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2章 渡界人の日報
2-4 地上最強の男終章 議事堂の戦い
しおりを挟む「君、もしかしたらこいつが僕らの最後の仕事になるかもしれない。最後の晩餐として何か食べたい物はあるかい?」
ドラッグストアからアパートへ帰る途中、渡は突然私にリクエストを出した。
私はその言葉に不吉な物を感じながらも彼の心づかいを無駄にしたくはなかった。
「そうだな・・・ごちそうと聞いてパッと思いつくのはやっぱり分厚いステーキかな」
「よし、そうするか」
彼はスマホで検索した店名を私に見せる。それは県内で最も有名かつ高級ステーキ店だったので私は1も2もなく了承した。
1時間後私達はその高級店の客となり、その素晴らしいステーキを心ゆくまで堪能した。
渡も私もその間仕事の話は一切せず、ステーキの味を褒める以外はいくつかの無害極まる話題を2.3交わしただけで後は無言だった。
私達がアパートへ帰り着いたのは23時頃だった。
「では明日の9時にここに来てくれ。君には大切な役目をまた任せたいからきちんと寝ておいてくれ。僕はこれからその準備をしなくちゃならんのでね。じゃあお休み」
私もお休みを言ってアパートの部屋へと戻る。
彼の忠告にも関わらず私は目が冴えて眠れなかった。
彼の準備とは何か、時折耳を澄ませて隣の部屋の様子を窺ってみるのだが、渡の部屋からは物音一つしなかった。
翌日柄にもなく早起きをした私はまだ約束の時間まで3時間以上あるにもかかわらず落ち着かずベッド上を無意味に転げ回ったり、気を紛らわせるために動画サイトやネットを眺めていた。
ふと事件の進展がどうなったろうと検索してみるとある見出しを見て飲みかけのお茶を吹き出してしまった。
『今話題のダークヒーローの正体を暴く!!12:00実況配信予定』
見出しをクリックすると有名動画サイトに飛び、そこにはチャンネル登録者として堂々と我が隣人の本名が書かれていたのだ。
「一体何を考えているんだ?」
約束の時間5分前に渡の部屋に行くなり私は事の真意を問い質す。
「無論挑戦状だよ。この挑発に絶対に黒野は乗ってくる。いや乗らざるを得ない。君は我がチャンネルのカメラマンなのだからしっかり撮影を頼むぜ」
渡は緊張した様子も危機感も見せずにそう言った。
「しかし・・・」
「このチャンネルは今日限りの代物だから心配する事は何もないのだよ。それより君に渡したチート回収装置をカメラに括り付けるのと昨日買ったこの薬液を体に掛けるのを忘れないでくれ。そいつは自分に対する攻撃を察知して躱す効能があるんだ」
「君は?」
「僕かい?奴と対峙するのさ。その巻き添えを食らって欲しくないのでそれを付けてほしいのだ」
渡は普段は着ないフライトジャケットを着こみ、分厚い白の手袋を嵌めながら私に今日やる事を伝える。
「しかし、そううまくいくかな?」
「少なくとも警察が来るまでの時間稼ぎにはなるさ。もっとも官憲の連中にチートだの異世界だのは理解の範疇を超えるだろうから、実刑を受けるにしてもそれほど重罪とはいかないかもしれないがね。さ、準備は出来た。心の準備が出来たんなら出発しようか」
11時45分
私達は遂に黒野が犯行予告を行った国会議事堂前に来ていた。現職国会議員、それも黒い噂の絶えない人物がターゲットというだけあって議事堂前はまさに黒山の人だかりが出来ていた。
「どうやって近づくんだ?」
「僕らの護衛対象はあの建物の中にいるが君も知っての通り、受けて立つとか言っちまったもんだから外に出てくるだろう。事が起これば混乱が起こるからそこへ割って入る。カメラを落とさないように。それと薬はかけたろうね?」
「勿論だ。いつでもいいよ」
果して蛾滅勇夫が議事堂前に姿を現すと人だかりは磁石に吸い寄せられる砂鉄の様に彼の傍に移動する。だがその後ろから爆音を響かせてやって来たバイクから閃光の様に駆けだした黒いライダースーツの男を見て渡が飛び出した。
私も彼を追って飛び出した。
議事堂前には騒然となった。
群衆をかき分け黒いライダースーツを着た黒野はボディーガードを一撃でノックダウンすると余りの異常さに顔面蒼白の蛾滅勇夫ににじり寄る。
「そこまでだ。黒野」
渡は混乱する群衆の中を器用にすり抜けると体操選手の様に跳躍して2人の間に立った。
「お前か?ふざけた動画を撮るとか抜かしていたのは?」
「そう。これ以上の凶行は君の為にならない。君自身が良く分かっていると思うがもう君の体は限界のはずだ。さあ盗んだスキルを返して貰いましょうか?」
「スキル?なんのことだか。もしあるとして何処に証拠があるんだ?それに俺は社会正義の為にやっているんだ。邪魔をするなら・・・」
「そのつもりでいるとも。だがそれでいいのですか?無抵抗の人間を痛めつけるのは君の支持者を失望させ、アンチに変えてしまうのでは?」
私は少し離れた所からカメラとそのレンズ下に括り付けた円筒形のチート回収装置を黒野に向けてその様子を撮影していた。
「邪魔をするなら貴様も同罪だ!」
黒野は棒立ちの渡に殴り掛かる。物凄いスピードで迫る拳を渡は右腕を振って防御するが拳の勢いは止まらず、渡の体はバトルマンガみたいに吹き飛び議事堂の壁に叩きつけられた。
「わ、渡ィィー!」
その光景を震えながら撮影していた私はカメラ下の回収装置の使えなさを呪いながら思わず叫んでいた。
「フン、死んだか。大口を叩いた割にはあっけないな。さてカメラマンは後だな。さあ蛾滅、年貢の納め時と行こうか!!」
「まだ終わっていない」
拳を振り上げた黒野も、私自身もその声の方を向いて目を見開いた。
そこには息も絶え絶えながらも渡が立っていたのだ。
「馬鹿な!何故・・・」
「まだ種明かしの時間ではないのでね」
渡は口から血を流しながらもゆっくりと黒野へ散歩でもするような足取りで近づいていく。
その不気味さに黒野は怖気づいたのかボクシングのファイティングポーズをとったまま全身を強張らせていたが、やがて雄叫びと共に再度渡へと殴り掛かる。
だが今度は渡は微動だにせず、黒野の拳を左頬にまともに受けるがどういう訳か崩れ落ちたのは黒野の方だった。
私が駆け寄るとそこに蹲って居たのは20代後半の若者ではなく70~80代のしわくちゃの今にも死にそうな老人だった。
「どういうことだ?若者が一瞬で老人に変化するとは私は夢でも見ているのか?」
蛾滅が震えながらこちらに近づいてくる。
「こうなるのを防ぎたかったのですが一足遅かった。彼の持つ超能力の反動が一気に来てしまったのです」
事件は予想もしない、いや一部の人間にとっては斜め下の結果を残して終息した。
「最後に種明かしをしてくれませんか?」
もはや自分では指1本動かせぬほどに衰弱した黒野は担架で病院に運ばれたる際震える声で渡にそう懇願した。
彼は何も言わずフライトジャケットを脱いで見せた。
そこには袖の内側に針金を通して手袋が嵌めてあり、更には手袋と袖の内側、ジャケット背中と前面には薄い鉄板が縫い付けられていた。
「つまり最初から私の手は袖には通しておらず、ジャケットのボタンの隙間からずっとあなたに向けてこの装置を向けていたのです。そして今あなたが奪ったスキルは全て回収され、貴方はその反動で肉体の細胞が急速に老化してしまったという訳です」
渡の種明かしを聞いた黒野は体を震わせると大きく息を吐き、負けたよ、と呟いた
「では今回の依頼はこれで完了致しました。女神シェパ」
「素晴らしい。我々としては今後とも贔屓にしたいですね。報酬はいかようにも請求して下さい」
「いえ、当初の予定通りで構いませんよ。よほどの事が無い限りは途中で割り増したり割り引いたりするのは公正とは言えませんのでね」
「まあ欲の無い」
女神シェパは終始笑顔のまま鏡から姿を消した。
「ご機嫌だったな」
「そうだろうさ。向こうからすれば死人に口なし、スキャンダルは全てあのログ神に押し付けられるんだからな」
渡は吐き捨てるように言う。珍しく点けているTVには例の黒野幻夜の死が速報の形で報じられていた。
「なあ、君、今回の事件はまだブログだのの世の人の目に着く形で載せてないだろうね?」
まだだ、私が答えると
「それは良かった。今回はあまりにも行き過ぎているからね。世の中がもっとチートに限らず力の使い方にもっと賢明になるまでは発表しないで貰いたいな。別に信用問題という事じゃない。これを発表して黒野の事を鼻で笑う奴らより明日は我が身だと感じてくれる人の数が増える時がきっとくる。その時までこの教訓話は取っておいてもらいたいのだ」
そう言うと渡はTVを消すのだった。
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