淑女の仮面を被った悪女は、隣国に渡る

基本二度寝

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「何かございましたか?王太子殿下」

ソラスは王太子殿下に呼ばれ、執務室にやって来た。

「…貴様、裏切っていたのか」

憎々しげにソラスを睨む王太子に、はて?と首を傾げた。

一体どの件だろうか…?

思い当たるふしが多すぎてソラスには、王太子の不機嫌の理由がどれなのか皆目検討がつかない。

「なんの事でしょうか」
「私は、二度と愚かなことをせぬようカブエラを穢せと命じたはずだっ!そうしたらは、お前は『ならず者に売りつける』と言っていたではないか!」

「…あぁ~カブエラ様のことですか」

手を打って、思い出した。
それももう、三年も前のことだけれど。

「命令違反には処罰を与える」
「正規の命令ではないので、それは難しいのでは」
「私刑なので問題ない」
「問題しかないですけどねぇ…」

やれやれとソラスはため息を吐く。
どうやら随分ご立腹のようなので、対応が面倒くさい。

「なにか誤解をされているようですが、命令違反とはなんのことです」
「白を切るつもりか。カブエラが隣国に渡っていた!しかも、隣国の英雄と名高い将校の妻に収まっていた!
隣国に招待を受け、参加した舞踏会で紹介された時の私の気持ちがわかるか!
アレではまるで、私が道化のようで…!
貴様は私の命令に従っているように見せて、カブエラを密かに逃したな!」

ここまで怒りを表に出す王太子も久しぶりだ。
比較的柔和な王太子が、カブエラに対してだけ沸点が異常に低くなる。
それを考慮してもここ迄機嫌が悪いのは、優秀と言われる教師を付けてもリリーシュアの教育の進捗が芳しくないせいなのかもしれない。
…全然進んでいないといっても差し支えはない。

「濡れ衣ですよ。私はきちんと確認しましたよ。『知り合いの荒くれ男に渡して好きにさせる』と」

「ならず者ではないではないか!」

「…ならず者なんて一度も言ってないですよ。荒くれ者だとは言いましたが」

「英雄を荒くれ者だと言うつもりかっ!」

「荒くれ者じゃないですか…魔物が出れば先頭切って突っ込んで、悪党がいれば部下放ったらかして単独行動。作戦も無視、自分が指揮官だって自覚もないコミュ症糞野郎ですよ」

ソラスの吐き捨てるような言葉に、ざわつくのは王太子だけではなく王太子の後ろに控える護衛の騎士もだった。
彼の英雄伝はこの国には憧れの対象として語られている。

「その言いよう、無礼にも程があるだろう」
「別にいいじゃないですか。身内だからボロカスに言えるんですよ。それに事実ですし」

「身内…、?」

「カブエラ様を引き渡した荒くれ者は従兄なんです。嫁がほしいと常々駄々をこねていましたので」

大げさに肩をすくめる。
武勇伝は男には憧れでも、女受けはあまり良くなかった。
それ故、従兄の婚約相手はずっと不在のままだった。
見た目が良いわけでもない。野獣のような男に嫁ぎたい奇特な令嬢は、現れなかった。

「それに、命令違反はしてないですよ。カブエラ様を従兄と引き合わせたその日にあの糞野郎は寝室に連れ込みやがったので」

とは言っても、カブエラ様には面会前に事情をお伝えしていたし、初対面でカブエラ様に惚れた荒くれ従兄は阿呆みたいに求婚の言葉しか口にせず、承諾を貰えるまで床に這いつくばっていた。

英雄として人気の、上官としては不人気の、敵にとっては悪魔のような従兄が、カブエラ様の足元に額を擦りつけていた。
その光景は、酒の席で未だに笑い話になっている。


「荒くれ男はカブエラ様を穢し妻にした。貴方の命には背いてないですよ?」

王太子殿下は手元の資料を握りつぶし、ソラスに投げつけた。
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