王は愛した笑顔を思い出せない

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王は愛した笑顔を思い出せない

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ガシャン、ガシャーンと耳障りな甲高い音を立てて部屋にあった高級な飾り壺が、妃のお気に入りの水差しが割れていく。
あらあら、と正妃は困ったように微笑んだ。
その姿は絵姿が飛ぶように売れる聖母のようだと名高さも納得できる美しさである。

壁際に控えた侍女達は急な出来事に固まったように身じろぎせず、嵐が過ぎるのを待っている。暴れているのはこの国の王、アルベルトなのだ、それが正解であろう。

「アルベルト様、お気を確かに」

困惑する侍女達を気の毒に思い、正妃であるスフィアが声をかける。

「うるさい!貴様に私の気持ちが分かるか!」

真っ赤な顔をして振り返った男は、スフィアを怒鳴りつけた。どうやら逆効果でしかなかったようだ。

荒れるのも無理はない。アルベルトには、最愛と公言して憚らない側妃がいた。
元々、前王の一人息子であったアルベルトと、国内貴族のうちで最大の勢力をもつ公爵令嬢であったスフィアは、スフィアが生まれてすぐに王命により婚約者と定められた。自分達の意志はその婚姻関係にはなかったものの、2人はそれなりに気を使い合い交流を行い、仲良くなった。厳しい教育を手を取り合い乗り越え、美味しいお菓子を息抜きに食べてボロボロの体に染みると小さく笑い合った。情熱さこそないが、兄妹のように互いを大事にし、教育と連帯感、情を確かに抱いて成婚し、王を継ぎ2年程穏やかに国のためにと尽力した。

だが、結婚して2年目、視察に出た王は、その領地の伯爵令嬢に一目惚れをし、遅い初恋を拗らせた。

「側妃は、正妃が3年身籠らない場合のみが慣例ですわ、陛下!」

城に連れ帰り、側妃にすると言い出した王に王妃も周りも進言したが、王は最大権力と既成事実を盾に無理矢理に伯爵令嬢を娶った。
そして、呆れて周りが口出しを鈍くしたのを良いことに、スフィアをおいて、何につけても側妃を優先する状況となっていた。

だが、その幸せは長く続かない。王が元伯爵位ではと後ろ盾が弱いことを心配して自らつけた護衛と側妃が不貞していたのだ。
王が前触れなく側妃の部屋を訪れると、まさにことの真っ最中。真っ青になった2人は裸のまま異国の最大の謝罪とされる土下座をしたが、荒れ狂った王は2人を投獄した。

気が治らない王は、その足でスフィアの執務室を訪れ、そのまま散々に荒れていたのだ。愛していたのに!何でも買ってやった!希望をなんでも聞いてやったのに!と。

だいぶ物理的に暴れたアルベルトは、漸く落ち着き出したらしい。だが、イライラといつもより乱雑な動作のまま、アルベルトの入室から佇んだまま見守っていたスフィアに向き合う。

「はあ、せっかく散々愛してやったが、やはりあのような女は駄目だな、やはり私にはスフィア、お前だけのようだ。」

壁際の侍女達の鉄仮面が剥がれそうになっていた一方、スフィアは優しい微笑みを浮かべる。

「スフィア」

名を呼び、近づこうとしたアルベルトだったが、スフィアの一言でその場に静止した。

「わかりますとも。全て私が貴方様にされた事ですから」

スフィアは、陶然と微笑む。
愛していた、高価なものも貢いだ、離縁は叶えられず仕事でもなんでもアルベルトの指示のまま、希望通りに働かざるを得ない。国に嫁いだため逃げ場などない。相手は不貞をし、こちらの気持ちを蔑ろにし側妃にまでめしかかえた。

王は、スフィアが怒っているのかとゾワッとした気持ちのまま、スフィアを見る。

「スフィア?怒っているのか?」

「いいえ?大丈夫ですわ、アルベルト様、心の傷は、いずれ癒えます」

その言葉にほっとする王は、完全に油断して、固まっていた姿勢を正した。

「そ、そうか、なら」

「ええ、ある日突然、相手への全ての想いがなくなるのです。それはもう、魔法のようにキレイさっぱりと」

心底どうでもよい相手となりますわ、憎いともそこからくる悲しみもない、ただただ相手を生きてる人間だなあと、そのままに認識するだけ。仮に共に同じ部屋にいて過ごしていても、こんな気を配らなくてはならない無駄な時間本当は過したくないけれど、生活のためにはやむを得ないときちんと割り切れます。かつての想いが嘘のように、道端の石ころよりも相手を無価値に置けるまでになりますので、どうぞご安心を。私の経験則でございますから、確かですわ。

王は、言われた事を頭で反芻しながら立ち尽くした。
カーテシーをして侍女に片付けを命じ、部屋から去る王妃に声もかけれず、呆然と見守る。

王妃にはいつしか見慣れた、変わらぬ美しい笑顔が浮かんでいた。その笑顔は常に変わらない。国民の前に出る時も、外交のため交渉の場に着くときも。自分といるときも。

王は、側妃の笑顔が思い出せない。先程連行される女は、助かる道がないとわかると憎々しげに自分を睨み、近衛兵に引き摺られながら罵ってきた。

正妃は、正妃のかつての笑顔は。

王は、愛していた女の笑顔がどうしても思い出せず、頭を抱え立ち尽くしていた。
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