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1『運命』かもしれない出会い
「これは、運命だろうか……」
社交界デビュー以来、三年ぶりに参加した夜会で美丈夫がそう囁いてくる。
まるで舞台のワンシーンでも観ているようだな……と、私、ヴォレッカ・サミレットは彼を見上げた。
「気のせいですね」
そう答えた瞬間の、間抜け顔ときたら……。
ぽかんとした表情ですら絵になるのかと、内心ただただ驚くばかりである。
「運命じゃないと?」
「はい。これっぽっちも、まったく。では、私はこれで」
急ぎ足で美しい男の前を去る。
平凡な私に、誰もが振り返るような美しい男性が本気で運命なんて言うはずはないのだ。
「待って、名前は?」
「……ヴォレッカ・サミレットです。すみませんが、用事があるので」
「あ、あぁ。呼び止めてしまって、申し訳なかった」
「いえ、失礼します」
本当に何だったんだろう?
ちらりとさっきの人を見れば、真っ赤な髪の美しい令嬢が隣にいる。
「あんなにお似合いの美女が近くにいるのに、冗談でも私に運命って言う意味が分かんないわ」
って、早く両親が納得するような結婚相手を探さないと……。
私には、あと二か月半しか猶予がない。
その間に、サミレット家を支援してくれる家と結婚できなければ、領地は国へ返上となってしまうのだ。
まさか『運命』を断ったことで、『運命』を切り開いていたなんてことに気づくわけもなく、私は我が家を支援してくれる結婚相手を探すべく、ドレスやタキシードを身にまとった煌びやかな人々の中へ向かう。
できるできないじゃない。やるしかないのだから。
***
私が、何故こんなにも追い込まれてしまっているのか。
その理由は、二週間前に遡る。その頃、私は田舎に住んでいた。
サミレット領は、さほど大きな領地ではないものの麦栽培が盛んな土地で、領収穫時期は一面の麦畑が黄金色に輝く、自然豊かな場所。
いずれは、年の離れた弟が継ぐことが決まっているけれど、できれば領内の商人と結婚をして、領地のために生きていきたい。そう思っていた。けれど──。
「え、領地の返上……?」
私の言葉に、静かに両親は頷いた。
「どういうこと? そんな話、一度も聞いてないわ。陳情書も書いたし、大丈夫だって言ってたじゃない……」
「すまない。どうにかしようとしたんだが…………」
「まさか、駄目だったの?」
そう聞けば、両親は私から目を逸らす。
「じゃあ、国は何もしてくれなかったの⁉」
「管理が難しく、税を納められないのであれば、領地を返上するようにとお返事をいただいたよ」
「そんな……」
昨年、一昨年とサミレット領では大河の氾濫があった。
二年前は、どうにか蓄えでどうにかやり過ごせたけれど、昨年はどうにもならず、借金をしながら国へ陳情書を送ったのだ。
「で、でも、今年の収穫でどうにかなれば!」
「昨年の国税をすべて納められていないんだ。夏までに納めなければ、その……領地を…………」
「没収ってこと?」
「……あぁ、そうなった時、サザス領がサミレット領を治めると決まっているそうだよ」
そういうことか……。
サザス領は王妃の遠縁で、現宰相は王妃の叔父だったはず。
何故、サミレット領が支援を受けられず、領地の返上か没収かを迫られているのか、分かった気がする。
「まだ、夏までに時間はあるよ」
「だが、うちの収入は麦に頼り切ってしまっている。もう無理なんだよ。没収になるくらいなら、返上した方がいい」
「私、王都に行って、支援してくれる人を探してくる」
「あちこちに頼んだけど、無理だったんだ……」
「なら、嫁ぎ先を探してくるわ! この際、後妻でも何でもいい。とにかく、支援をしてくれるところに──」
「ヴォレッカ! 駄目よ。あなたにそんなことさせないわ」
「……お母様?」
それまで黙っていたお母様は、真っすぐに私を見ている。
「ヴォレッカを犠牲にはしない。そのことは、もう私とお父様の間で決まったことよ」
「でも、領地が──」
「でもじゃないの。窮地に立たされた時、相手がどんな人かきちんと見ることができる? そうでなくても、結婚してみたら、こんなはずじゃなかった……なんてこともあるのよ?」
「それなら、納得してもらえる相手を探してくるわ。だから、せめて夏まで待ってほしいの。お願いよ……」
両親は顔を見合わせ、困ったように私を見た。
「分かった。ヴォレッカにも気持ちを整理する時間が必要なんだろう。だが、三か月だ」
「え、でも夏までにはまだ五か月あるよね?」
「あぁ。でも、領地を去るのにも準備が必要だろう?」
「──っ。そうならないように、絶対に相手を探してくるわ」
王都へは馬車で片道一週間かかる。
実際に王都で結婚相手を探せる時間は、たったの二か月と二週間しかない。
貴族の義務として十六歳の時に社交界デビューはしたものの、社交界というきらびやかな世界は、毎年領民と一緒に畑仕事をしているような田舎貴族の私には合わず、それ以降一度も顔を出したことはない。
だから、ドレスはデビュー時のものとお母様のお古しかなく、同年代の知り合いも親戚しかいない。
ないものづくしだけれど、それでも、何もしないで諦めることなんかできない。
次の日の朝に、私は最低限の荷物を持って領地を出発することになった。
「無理も無茶も、決してしてはいけないよ。王都に着いたら、ナーサのところを訪ねなさい」
「ナーサ伯母様の?」
「あぁ、事情はこの手紙に書いてあるから、きっとヴォレッカの力になってくれるよ」
「分かったわ。お父様、ありがとう」
「一緒に行ってあげられなくて、ごめんね。気を付けて行くのよ」
「うん、待ってて。頑張ってくるから」
何を、とは言わない。
まだ六歳の弟、エリオットには聞かせたくないから。
「エリオット、姉様はしばらくお出かけしてくるけど、お父様とお母様の言うことをよく聞いてね」
「…………わかった。早く帰ってきてね」
そう言いながら、エリオットは私に抱き着く。
甘えん坊な弟が、何も言わずに了承をした。エリオットも、何か異変に気付いてるのかもしれない。
お父様、お母様とも抱きしめ合い、私は馬車に乗り込んだ。
サミレット家には御者はいないので、お父様が王都へ行くときにいつもお願いする人が、今回も行ってくれている。
王都へと向かうのは、私と送り届けてくれる御者だけだ。
元々長年勤めてくれている執事と侍女が一人ずつしかいないから、ある程度のことは自分でできるし、何とかなるだろう。
「いってきます!」
右も左も分からない社交界。
正直なところ、不安しかない。それでも、できるだけ明るい声を出して、笑顔で家族に手を振った。
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