能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る

基本二度寝

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四十二 旅立ち A

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「『裏取引?』」

「そうそうーこの国と隣国とで半年前に和平協定結んだろう?それにあたってきっと裏で取引があったはずなんっでぇぶっ」

アレンはクエッカの耳を抑えるより、軽い口を塞ごうと酔いどれの頭を腕で挟んで技をかける。

「ぃでぇてててて!やめっわかった、わかだ」
「チッ」

他の人間に必要のない情報は漏らすべきではないのに。知れば危険が迫ることもある。
協力してもらったこの医者に口を滑らせたのはアレン自身。
己の失態に頭が痛い。


「…それわかるかもしれません」

「「はぁ?」」

思わず酒飲みと声が被った。

クエッカは、鞄から紙とペンを出すと、目線を上にやって唸り、しばらくするとさらさらと紙に書き始めた。

「専門外なので、意味はわかりません。こういう書面って持って回ったような言い回しになるじゃないですか」

ペンを止めることなく、クエッカは喋り続けた。

「隣国の名前と、和平協定の単語が含まれていた、というだけでご期待のものかどうかわかりませんが」

クエッカがすべてを書き終え、アレンに差し出す。
紙いっぱいに書き出された文字は、アレン達が欲しがった情報が詰め込まれていた。

「こ、れ…」
「お嬢さん…アンタ」

適当に書かれたものかと疑う所だが、その内容は細部まで抜けのないもので、今思いつきで書いたとはとても言えない出来のものだった。
一介の貴族夫人が知り得ないことも隠語で記載されている。

「…そうか。そりゃそうだな。たしかに」

酔っていたはずの医者は、クエッカをじっとみつめ、何か納得した様に頷いた。

「なんだ」

「よく考えりゃそうなんだよ。耳の形で人物を見分けるなんて、相当記憶力と目が良いはずなんだよ。アレンは恋仲だからまぁわかるとしても、俺なんか数回しか会ってないのに一瞬で変装を見破られてる」

医者の言葉にアレンもハッとした。
どれだけ長く近くにいる人間でも、耳の形を覚えている事など稀なはずだ。
よほど特徴がない限り。

「はい。お医者様のおっしゃる通り、私には『瞬間記憶』の固有スキルがあります」

医者は手を叩いて笑った。

「アレンらの半年が無駄だったとはな」

アレンの肩をバシバシと叩いて、医者は気持ちよさそうに酒を煽る。

アレンは祖国の諜報員だ。
無駄骨をおることはままある。

対象の妻を人質にして情報を得る作戦だったはずが、クエッカに人質としての価値を見い出せず、副作戦で王城にまで潜入して調べても、この情報は探し出せなかった。

屋敷の書斎にも侵入したが、書類が膨大すぎるのと、時間の無さでここでも探し当てることはできなかった。

「先生。お役に立てましたか?」
「…あぁ」

「じゃあこれはやはり攫って囲う必要がありますね!」

「そうだな」

『瞬間記憶』なんて諜報員向きのスキルだ。
これを祖国くにに報告すれば、すぐに引き抜かれるだろう。
…そうなるとアレンと引き離される可能性もあるな。

少し悩み、クエッカのスキルについては報告せず、と決めた。

くふふと笑うクエッカがアレンに抱きついてくる。

「先生の監視下で囲ってくださいね。あとはえっちな拷問が待ってるはずで」

「いや」

アレンはクエッカを抱きしめ返すと、手早く口付けた。

「拷問じゃなくて、ご褒美だな」

わぁと喜ぶクエッカとともに、馬車が傾き、バランスを崩して二人は倒れ込んだ。

風魔法師の力と、アレンの認識阻害スキルと、月のない夜の闇が彼らを隠して、影も痕跡も残さず。

馬車は空を走っていく。
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