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第二章 「神に愛されなかった者」
#51 始まりの予感
しおりを挟む「おはよう」と。
その頭をポンと撫でた。
* * *
早朝。
肌寒い、空の元。
まだ戦いの空気が残っている。
遠くから聞こえる、戦の音。
「――ま、仮にも三大勢力同士ってことだね」
プライドだけはどっちもあるからね、とフィリーは苦笑する。
マリス教と自警団のその"一悶着"はまだ続いているらしい。
疲労が見える黒の集団の後手から俺たちが進んでいくと、
皆一同に驚いた顔を浮かべる。
「いや~壮観壮観」
当然だろう。
昨日助けたはずの対象が、この場にのこのこやってきているんだから。
「――もうすぐやね」
ミヤの言葉通り、戦の音が次第に大きくなっていく。
右手に握った小さな手を引きながら俺は進む。
鍔迫り合いの中心には、まだその二人がいた。
左手には、シンシア。
右手には、リンディル。
「……一体、何時間やり合っていたんだが」
フィリーが呆れたように、ふーと息をつく。
だが流石に両者疲れているようで、傍から見てもボロボロだ。
そんな中でも、気合で彼女たちはお互いの攻撃をいなしていた。
まるで剣の舞と、魔法の披露芸を見ているかのようなそれは続く。
「はぁぁあああああ!」
リンディルの蝶のように舞い、蜂のように刺すかのようなその攻撃の舞。
その舞いの刹那、リンディルが俺の姿を捉えたらしく、刹那、瞳が大きく開いた。
リンディルは驚いた表情を一瞬浮かべたが、地面に華麗に着地した時にそれは小さな笑みに変わっていた。
大きく息を吐いた後、視線がこちらを向くと彼女は俺に目配せをした。
砕けたように、わざとらしく、
リンディルはその場に座り込んだ。
「はい、降参だ降参だ」
手を挙げるリンディルのその姿に、対峙していたシンシアは一瞬たじろぐ。
だが次の瞬間、リンディルの視線の方向にいた俺の姿を発見し、動きが止まった。
が、暫くしてそれは自分たちにとって都合の良い結末だ、
とシンシアは思ったらしい。
戦いの時とは打って変わったように、その顔に微笑みを浮かべる。
疲労の色は隠せないものの、シンシアはどこか気品に溢れる佇まいでこちらへ向けて言葉を発した。
「――答えは出たようですね?」
その言葉を受けて、マリス教と自警団の面々が、こちらへと一斉に視線を向ける。
マリス教団員は勝鬨のような声をあげ、自警団は騒然としていた。
ただ、リンディルだけは何かを察したように笑っていたが。
「ああ」
先の返答に答える俺。
「考えれば、意外と簡単だった」
「そうですか。分かっていただけたなら、こちらとしても嬉しいです」
昨日の戦闘が嘘のように、シンシアはこちらに対して穏やかな表情を浮かべる。
来るもの拒まず、過ちをただせば慈悲を与える。それはまるで聖母のようなふるまいに見えた。
ただ、俺が出した答えは、
彼女が想像するそれとは全く異なるものだろうが。
「ナナ、いくぞ」
俺が横にいた少女に語りかけると、
「――"うん"」
そう少女は言葉を返した。
「……え?」
その感嘆詞が、シンシアの口から飛び出す。
刹那、シンシアの微笑みの表情に混じるのは、違和感。
最初は何の疑問を持っていなかったマリス教幹部たちの一部も、彼女につられる様に薄ら薄ら何かを感じ始めた。
"何か"が、おかしい、と。
その違和感はざわめきに変わり、
少しずつこの場の空気が変わり始めていく。
「なーちゃん気をつけてな」
「アキラ、ちゃんと"手順通り"ね」
「ああ」
ミヤとフィリーのその言葉に俺は頷くと、俺とナナはシンシアが待つその場へと歩を進める。
途中、座っていたリンディルがこちらを見て小さく笑みを作っていた。
「いい表情してるな、その娘」
その言葉に俺は軽く頷き、視線でリンディルに礼を伝えた。
ありがとうございます、と。
シンシアまで後数メートルほどの距離。
そこで俺とナナは足を止め、俺とシンシアは対峙した。
先ほどから違和感を隠し切れないシンシアだが、
彼女は冷静に"大司教"としての務めを果たそうと言葉を発した。
「……邪鬼を見捨てるという選択をしていただいたこと、嬉しく思います」
気高き大司教に立つものとして、
彼女は冷静に平然と言葉を選んだ。
「私たちは無駄な殺生は好みません。最初の言葉通り、あなたは見逃して差し上げます」
そう言ってシンシアがナナを渡すように手招きをしようとした瞬間、
俺はそれを言葉で遮った。
「――シンシアさん、質問があるんですがいいですか?」
その言葉に、一瞬固まったシンシア。
言葉の真意が分からないという視線をこちらに向けた瞬間、俺は言葉を続けた。
「シンシアさんは、大司教ですよね?」
「……そうですが」
何を当たり前な質問をするのか、そんな息遣いが感じられる返答。
そんなことにかまわず、俺は続ける。
「マリス教の大司教ってどうやればなれるんですか?」
意味が分からないという表情をするシンシアだが、
生来の真面目さ故かきっちりとそれに返答する。
「マリス教の大司教は、他のマリス教の役職と違って"神に選ばれること"が条件です。私のように"神に愛された者"のスキルと"高い運"がない限り、なることはできません」
「なるほど」
知っている、そんなこと。
先日フィリーが言っていたし、昨日にも"確認済み"だ。
「逆に言えば、それらがあれば大司教にはなれるのでしょうか?」
「――そうですね。なれる、でしょうね」
必死に言葉を選ぶシンシア。
足元をすくわれるような発言をしていないかの自問自答が見えるその返答に対して、俺は間髪入れずに言葉を続ける。
「仮に質問なんですけど、同じような条件を持った人物が二人いた場合どうなるんですか?」
「――数百年前にもあった事例です。その場合は、より神に愛された者、つまり"運の高さ"で大司教を決定しますね」
それも、これも、全て知っている。
フィリーに聞いた通りだ、と俺は笑った。
「……何かおかしいことでも?」
「いや、なんでもないです。それでは最後の質問です」
詰めの、時間だ。
ナナを前に出して、俺は大きく息を吸った。
シンシアが訝しげに見つめる、その少女の。
その頭にポンと手を置いて、俺は問う。
「この娘は、マリス教の大司教になれますか?」
その言葉に、多数の群衆は言葉を失った。
だが暫しの静寂の後、マリス教団の方向から大きな笑い声が上がった。
何を言っているんだこいつ、馬鹿じゃないのか、
とでも思っているんだろう。
しかし、目の前にいるシンシアからは、いつもの笑みが消え去っていた。
感じる違和感が極限に達し、それを隠しきれないように。
だが、それでも、彼女は答える。
現状の自分の判断、それを伝える。
ありえない。目の前にいるのは邪鬼だ。
「なれるはずが――」
神に愛されなかった者だ。不幸で忌み嫌われる存在、名前も言葉も持たないものだ。
……言葉を持たない?
「ナナ、ステータスだ」
「"うん"」
彼女が、すっと何かを願うと。
彼女のステータスが現れる。
現れたそれに誰もが視線を向けようとしたとした刹那、
急に突風が吹いた。
「――っ!」
そして、シンシアは見た。
少女の額にあった紋章が、見覚えのある黄金の紋章に変わっていることに。
「……あり、えない」
そしてまた、シンシアは見た。
これまで邪鬼と言っていたその少女が、自分以上にその"条件"を満たしていることに。
【 名 前 】 なっか
【 種 】 エルフ
【 レベル 】 9
【 経験値 】 3(次のレベルまで2 )
【 H P 】 55/55
【 M P 】 100/100
【 攻撃力 】 25
【 防御力 】 18
【 俊敏性 】 50
【 運 】 9770
【 スキル 】 神に愛された者
「もう一度問います」
「この娘は、大司教になれますか?」
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