アナグラムの勇者 ~異世界を書き換えるリライトスキル~

ぎゃもーい

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第二章 「神に愛されなかった者」

#50 運命のアナグラム

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 ――逃げるのが、正解だったのだろうか?
 そんな思いが、俺の脳裏に何度も浮かぶ。

 街外れの景色、前方に見えるその平原は夕暮れに染まっていた。
 自警団の助けもあり、マリス教の手が及ばないところまで俺たちは来ることができた。

 だが、逃げれただけ。
 それだけだった。

 これからどうすればいいかなんて、分からぬまま。
 このまま進んでいいものか、どう動けばいいか、何もわからない。

「……もう、夕暮れやね」

 他の街の行き方も分からない。食料も何の準備もない。
 俺も含めて、ミヤやナナの疲労だって馬鹿にならない。

「……そうだな」

 それに何より、
 本当に"このまま"でいいのだろうか。

 そんな悶々とした思いを抱えたまま、
 無気力に俺たちは歩いていた。

 その時。
 スッと、目の前に何かが横切った。

 目の前に立ちふさがる、黒い影。
 それに一瞬身構えたが、夕日を背にしたそのシルエットは身に覚えがあった。

「――やほ、アキラ」

 間の抜けた声の主。
 手をグーパーさせながら、彼女は口角を上げた。

「友達になろうか?」

 悪戯をたくらむ、少女のような表情を浮かべる。
 フィリーが、そこにいた。

「……フィリー」
「そんな怖い顔しない~。私だって分からなかったんだから」

 少しばかり苛立っていたのが表情に出ていたらしい。
 確かに、フィリーにその感情をぶつけるのはお門違いだ。

 情報に感謝することあれど、
 文句を言うのは道理にも彼女の親切心にも反すると俺は思った。

「――悪い」
「いいよ、いいよ。大変そうだったのは分かるから――でも、本当にごめんね」

 その謝罪の言葉には、俺が考えていた以外の何かが言葉の中に溶けている気がした。
 くるりと、俺らに視線を回しながらフィリーは言葉を続ける。

「だからさ、最後の手助けをさせてよ」

 申し訳なさそうな、何とも言えないような、そんな表情を浮かべながら。
 フィリーは俺たちを手招いた。


 * * *


 空に、数多の星が広がる。

 街外れにある、廃墟。
 その一角にある、そこに俺たちは足を踏み入れた。

「今は使われていない、エルバッツ王国軍の兵舎だよ」
「なんでこんなところ知ってるんや?」
「ま、そこは詮索しないで」 

 使われていないとフィリーはいうが、
 所々は垢などが被っているものの生活感がどこかしら漂う場所だった。

「明日の夜明けまでにここで休んで、早朝の内に立つといいよ」

 マリス教と自警団の一悶着はまだ続いているらしく、それが終わるのはまだ先。
 その事実を告げられ何とも言えない感情が沸く中、フィリーは小さく呟いた。

「本当は人同士で争っている場合じゃないんだけどね」

 そういうと俺たちに寝室を用意してくれた。
 そこの寝室でようやく、俺たちは腰を下ろした。

「見張りは私がしとくよ……それじゃおやすみ」

 古ぼけた扉。
 それが軋んだ音を立てながら、閉まっていく。


 * * *


 寝室に、二人と一匹の寝音が響く。

 疲れていたのか、ミヤとトラッキーはすぐに眠った。
 ナナは落ち着かない様子だったが、やがて意識を失うように眠りに落ちた。

 その顔はまだ、泣き跡が残っている。

 その顔を見ながら、俺は休む気になどなれなかった。
 体は重く、脳もぼんやりとしているが、色々整理できなかった。

 この娘を、救いたいのに。
 俺は結局、何もできなかった――それに、無性に、腹が立った。

 その時、ガタリと扉が開いた。

「――寝れない?」

 蝋燭の火に照らされた、フィリーの顔。

「……ああ」
「じゃあ、ちょっと話さない?」

 手招きするフィリーに俺は、何ともなしについていった。

 燭台が照らす先には、暖かな白い飲み物。
 それは現実世界で言うところの、ホットミルクの味がした。

「慰めになるかは分からないけど、君は頑張ったよ。良くも悪くも今までその娘をよく守ったよ」
「……そうだろうか」

 フィリーの言葉が、耳に入って萎んでいく。
 俺は何もできなかったんだ。

「その娘を本当に護れる人なんて、この世にはいないよ。だから君が恥じる必要なんてない」
「……」

 小さなその身体の震えが、
 まだ背中に残っている。

「神に愛されなかった者は、本当に不幸だよ。誰もが忌み嫌って、殺そうとする」

 フィリーは飲み物を口に運んだ後、小さくため息交じりに呟いた。

「まあ、その少女を最も始末しようとしているのが【神に愛された者】のシンシアだから皮肉だね」
「……そうだな、ほんとうに」

 神に愛されなかった者。
 神に愛された者。

 それがナナとシンシアを明確に立場を分けていた。

 一方は幸運、一方は不幸。
 一方は大司教、一方は名も無き少女。
 一方は追う者、一方は追われる者。

 本当に、正反対だ。

「スキルという同じ括りなのにな」

 文字したら、言葉にしたら、こんなにも似ているのに。
 そのスキルだけで全てが、違う。

 人生も、運命も、力も。
 同じスキルという括りなのに。

 あれ?

「同じ……スキル?」

 その俺が発した言葉に、俺が首を傾げた。
 そこにあるのは、違和感。 

 何かが、引っかかる。
 何にもおかしなことなどないのに、その単語が引っかかる。

 そんな悶々とした思いを俺が抱く中、
 フィリーは俺の言葉に同意するように声をあげた。

「そう、両方"スキル"だけど、正反対だよ。しかもどっちも生まれた時から与えられる種類のスキルだから、まさに神様のきまぐれだね」
「……神様の気まぐれ」

 釈然としない脳に、またおかしな単語が加わった。
 神様の気まぐれ。

 考えたら、俺やミヤもそのせいでここにいるんだ。
 いや、もしかしたらナナと会ったのももしかしたら神様の気まぐれなのかもしれない。

 そう。

 神様の気まぐれで、異世界にきて。
 神様の気まぐれで、アナグラムとかいう能力を手に入れて。
 神様の気まぐれで、神に愛されなかった者のナナとあった。

 何にもおかしいことはなんて……。

 ――アナグラム。神に愛されなかった者。

「……え?」

 今、何を思った?
 俺は今、何を考えた?

 そしてまた俺は思考する。その違和感の覚えた単語たちを思い出す。 
 ――アナグラム。神に愛されなかった者。神に愛された者。

 異世界の出来事で浮かんだ、その単語たちは。
 俺が違和感を覚えた、その単語たちは。

 全てスキルだった。

「全部、スキル?」

 それを反復するように、俺は復唱する。
 ぐるりと回る思考回路に、何かが囁いた。

 ――× × × × て し ま え ば い い。

「……そう、か」

 俺には彼女を護る力なんてない。
 いくら強くても、彼女を救うことなんてできない。

 ――書 × × × て し ま え ば い い。

 だけど、俺には、ある能力があった。
 おかしなおかしなそのスキルが。

 ――書 × × え て し ま え ば い い。

 彼女を護る必要なんてない。彼女を助ける必要なんてない。
 そんなことは必要ない。

 ――書 き × え て し ま え ば い い。

 俺が護るんじゃない。面倒を見るんじゃない。
 ナナが、その必要のない存在になればいいんだから。

「なあ、フィリー? 神に愛されなかった者と神に愛された者の違いってなんだ?」
「……さっきも言ったけど、全部だよ。運命も人生も幸福も全て正反対だよ」

 全部?
 その答えは本質かもしれない。だが、俺が知りたかったのは多分屁理屈だ。

 そう、俺が出した答えは、彼女の言葉の"斜め下"をいく。
 だって、これは屁理屈なんだから。

「――いいや、たった"3文字"だ」

 その俺の言葉に、フィリーはきょとんした表情を浮かべる。
 訳が分からないというその表情。

 だけど、この答えがナナを救うことになる。
 魔法の三文字だ。

 それを使って、辻褄を合わせてあげればいいだけ。
 文字も数字も使って、文脈齟齬にならないように入れ替える。

 運がないから、名前がないから、【神に愛されなかった者】なんだ。
 だったら、それら全てをひっくり返してやればいい。

「フィリー、頼みがある」 

 ナナに不幸な運命をもたらす、その三つに。
 一つの枷を外し、そして残り二つは与えてやる。
 
 ――その一つは、過剰に。

「ナナのステータスを表示してくれ」

 俺は笑う。
 今からすることの、未来を予想して。

「後、今から俺がやることは他言無用で頼む」

 全てがひっくり返るその行動に向けて、俺は動き始めた。

「……別にいいけど、君は今から何をしようとしているの?」

 ポカンとした表情でこちらを見るフィリーに、俺は答える。

「――不幸な少女の運命を、書き換えようと思う」


 【 名 前 】 
 【  種  】 エルフ
 【 レベル 】 9
 【 経験値 】 703(次のレベルまで297)
 【 H P 】 35/55
 【 M P 】 100/100
 【 攻撃力 】 25
 【 防御力 】 18
 【 俊敏性 】 50
 【  運  】 
 【 スキル 】 神に愛されなかった者


 だからこれは、きっと始まりだ。
 新たな少女の、新しい人生が。

 だから、さよならナナ。
 そして、よろしくな。
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