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二十七 結婚後七月 C
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婚家の屋敷を出たクエッカは、外で待っていたアレンと合流した。
平民街の比較的治安の良いエリア。
先へ先へと進むアレンの後ろを離されないようについていく。
やがて小さな家の前に着くと、アレンはクエッカの腕を引っ張って家の中に引き込んだ。
ドアが閉まると同時に、勢いのままクエッカは背後からギュッと腕ごと抱きしめられる。
抱擁と言うよりも拘束。
「…ここは、あのメモの住所とは違いますね」
「あれは他者と連絡用に借りてる空き家だ。治安が悪い場所だから絶対行くなよ」
クエッカのポケットを弄ってメモを取り上げられた。
「メモがなくても覚えてますよ」
「いい子だから忘れろ」
それが出来ればよいのだけれど。
拘束はまだ外れない。
クエッカはアレンに身体を預け、周囲に視線を巡らせた。
靴箱の上に写真立てを見つけた。
今のアレンと同じ顔の男性が小さな子どもを抱き上げている。
「ここは屋敷の庭師、ディゼルさんのお家ですか」
「…本物は今、田舎の孫娘のところに滞在してる」
「そうでしたか」
会話が途切れ、沈黙が落ちる。
クエッカは頭を上げて頭上のアレンに視線を合わせる。
言葉無く見つめ合い、先に折れたのはアレンだった。
「なんだ」
「キスできそうな距離だなぁと」
呆れた顔をするアレンだけれど、ため息を吐いてその顔が迫る。
「先生」
「なんだ」
唇が触れ合う瞬間、誘ったクエッカが待ったをかけた。
少しアレンの言葉に苛つきがある。
「お髭がチクチクするので、それ取ってください」
バサリと人の薄い皮が剥がされ、頭髪もごそりと落ちた。
アレンいわく草臥れた男の顔の下から、若い男の顔が現れた。
あの夜、月明かりの下でクエッカに被さっていた男だ。
「月明かりの下だから真っ黒にも見えましたが、やはり深い青い色でしたか」
クエッカは喜色を浮かべてアレンの髪に注目した。
「誕生日に頂いた二つの色を持つお花。一色は私の髪色でしたが、もう一つの色は私の色でも元旦那様の持つ色でもなくて、…先生の持っている色だったら良いなと思ってました」
「たまたまだ」
「先生。あの二色のお花は屋敷に一つも咲いてないんです。私の為に育ててくれてありがとうございます」
クエッカはアレンをまっすぐ見つめる。
それが苦手なのか、アレンは先に目を逸らす。
「…なぁ、なんでわかったんだ」
「と言いますと?」
「変装には自信があった。アンタには最初からバレていた気がする」
「…愛の力?…っぐ、せんせ、ちょっと苦しい」
「真面目に聞いている」
アレンの拘束が緩み、はぁと息を吐いた。
「先生。耳の形って人それぞれなんです。他国ではそれを個人を特定する一つの情報としているのです。
あの夜、忍んで来られた方と庭師姿の先生は同じ耳でした」
「耳、か…」
「庭師の方の違和感は初対面でした。お顔の皺の割に、花に水をやる先生の手がお若いように感じて、実は若い方なのではと思っていました」
「初対面からかよ…くそだせぇ」
アレンはガクリと落ち込み、クエッカの頭に顎のせる。
「油断は仕方がないのでは…?
先生は自分の存在を希薄にさせるような…認識されにくいような?隠密系スキルをお持ちなのでは?」
緩んだ抱擁にまた力が入る。
このように誰かに抱きしめられたことのないクエッカは、息苦しさよりも歓喜しているけれど、相手には気づかれていない。
「なんで、…わかった」
「屋敷の執事さんが、『奥様はいつも庭で一人でいる』とずっとおっしゃってて。
話し合いの席でも、元旦那様はあまり先生を見ていませんでした。そこにいるのに、いないような。いるとわかっているのに、意識的の外に外しているような、そんな感じでしたね。
お腹の子は先生だと匂わせるように発言していたのに、一度も先生を咎めることもありませんでした」
「ボケてるように見えて、油断ならないな。アンタは」
「先生。クエッカです」
「あ?」
「名前、よんで」
いつかの記憶を呼び起こし、アレンの目にあの夜のような色が見えた。
今度は下りてくるアレンの顔を止めることはしなかった。
平民街の比較的治安の良いエリア。
先へ先へと進むアレンの後ろを離されないようについていく。
やがて小さな家の前に着くと、アレンはクエッカの腕を引っ張って家の中に引き込んだ。
ドアが閉まると同時に、勢いのままクエッカは背後からギュッと腕ごと抱きしめられる。
抱擁と言うよりも拘束。
「…ここは、あのメモの住所とは違いますね」
「あれは他者と連絡用に借りてる空き家だ。治安が悪い場所だから絶対行くなよ」
クエッカのポケットを弄ってメモを取り上げられた。
「メモがなくても覚えてますよ」
「いい子だから忘れろ」
それが出来ればよいのだけれど。
拘束はまだ外れない。
クエッカはアレンに身体を預け、周囲に視線を巡らせた。
靴箱の上に写真立てを見つけた。
今のアレンと同じ顔の男性が小さな子どもを抱き上げている。
「ここは屋敷の庭師、ディゼルさんのお家ですか」
「…本物は今、田舎の孫娘のところに滞在してる」
「そうでしたか」
会話が途切れ、沈黙が落ちる。
クエッカは頭を上げて頭上のアレンに視線を合わせる。
言葉無く見つめ合い、先に折れたのはアレンだった。
「なんだ」
「キスできそうな距離だなぁと」
呆れた顔をするアレンだけれど、ため息を吐いてその顔が迫る。
「先生」
「なんだ」
唇が触れ合う瞬間、誘ったクエッカが待ったをかけた。
少しアレンの言葉に苛つきがある。
「お髭がチクチクするので、それ取ってください」
バサリと人の薄い皮が剥がされ、頭髪もごそりと落ちた。
アレンいわく草臥れた男の顔の下から、若い男の顔が現れた。
あの夜、月明かりの下でクエッカに被さっていた男だ。
「月明かりの下だから真っ黒にも見えましたが、やはり深い青い色でしたか」
クエッカは喜色を浮かべてアレンの髪に注目した。
「誕生日に頂いた二つの色を持つお花。一色は私の髪色でしたが、もう一つの色は私の色でも元旦那様の持つ色でもなくて、…先生の持っている色だったら良いなと思ってました」
「たまたまだ」
「先生。あの二色のお花は屋敷に一つも咲いてないんです。私の為に育ててくれてありがとうございます」
クエッカはアレンをまっすぐ見つめる。
それが苦手なのか、アレンは先に目を逸らす。
「…なぁ、なんでわかったんだ」
「と言いますと?」
「変装には自信があった。アンタには最初からバレていた気がする」
「…愛の力?…っぐ、せんせ、ちょっと苦しい」
「真面目に聞いている」
アレンの拘束が緩み、はぁと息を吐いた。
「先生。耳の形って人それぞれなんです。他国ではそれを個人を特定する一つの情報としているのです。
あの夜、忍んで来られた方と庭師姿の先生は同じ耳でした」
「耳、か…」
「庭師の方の違和感は初対面でした。お顔の皺の割に、花に水をやる先生の手がお若いように感じて、実は若い方なのではと思っていました」
「初対面からかよ…くそだせぇ」
アレンはガクリと落ち込み、クエッカの頭に顎のせる。
「油断は仕方がないのでは…?
先生は自分の存在を希薄にさせるような…認識されにくいような?隠密系スキルをお持ちなのでは?」
緩んだ抱擁にまた力が入る。
このように誰かに抱きしめられたことのないクエッカは、息苦しさよりも歓喜しているけれど、相手には気づかれていない。
「なんで、…わかった」
「屋敷の執事さんが、『奥様はいつも庭で一人でいる』とずっとおっしゃってて。
話し合いの席でも、元旦那様はあまり先生を見ていませんでした。そこにいるのに、いないような。いるとわかっているのに、意識的の外に外しているような、そんな感じでしたね。
お腹の子は先生だと匂わせるように発言していたのに、一度も先生を咎めることもありませんでした」
「ボケてるように見えて、油断ならないな。アンタは」
「先生。クエッカです」
「あ?」
「名前、よんで」
いつかの記憶を呼び起こし、アレンの目にあの夜のような色が見えた。
今度は下りてくるアレンの顔を止めることはしなかった。
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