4 / 8
王太子を奪い王妃にまで上り詰めた女のその後
一
しおりを挟む
「することがないとつまらないものね」
この国の王妃となったカレンフィアは自室から空を見ていた。
煩わしい公務を放棄した。
気に入らない侍女たちを辞めさせた。
結果、カレンフィアを世話するものは居なくなり、部屋から出られなくなった。
侍女がいなけれぱ、ドレスに着替えることもできない。
化粧も、ヘアセットもなにもできない。
湯浴みさえもできない。
寝間着のまま寝台で一日を過ごすしかなかった。
「働かない奴を食べさせる義理はない」
学園時代は散々甘やかしてくれた王太子は、夫となり、即位してから人が変わった。
妻の事は二の次三の次となり、国民を第一に考える王となった。
華美なドレスは与えられなくなり、食事すらままならなくなった。
部屋の扉越しに、部屋付きの護衛騎士に夫に伝言を頼んだ。
しかたなしに公務をするから、と願い出た。
久しぶりに顔を合わせた夫は顔をしかめた。
「そんな格好で?」
寝癖だらけ、しばらく入浴をしていない身体は自分でもわかるくらいの臭いを放っていた。
「侍女を呼んで」
「君が辞めさせたからもう誰もいないよ」
「その者でいいわ」
夫の後ろに控える侍女を指差した。
「彼女は私の専属の者だ」
「…なら新しい人雇って」
「不思議なことに募集しても集まらないし、希望者も出ないんだ」
王妃の世話役なんて栄誉ある仕事なのに、ありえない。
「君は知らないだろうけど、彼女たちの情報網はすごいよ。君が辞めさせた侍女達にした仕打ちはもう王都中に回っているみたいだ」
カレンフィアは舌打ちを堪えた。
「加えて…君はあまり人気と人望がないみたいだね。気が付かなかったのは私の落ち度だけれど」
夫は後悔をにじませ席を立つ。
「待って」
「王妃が餓死なんて外聞が悪いから、死なない程度にパンの一つでも恵んであげるよ」
今まで見たことがない冷たい目をして笑っていた。
次の日から硬いパンが差し入れるようになった。
それだけだった。
これならまだ、実家のほうがマシだったわ。
クローゼットの奥から部屋着用の簡易ドレスを見つけた。
ワンピースのそれなら一人で着替えることができそうだった。
ガサガサの髪をどうにか一つに結うと、ベランダから外に出た。
実家に帰って甘やかされようと思い立った。
王家に嫁ぐには爵位が足らず、侯爵家に養女となったが、書面だけの関係で侯爵には会ったことすらなかった。
いや、会ったことはあったのかもしれないが勉強嫌いのカレンフィアが侯爵の顔を覚えているはずがない。
さすがに義父の顔もわからない侯爵家に行っても門前払いを食らうだろうと、生家であった男爵家に戻ったのだが。
「…なんで…?」
歩いて実家に戻れば、屋敷があったはずの場所は更地になっていた。
カレンフィアが王族に嫁いで、裕福になったと思っていた。
「領地が与えられて、領地に引き上げただけよね…きっと」
家族がここにいない理由をひねり出したが、王都の屋敷を更地にする理由は思いつかなかった。
ふらふらと城下街に足を向けた。
だれか、家族の事を知っている人がいないかと。
街には活気があった。
皆、どこか楽しげにも見える。
ふと横を幼い子どもが通り過ぎた。
「パパー!」
子供の父親らしき男が、振り返って両手を差し出す。
「一人で買い物できたか?」
「うん!」
子供を抱き上げて褒めている男の顔に覚えがあった。
カレンフィアが学園に入る前に恋していた男だった。
平民だったが、彼とは幼馴染だった。
顔立ちが良い彼を連れて歩くと、周りは羨ましがった。
彼に優しくされて優越感にも浸った。
きっと将来は彼と結婚するんだろうななんて思っていた事を、今のいままで忘れていた。
男の側には女がいた。
赤子を抱いた女だった。
幸せそうな家族がそこにいた。
口の中で血の味がした。
よほど歯を食いしばっていたようだ。
「本当なら、私が隣に立っていたはずなのに」
心の声が漏れたのかと思った。
振り返ればすぐ後ろに夫が立っていた。
地味な意匠なので周りは気づいていない。
「何も考えず、婚約破棄をしたせいで彼女には大変な思いをさせてしまった」
よくみれば、幼馴染の隣に立つ女は家を追い出された公爵令嬢だった。
「幸せそうな彼女を見ると安心するのと同時に後悔が止まない。愚かな選択をしなければ、あの男の立つ場所に私が居たはずなのに」
学園であのように自然に笑う公爵令嬢を見たことがなかった。
幼馴染にキスをされ、頬を赤らめる元令嬢。
とりすました無感情だった女があんな幸せそうにしている姿を見たことがなかった。
「彼女のためにもこの国の治安維持に励むよ」
夫の原動力は彼女だったのだ。
カレンフィアは変装している護衛に馬車へと押し込まれ、連れて行かれた先は、王妃の私室ではなく貴族牢だった。
完全な監禁を目的とした牢から抜け出せる手段はない。
離縁を申し入れたが却下された。
王族の婚姻は簡単に破棄できない。
婚約破棄の時にかなり揉めたのだ、二度と同じことはできない、と。
平民落ちした公爵令嬢は幸せそうだった。
今まで忘れていた幼馴染の男の名を何度も呼んだ。
こんな場所から助けだして。
昔のように優しく笑って。
「王妃になれたのに…ちっとも幸せなんかじゃない」
この国の王妃となったカレンフィアは自室から空を見ていた。
煩わしい公務を放棄した。
気に入らない侍女たちを辞めさせた。
結果、カレンフィアを世話するものは居なくなり、部屋から出られなくなった。
侍女がいなけれぱ、ドレスに着替えることもできない。
化粧も、ヘアセットもなにもできない。
湯浴みさえもできない。
寝間着のまま寝台で一日を過ごすしかなかった。
「働かない奴を食べさせる義理はない」
学園時代は散々甘やかしてくれた王太子は、夫となり、即位してから人が変わった。
妻の事は二の次三の次となり、国民を第一に考える王となった。
華美なドレスは与えられなくなり、食事すらままならなくなった。
部屋の扉越しに、部屋付きの護衛騎士に夫に伝言を頼んだ。
しかたなしに公務をするから、と願い出た。
久しぶりに顔を合わせた夫は顔をしかめた。
「そんな格好で?」
寝癖だらけ、しばらく入浴をしていない身体は自分でもわかるくらいの臭いを放っていた。
「侍女を呼んで」
「君が辞めさせたからもう誰もいないよ」
「その者でいいわ」
夫の後ろに控える侍女を指差した。
「彼女は私の専属の者だ」
「…なら新しい人雇って」
「不思議なことに募集しても集まらないし、希望者も出ないんだ」
王妃の世話役なんて栄誉ある仕事なのに、ありえない。
「君は知らないだろうけど、彼女たちの情報網はすごいよ。君が辞めさせた侍女達にした仕打ちはもう王都中に回っているみたいだ」
カレンフィアは舌打ちを堪えた。
「加えて…君はあまり人気と人望がないみたいだね。気が付かなかったのは私の落ち度だけれど」
夫は後悔をにじませ席を立つ。
「待って」
「王妃が餓死なんて外聞が悪いから、死なない程度にパンの一つでも恵んであげるよ」
今まで見たことがない冷たい目をして笑っていた。
次の日から硬いパンが差し入れるようになった。
それだけだった。
これならまだ、実家のほうがマシだったわ。
クローゼットの奥から部屋着用の簡易ドレスを見つけた。
ワンピースのそれなら一人で着替えることができそうだった。
ガサガサの髪をどうにか一つに結うと、ベランダから外に出た。
実家に帰って甘やかされようと思い立った。
王家に嫁ぐには爵位が足らず、侯爵家に養女となったが、書面だけの関係で侯爵には会ったことすらなかった。
いや、会ったことはあったのかもしれないが勉強嫌いのカレンフィアが侯爵の顔を覚えているはずがない。
さすがに義父の顔もわからない侯爵家に行っても門前払いを食らうだろうと、生家であった男爵家に戻ったのだが。
「…なんで…?」
歩いて実家に戻れば、屋敷があったはずの場所は更地になっていた。
カレンフィアが王族に嫁いで、裕福になったと思っていた。
「領地が与えられて、領地に引き上げただけよね…きっと」
家族がここにいない理由をひねり出したが、王都の屋敷を更地にする理由は思いつかなかった。
ふらふらと城下街に足を向けた。
だれか、家族の事を知っている人がいないかと。
街には活気があった。
皆、どこか楽しげにも見える。
ふと横を幼い子どもが通り過ぎた。
「パパー!」
子供の父親らしき男が、振り返って両手を差し出す。
「一人で買い物できたか?」
「うん!」
子供を抱き上げて褒めている男の顔に覚えがあった。
カレンフィアが学園に入る前に恋していた男だった。
平民だったが、彼とは幼馴染だった。
顔立ちが良い彼を連れて歩くと、周りは羨ましがった。
彼に優しくされて優越感にも浸った。
きっと将来は彼と結婚するんだろうななんて思っていた事を、今のいままで忘れていた。
男の側には女がいた。
赤子を抱いた女だった。
幸せそうな家族がそこにいた。
口の中で血の味がした。
よほど歯を食いしばっていたようだ。
「本当なら、私が隣に立っていたはずなのに」
心の声が漏れたのかと思った。
振り返ればすぐ後ろに夫が立っていた。
地味な意匠なので周りは気づいていない。
「何も考えず、婚約破棄をしたせいで彼女には大変な思いをさせてしまった」
よくみれば、幼馴染の隣に立つ女は家を追い出された公爵令嬢だった。
「幸せそうな彼女を見ると安心するのと同時に後悔が止まない。愚かな選択をしなければ、あの男の立つ場所に私が居たはずなのに」
学園であのように自然に笑う公爵令嬢を見たことがなかった。
幼馴染にキスをされ、頬を赤らめる元令嬢。
とりすました無感情だった女があんな幸せそうにしている姿を見たことがなかった。
「彼女のためにもこの国の治安維持に励むよ」
夫の原動力は彼女だったのだ。
カレンフィアは変装している護衛に馬車へと押し込まれ、連れて行かれた先は、王妃の私室ではなく貴族牢だった。
完全な監禁を目的とした牢から抜け出せる手段はない。
離縁を申し入れたが却下された。
王族の婚姻は簡単に破棄できない。
婚約破棄の時にかなり揉めたのだ、二度と同じことはできない、と。
平民落ちした公爵令嬢は幸せそうだった。
今まで忘れていた幼馴染の男の名を何度も呼んだ。
こんな場所から助けだして。
昔のように優しく笑って。
「王妃になれたのに…ちっとも幸せなんかじゃない」
814
あなたにおすすめの小説
初夜に夫から「お前を愛するつもりはない」と言われたわたくしは……。
お好み焼き
恋愛
夫は初夜にわたくしではなく可愛い少年を侍らしていましたが、結果的に初夜は後になってしました。人生なんとかなるものですね。
婚約破棄は踊り続ける
お好み焼き
恋愛
聖女が現れたことによりルベデルカ公爵令嬢はルーベルバッハ王太子殿下との婚約を白紙にされた。だがその半年後、ルーベルバッハが訪れてきてこう言った。
「聖女は王太子妃じゃなく神の花嫁となる道を選んだよ。頼むから結婚しておくれよ」
やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目の人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
私は人形ではありません
藍田ひびき
恋愛
伯爵令嬢アリシアには誰にも逆らわず、自分の意志を示さない。そのあまりにも大人しい様子から”人形姫”と揶揄され、頭の弱い令嬢と思われていた。
そんな彼女はダンスパーティの場でクライヴ・アシュリー侯爵令息から婚約破棄を告げられる。人形姫のことだ、大人しく従うだろう――そんな予想を裏切るように、彼女は告げる。「その婚約破棄、お受けすることはできません」
※なろうにも投稿しています。
※ 3/7 誤字修正しました。
花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果
藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」
結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。
アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。
※ 他サイトにも投稿しています。
溺愛されるのは幸せなこと
ましろ
恋愛
リュディガー伯爵夫妻は仲睦まじいと有名だ。
もともとは政略結婚のはずが、夫であるケヴィンがイレーネに一目惚れしたのだ。
結婚してから5年がたった今も、その溺愛は続いている。
子供にも恵まれ順風満帆だと思われていたのに──
突然の夫人からの離婚の申し出。一体彼女に何が起きたのか?
✽設定はゆるゆるです。箸休め程度にお楽しみ頂けると幸いです。
かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる