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第二章 「神に愛されなかった者」
#49 痛みの糧(ペイン・ブレッド)
しおりを挟む耳元で囁かれるその声は、優しくもどこか懐かしい。
『退魔障壁もそろそろ切れるころだ、急ぎ足くらいで逃げきれる』
『……リンディルさんは?』
「私はちょっとシンシアと遊んでいくさ」
満面の笑みを浮かべる彼女に、憂いはない。
それでも、その姿に俺は儚さを感じた。
「……その目はなんだ、まったく」
やれやれといった表情を浮かべたリンディルだったが、
次の瞬間には口元が艶やかな弧を描いた。
「見くびる、な」
ぴゅんとおでこに軽い衝撃が走ると俺の視界が揺れる。
しばらくしてその揺れが収まるが、おでこでは火照ったような熱さが残った。
でこピンされた、らしい。
そんな困惑する俺のその姿が、おかしそうにリンディルは笑う。
「一瞬だけなら振り返ってもいい。それで少しは安心するだろうからな」
にんまりとした笑みを浮かべる彼女に、嘘をついている様子などもない。
彼女は一体何を見せようとしているのだろうか。
「さて、狂った教団さんもそろそろ痺れを切らしている頃だ。牽制はここまでしよう」
最後にポンポンと俺の頭を叩くと、最後に彼女は俺へと語りかけた。
「――"アキラ"、護りたいものがあったら全力で守れ」
その言葉の中にある、俺の名前。
あの件以来、初めて名前で呼ばれた気がした。
「いけ」
トンと、背中が押された。
傍目にトラッキーが立ち上がるが見える。
流れるような歩みで、俺たちは自然に黒の集団の中心へと入り込まされた。
その集団の流れと逆を俺たちは進む。
「ほんとうに大丈夫なんか?」
そのミヤの呟きと同時に振り返ると、そこに広がるのはシンシアが放った魔法。
不死鳥のような形の光が、リンディルに迫る。
明らかな強大なその魔法に、俺は身震いした。
俺が受けても、ただじゃすまないようなそれに。
だが、彼女は一歩も動かない。
その攻撃方向の直線上から一歩も。
あんなもの受けきれるはずがない。
脳裏に広がるのは、無残な光景。
無理だろ、あんなの。
そう思っていた俺の視界に映るのは、
真逆の光景。
不死鳥のような光は、消えた。
彼女の前に、音もなく。
跡形もなく、何もなく。
全てが無くなった。
その場でただ一人立つ、リンディルの口角が上がったのが見えた。
「――悪いなシンシア、それは"二"回目だ」
予想だにしないその不思議な光景を見て、俺は思う。
彼女は一体、何者なんだ、と。
* * *
「リンディル、私はあなたが嫌いです」
なすすべなく逃げられたその光景を見て、シンシアは表情を崩した。
怒りの任せの攻撃を連続して行うが、それは無駄だと彼女は知っている。
その攻撃はリンディルに届かない。
予想通りに、それは彼女の前で消えた。
「私は嫌いじゃないけどな」
そんなつまらない言葉は、シンシアの耳には入らない。
それでも怒りを鎮めるために、彼女は攻撃を続ける。
「でもまあ、せっかく水入らずで語っている時に、野暮なことをするなお前は」
相性は最悪だ。
いや、この前にいる女のスキルに相性がいい奴なんて数えるくらいしかいないだろう。
攻撃の中でいくらか冷静になったシンシアは、
やがて攻撃の手を止めた。
「なんであなたはここに立っているんでしょうか?」
失敗など数えるくらいしかしたことないシンシアにとって、
この目の前にいる女がなぜ自分と対等に渡り合っているのかが理解できなかった。
「失敗して失敗して失敗して、まるで負け犬のような人生を歩んでいるあなたが何で?」
だが、シンシアの唯一の失敗はリンディルが関わった時だ。
この目の前にいる格下だったはずの女が、いつしか自分を凌ぎ得る力を手に入れていた。
天武の才も、神の祝福も、何も授からなかった女が。
"努力"だけで手に入れたスキルを、彼女は認めたくなかった。
その言葉を受けて、リンディルは笑う。
自嘲気味に、乾いた笑い声をあげて。
「私だって、本当は失敗なんてしたくなかったさ」
成功だけの人生を歩んでいればきっと、
リンディルには血のつながった弟が側にいたはずだった。
「だからこそ、失敗は、痛みは、私の糧なんだ」
痛みを味わったからこそ、もう二度とその痛みを味わいたくないと思う。
そしてその痛みを知れば知るほど、強くなっていく自分がいた。
「これからも私は失敗するよ。だけど私は――」
それは皮肉だ。
本当に守りたかったものを守るための強さは、それを失ってから手に入れたのだから。
【痛みの糧】……一度受けたことのある攻撃の完全耐性を付与。それ以降同じ種類の攻撃を無効化する。
痛いのは、嫌いだ。
この世で一番、嫌いだ。
「同じ失敗を二度としない」
それでも、
なお。
彼女は痛みを望む。
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