淑女の仮面を被った悪女は、隣国に渡る

基本二度寝

文字の大きさ
1 / 11

「王太子殿下。わたくしにはその『酷い仕打ち』の心当たりがないのですが」

公爵令嬢カブエラは場違いに微笑みながら尋ねた。
王太子から婚約破棄を宣言され、悲しむか怒りを訴えるべき場面で。

「なるほどな。私の最愛の彼女リリーシュアを苛めたという自覚がないと」

「苛める…などそんな可愛らしい表現をされても、覚えがありませんわ」

くすくすと口元を隠してカブエラは笑った。
まるで目の前で子犬がじゃれ合っているのを微笑ましく見守っているような、そんか邪気の無い笑い方をする。

「殿下…」
「大丈夫。私はリリーシュアを信じているよ」

しがない男爵令嬢が無礼にも高貴な王太子殿下にすがり付く。
それを周りの人間は誰も咎めようとしない。
王太子殿下の側近も護衛も、対峙するへ厳しい目を向けている。

彼らはひ弱な男爵家の子女を悪から守っているつもりなのだ。

「私が『悪さ』をした証明でもあるのですか?」
「…そんなものは不要だ。リリーシュアの言葉が全てだ」

王太子は表情を変えなかったが、側近はぐっと拳を握った。
どれだけ奔走しても苛めの証明はできなかった。
カブエラは、実に巧妙に仕事をこなしたのだ。
おそらく協力者がいる。だが、カブエラに取り巻きはなく、特定できなかった。

「そうですか。現場を直接見たでもない。たった一人の証言を鵜呑みにする、と」
「リリーの怪我は確認している」
「怪我と私にどのような因果関係が?」
「貴様…」

カブエラは優秀だった。
それは厳しい妃教育から、陛下にも王妃にも認められている。
カブエラがこれほど強気なのは、抜かりはないという自信からだろう。
おもてに感情を出さなかった王太子がようやく態度を変えた。
眉を釣り上げ、瞳に怒りを映す。

「公爵令嬢カブエラ。貴様は王都からの追放を命じる。登城も二度と認めない。決定事項だ、これは絶対に覆らない。『我が名の元に』」

王太子は魔力を発し、魔導令を発生させた。
言葉に魔力を乗せる魔導令は、発言者が死ぬまで効力を発揮する。
しかし、一人では完成しない。独裁を可能にするこの力は、同意する者が必要となる。
この場にいる側近たちは見届け人、証人としてそれに魔力を流した。

「っ、!」

カブエラは思わず背中を丸めた。
彼女の背中に魔導令による烙印が押されたのだ。

「殿下…!?」

リリーシュアが悲鳴を上げた。
心優しい彼女は王太子がここまでするとは思っていなかったのだろう。
取り消してあげて、と必死に王太子に取り縋った。

「…そんなことしたら、妃の公務を…やってもらえな…」

リリーシュアの呟きは、周囲の側近たちの笑い声でかき消された。

あなたにおすすめの小説

ようやく自由にしてくださって感謝いたします

一ノ瀬和葉
恋愛
華やかな舞踏会の夜、突然告げられた婚約破棄。 誰もが涙と屈辱を予想する中、令嬢の唇からこぼれたのは――思いがけない一言だった。 その瞬間から、運命は静かに、しかし決定的に動き出す。 ※ご都合です、小説家になろう様でも投稿しています。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※「なろう」にも重複投稿しています。

婚約破棄されてしまいました。別にかまいませんけれども。

ココちゃん
恋愛
よくある婚約破棄モノです。 ざまぁあり、ピンク色のふわふわの髪の男爵令嬢ありなやつです。 短編ですので、サクッと読んでいただけると嬉しいです。 なろうに投稿したものを、少しだけ改稿して再投稿しています。  なろうでのタイトルは、「婚約破棄されました〜本当に宜しいのですね?」です。 どうぞよろしくお願いしますm(._.)m

学園は悪役令嬢に乗っ取られた!

こもろう
恋愛
王立魔法学園。その学園祭の初日の開会式で、事件は起こった。 第一王子アレクシスとその側近たち、そして彼らにエスコートされた男爵令嬢が壇上に立ち、高々とアレクシス王子と侯爵令嬢ユーフェミアの婚約を破棄すると告げたのだ。ユーフェミアを断罪しはじめる彼ら。しかしユーフェミアの方が上手だった? 悪役にされた令嬢が、王子たちにひたすらざまあ返しをするイベントが、今始まる。 登場人物に真っ当な人間はなし。ご都合主義展開。

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

【完結済み】婚約破棄したのはあなたでしょう

水垣するめ
恋愛
公爵令嬢のマリア・クレイヤは第一王子のマティス・ジェレミーと婚約していた。 しかしある日マティスは「真実の愛に目覚めた」と一方的にマリアとの婚約を破棄した。 マティスの新しい婚約者は庶民の娘のアンリエットだった。 マティスは最初こそ上機嫌だったが、段々とアンリエットは顔こそ良いが、頭は悪くなんの取り柄もないことに気づいていく。 そしてアンリエットに辟易したマティスはマリアとの婚約を結び直そうとする。 しかしマリアは第二王子のロマン・ジェレミーと新しく婚約を結び直していた。 怒り狂ったマティスはマリアに罵詈雑言を投げかける。 そんなマティスに怒ったロマンは国王からの書状を叩きつける。 そこに書かれていた内容にマティスは顔を青ざめさせ……