、今なら帰れるかもしれない。そんな予感が胸を占める。

「そなたが望むのなら、あちらの世界に帰そう」

 沈黙が落ちた。白樹は何も言わない。私もまた、答えなかった。
 悩んでいるわけではない。答えは決まっている。

「……ついてきなさい。二人で話そう。白樹よ、待ってなさい」

 無数の真っ赤な風車が回る道が現れた。カラカラと回っている風車の間を進むため、白樹と繋いだ手を離す。
 いや、離そうとした。

「真理花……」
「いってくるね」

 強く握られた手は、私の言葉で力をなくす。

「ちゃんと、戻ってくるから」

 頷いた白樹の瞳は揺れている。不安なのだろう。けれど、これから白龍様に頼むことを、白樹には知られたくない。
 不安にさせて、ごめんね。

 赤い風車が回る道を、私は歩き始めた。


 ***

 少し歩けば、ぽかりと空いた空間があった。そこには、白く発光した白樹と似た雰囲気の男の人がいた。

「……白龍様ですか?」
「よく分かったな。こっちは精神体とでも思ってくれ」

 柔らかな笑み。優しげな金の瞳。白樹のお父さんと言われたら、信じてしまいそうだ。

「さて、あまりあの子を待たせては可哀想だ。早速本題に入ろうか。真理花の心は既に決まっていたな。何故、答えなかった?」
「白樹に聞かれたくなかったからです」

 白龍様は、無言で続きを促した。龍のお姿よりも、白樹のお父さんと話しているみたいで、何だか落ち着かない。

「こっちと、私のいた世界を自由に行き来はできますか?」
「できない。真理花が帰ったら、最後だ。二度と呼べないだろう。帰るということは、こちらの世界の拒絶だと、世界が捉えてしまうからな」

 世界が捉える……。これはまた、大きなものが来てしまった。
 でも、思った通りだった。行き来はできない。そうじゃなきゃ、心の底から帰りたくないと願う人を呼ぶ必要はないもんね。
 だから、ここからが私にとっての本題。

「白龍様って、私がいた世界にどれくらい介入できますか?」
「どれくらいとは?」
「記憶を消して欲しいんです」
 
 沈黙が落ちる。少し空気が薄いと思うのは、緊張からだろうか。
 
「無為についていこうとした時、もう二度とみんなには会えなくなると思ったんです。ついていった先で、死んじゃうかもしれないとも。そうしたら、分かっちゃったんですよ。私が何を一番に望んでいるのか」
「それで、記憶を消したいと……」
「はい。二度と会えない人を、もしかしたら……って待ち続けるのは、つらいから。ここで生きていくことを決めたのなら、両親には私を忘れてもらった方がいい。最初から、存在しなかったことにできたらなって」

 例え、お父さんとお母さんがそれを望んでいなくても、私のことで気に病んで欲しくない。
 忘れて欲しい。二人には娘がある日突然いなくなった悲しみを背負って生きて欲しくない。本当は寂しいけれど、私のせいで泣かないで欲しいから。

「できませんか?」
「できる。真理花という存在を、あっちの世界のすべての人間の記憶から消せる。だが、消した記憶を戻すことはできない」
「それで、いいんです。お願いします」

 少しの沈黙のあと、白龍様は大きなため息をついた。まるで、困った子どもを見るような目で、私を見ている。

「それが真理花の望みならば、叶えよう」
「ありがとうございます」

 これでいい。自己満足でも、これでいいんだ。
 大丈夫。二人が忘れてしまっても、私が覚えているから。もう二度と会えなくても、絶対に忘れないから。


「白樹が呼んでいる。戻りなさい」

 白龍様に別れを告げれば、真っ赤な風車がカラカラと回っている道が現れた。

「白龍様。何で私なの? って、何度も思ったけど、私で良かったです」

 最後にそれだけ伝えると、私は風車が回り続ける道へと踏み出した。


 ***


「真理花!!」

 声をかける前に、白樹の腕の中に捕らわれた。小さく震える体を抱きしめ返す。

「心配かけて、ごめんね。ただいま」
「おかえり」

 おかえりと言ってくれることが、こんなにも嬉しいだなんて、昔の私が聞いたら信じないだろう。

「ねぇ、白樹」

 私の言葉を聞き逃さないように、向けてくれる視線。
 言えなかった言葉を、伝えよう。もう、決めたから。

「私ね、白樹が好き」

 大きく見開かれる目。じわりと浮かぶ涙は、私と同じ気持ちだろうか。

「ずっと、ずっと、白樹の隣で生きていきたい」
「……元の世界には?」

 絞り出された声に、愛しさが溢れる。気が付いたら、こんなにも私の中心は白樹だった。

「帰らないって決めた。白樹がいるところが、私の居場所でありたい。一緒に生きてもいい?」

 返事はない。その代わりに、息もできないくらい強く、強く、白樹は私を抱きしめた。






 
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