王が下した妃の処刑

基本二度寝

文字の大きさ
1 / 10
泉に落とされた者

一 ※

しおりを挟む
国王は、城の裏にある森の泉にいた。

水面は波を立てておらず、泉に湛える水は透明度の高い清水でありながら、底は見えない。

泉の底を調べたことはない。

ここに入水するのは、王が罰を与えた者だけと決まっていた。

王は婚姻したばかりの妃に重石をつけてこの泉に沈めた。

愛妾に害を成したと聞いて、即断した。
妾の腹には我が子がいた。
だから、王に躊躇はなかった。

しかし…

風が出て、泉に小波さざなみが生まれる。

水面に、沈めたはずの妃の姿が映る。

王に驚きの顔はない。
水面の妃の視線は王には向いていない。

妃は女の顔をして、だらしなく口を開けている。

音はない、声も聞こえない。
けれど、王には妃が嬌声を上げているとわかる。

妃は半透明でありながら男とわかる身体に抱きついて、揺さぶられていた。
いや、自ら男を求め身体を揺すっているのかもしれない。

半透明の身体に細く白い腕と足を巻きつけて、離れないように絡みついている。

声も聞こえぬというのに、口の動きでわかってしまう。


『愛しています』

妃は半透明の男に何度も告げる。
男に怯えている素振りは見られない。
そう言わされているわけではなさそうだ。

半透明の、人ならざるものに抱きついて愛を告げる。

何度も、何度も。



『もう、だめ』

妃の唇がそう動いたあと、仰け反り、果てた。

荒い呼吸を繰り返し、頬を撫でる半透明の手のひらに顔を寄せて微笑む。

『……、』

何かを呟くがそれはわからなかった。人ならざる男の名かもしれない。
妃は薄く唇を開いて、男に顔を寄せる。

半透明の男の向こうにある妃の顔はぼやけて見えないが、頭の動きで唇を合わせ舌を絡め合っているだろう事は想像できた。

やがて妃は男から顔を離すと、男の肩に頭を乗せて、幸せそうに笑む。

そのまま眠ってしまうのかと思われたが、妃の身体が跳ねた。
驚いた妃は頭を上げると、再び半透明の男が動き始めた。

妃は困ったような顔をして、その後また、艷やかな表情をして男を受け止めている。


風が吹いて、小波が立つと水面が白む。
風が止むと波もおさまるが、もうそこには何も映っていない。

王はまた風が吹くのを待ってみたが、もう泉には何も映らなかった。


王は手放したものを、再び手にすることは出来ない。

泉のぬしが、わざわざ王に感謝を伝えた。
泉に妃を沈めてから直ぐに『良いものをもらった』と泉の主が夢枕に立った。
その礼に、王が当代の間は大きな災害から国を守ってやろう、と言葉を賜った。

同じ夢を三度も見れば、王もただの夢とは思えなかった。

悪妃を贄に、国の安寧を手に入れたと喜んだのは一時だった。

王の知らぬところで妃は手腕を振るっていたせいで、執務が全く回らなくなった。
王は優秀ではあったが、それを補助する者がいて始めて発揮される能力だった。
王がまだ王子だった頃から婚約者だった妃は、王にそれと知られることなく影で支え続けていた。

ようやく妃の価値を知ったのは、王が妃を手放し、二度と連れて戻れぬ場所に行ってしまってからのことだった。

妃は泉の主に気に入られ、また妃も主を愛しているようにみえた。

王が望んだ所で、彼女を此方側に引き戻す交渉材料はない。



「…戻る」

離れた所に立つ近衛騎士に、王は声をかけた。
王の側に駆け寄り、騎士は泉に目を向けた。

泉に沈められる前には一度も見たことがなかった元王妃の幸せそうな姿を、騎士は一瞬見たような気がした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

エメラインの結婚紋

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...