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2章 渡界人の日報
2-2ドラゴン転生⑥懸念と真意
しおりを挟む私達のアパートへ帰る道すがら
「結局殆ど情報は得られなかったな」
私は落胆しながらそう言ったが
「そうでもないさ。我々にはこれがある。黒崎美鈴は今度の事件の手掛かりはここにあると言ったも同然だよ。そういう訳で早速帰ったらこの本を読んでみるつもりだ」
「そういえば、最後の質問の意図が僕には分からなかったが」
「あれか。一度分裂したら再統一には時間がかかるというだけさ。そして転生者という異物がそこに居るのならばなおさらね。彼らは元の世界には帰れないのだからな」
「それに関して黒崎美鈴は不穏な事を言っていたね」
「ああ。しかし現地人としては妥当な判断だと思うよ。平和や秩序を乱しかねない最大の要因の排除は必要だからね」
「だけど、今回の依頼はそれをぶち壊すのじゃないか?」
私の懸念に渡は
「そう。今回の落し所の難しいのはそこだ。まず君の言うようにどんな形であれドラゴンを送り込むことになれば、それは異世界マイダル・イージ初の魔物との戦いという事になる。出かける前にも言ったがあの世界はドラゴンもフェンリルもマーメイドもいない我々の世界とほぼ変わらぬ生体系を持っている」
私が頷くと彼は続けて
「僕の最大の懸念の内1つはマイダル・イージの国際情勢の悪化だ。この帝国の近隣に魔法国家ヘドーロックがあるのだ。地を裂くにしろ、空を割って出てくるにしろ、こんな生物を生み出すのは魔法の領域でその最先端を行くヘドーロック製の怪物だとあの世界の住民が思うのも無理はない。加えて僕の仕事は日之出氏をドラゴンとして送り込むまでであって、どういう過程でドラゴンが誕生するかは転生先の異世界の神の特権だ。物事の整合性を重視する神なら実際ヘドーロックの魔法生物を研究する魔法使いにドラゴンを作らせるくらいの事はするかもしれない。そうなると例えドラゴンを討伐したとしてもその後にまた戦争が起きる可能性があるのだ。懸念のもう1つはもっと単純なもので帝国の技術でドラゴンを倒せるのかという所だ。ここは本を読んでみないと分からないが、ヘドーロックの製鉄技術を見る限りは我々の世界での11世紀ぐらいの技術しかない。この頃はまだ防御の方が攻撃能力を上回っていた時期でね。これが逆転するのは製鉄技術が大幅に向上する13世紀末から14世紀にかけての話になる。そうなると彼の『ドラゴンになって勇者に倒される』という望みはかなり難しいかもしれない」
「何だって!?どうしてそんな結論になるんだ?」
私は渡の突拍子もない推理に驚いた。
「今回の依頼人がファンタジーにそれほど詳しくないのはドラゴンの種類だのを指定しなかった点からも分かる。加えてある程度の常識もある。だがそんな人物が異生物それも架空のとなりたがる理由は何か?それも崇められるのではなく恐れられる事を望んでもいた。この辺はありふれたファンタジーの話でもそういう竜は例外なく討伐されるのがお約束だ」
「ではあの人はあの女騎士なり勇者に殺されたがる変態という事になるぞ」
「だから彼女の素性を確かめてみたいのだ。一応それについての考えはあるが裏付けが欲しいのでね。その上で何か
別の代替案が出ないか思案しているのだ」
「せめて人型か人間大の怪物ならな。吸血鬼とか狼男とか」
私は何となくその言葉を吐いたのだが渡はその言葉に
「そうだ!!何故それに気が付かなかったんだ?僕も依頼人や君を笑えないよ。僕自身が固定観念にコチコチになっていたんだから」
それまで難しい顔をしていた渡はぱっと顔を紅潮させる。
それはこの依頼を受けて私が初めて見る明るい表情だった。
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