魔甲闘士レジリエンス

紀之

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第4話 居候・芹沢達人  

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 「改めて大変だったね」昼休みの学食にて松川かおりは1週間ぶりに学校へ復帰した友人の八重島紗良をねぎらう。

異常極まる大量殺人事件とそれに連なるバスの事故は未成年の紗良には大変なショックだろうという配慮で学校側から休むように言われていたのだった。

「色々と質問しちゃいけないって先生達に言われてもさ、皆色々聞きたいわけよ。もちろん心配はしていたんだよ」


そう言うもう一人の友人竹山さゆみの提案で『木を隠すなら森の中』学生でごった返すこの学食で話をする事にしたのだった。

もちろんこの場所は教師も使うがいちいち誰が何を話しているかなど気にも留めないだろうという思惑である。

さらに一番受け渡しカウンターに近い丸テーブルを選んだのもさゆみだった。曰く『空腹で他の事を考えている余裕などないだろうから』らしい。

この作戦には残る二人とも難色を示したが、最終的には乗ることにした。

大半の学生にとって昼休みほど学生生活で貴重な時間はない。時間は有限なのだ。

「それでどうだったの?」かおりの質問に紗良はハァーと深いため息をつき
「ねえカオリン、さゆちゃん、事故から助けてくれた男から『魔法の鎧を持ってこいと突然異世界に飛ばされて怪物になった友人と殺しあった挙句、元の世界でも怪物と戦った』って言われてどう思う?」

「それって新しいラノベか深夜アニメのタイトル?その人小説家か脚本家志望なの?」

さゆみの疑問を遮ってかおりが「てか凄くない!ドラマみたいじゃん。あたしにも紹介してよ。その白馬の王子様」

「ちょっと声が大きい。私が会わせたいといっても絶対に会わないと思うよ。一日の大半を部屋に閉じ籠って過ごしているから」

 実際は後にレジリエンスと名付けられる鎧と共に一日中いなかったこともあり知らぬ間に出かけていたこともあるようなのだがやはりその男は多くを語りたがらなかった。

「ちょっと居候しているのその人?新手の詐欺とかじゃないの?」

「そっちの方がよっぽどわかりやすいんだけどね。とにかく異常事態が立て続けでこっちとしてもどう話したらいいやら」

話せるところでいいからと二人に勧められ事故の事、その夜の家でのことを紗良は語りだした。



庭の地面から突然飛び出してきた甲冑男に唖然としていた八重島親子だったが甲冑男も困惑しているのかしばらくリビングの二人と庭の一人はじっと見つめあっていた。

やがて甲冑の全身から灰色の煙が噴き出し、兜を脱いだ男がぐらりと傾く。

母親は彼が体に怪我を負っているのを見ると娘に救急箱を持ってくるように言うと男の方がそれを制した。

男はいつの間にか庭の隅に置いてあった金属製の箱に甲冑をしまうと庭の塀を乗り越えようとした。が途端にあっと叫んで庭の真ん中へ親子に背を向けたまま飛び下りてきた。

ほとんどそれと同時に玄関がものすごい勢いで開閉し「二人とも大丈夫か!」この家の主人である、八重島修一郎が驚いた様子でリビングに駆け込んできた。

修一郎は妻と娘から事の次第を聞き、さらに不法侵入者芹沢達人から八重島親子に学食で今紗良が語っている要領を何一つ得ない言葉についてしばらく考え込んでいた。

そして妻である梓の「今夜はもう遅いわ。怪我の治療をして今晩は泊まっていきなさい。一晩くらいいいでしょう?紗良の命の恩人なのだし」との提案に

「そうだな。君も事件の重要参考人という訳だし、明日一緒に警察へ行こう。ところでご家族へ連絡しなくていいのか?」

「両親はすでにいませんよ」三人から離れた場所で達人は言う。

すでに三人には自分が怪物になると大変なことになるから、と伝えたが当然理解されなかった。

しかし天涯孤独の身を伝えると一転「大変だったな」と優しい言葉をかけてもらった。

達人がそんな言葉を大人からかけられたのは数年ぶりだという言葉に三人ともこの青年の育ってきた環境が相当悪いのだと推察した。

その夜4人での夕食の後旅人には二階の物置として使っていた部屋に何とかスペースをあけて布団を敷き急場の宿とした。
彼の唯一の所持品である金属製の箱はそのままにされた。

親切心から修一郎が運ぼうと近づくと電撃のようなものが周囲に飛び交い近づくことができなかったためだ。

「不思議な話よね。特撮とかアニメの話みたい。最後はなんか虐待されているのを逃げ出してきたみたいな話だけど」

それまでの紗良の話を聞いてさゆみがそんな感想を言う。

「そういえば居候してるんだよね、その人。やっぱりおばさんが情にほだされたって奴?」

紗良はこの話題に食いついてくるかおりに最近彼氏と別れたばかりだったなと思い出しながら

「まあ最終的にはそんな感じ。居候というか下宿人みたいな感じなのよね。どこか達観しているというか老成しているというか今まで見たことのないタイプであることは確かね」

最後は努めて明るく言ったつもりだった。そうでもしないと思い出すだけで気が滅入るほど芹沢達人という男の取り巻く状況は彼女が現在知りうる限り重く暗いものだった。

(あんなことまで話すのはさすがにプライバシーの侵害よね)
 
紗良が友人に話さなかった話とは父修一郎の語る、おおよそこんなものだった。


事件翌日修一郎に付き添われて警察の事情聴取を受けに行った達人だったがすぐにそれどころではなくなった。

この男は自分の名前以外に正確に覚えている物がない、つまり自分が今何歳なのかも知らなかった。

そして驚くべきことに警察の調査の結果芹沢達人なる人間は存在しないことが分かった。

「出生届や死亡届も何もないのですよ」警察官も首をひねる。

「では戸籍が存在しないという事は彼は『いないはずの人間』という事になりますよ。そんなことが」

信じられないと顔をしかめる修一郎。当の本人は無表情のまま窓の外を見つめていた。



戸籍の再調査やそれがなかった場合の手続きのため芹沢達人はしばらくの間八重島家で居候するようになった。

帰宅後これ以上は迷惑をかけられないという達人に「何かの間違いってこともあるわ。それに世の中にはかけていい迷惑とそうじゃない迷惑があるの。今の場合はかけていい迷惑ね」と梓は諭す。

続いて「日本は法治国家だ。実際問題として住所や戸籍がなければ何をするにも不自由するぞ。学校もアルバイトもな」と修一郎。

「それと母さん。こんな時になんだがこの間言った大学時代の友人がこれから訪ねてくる。奴も変わり者でな。途方もない理論をぶち上げて学会の笑い者になってしまった。あまり気持ちのいい話ではないだろうから紗良には帰ってきてもしばらくリビングに近づくなと伝えておいてくれ」

「途方もない理論?」達人が興味を持ったのか尋ねる。

「ああ、ガイア理論といって地球を一個の生命体とみなす考え方だな。そして」ここでインターホンが鳴り来客を知らせる。

話を中断し修一郎が応対に出る。その後ろに達人もついて来た。

「どうした?」

「もしかすると俺の知り合いかもしれない。」

「なんだって?」ドアを開けるとそこに立っていたのは達人を異世界に送り込んだ黒川隆一郎博士だった。

「まさかお前までここにいたとはな。探す手間が省けた」

黒川博士の旧友との再会の開口一番はそれだった。

「全員知り合いとは世界は狭いな」達人が無感動に返す。

「何?お前達どういう関係なんだ?黒川博士、音信不通だった君は今まで何をしていた?」

「今回の君を訪ねた理由と関わりがある。八重島博士、その昔君の知っての通り私はガイア理論から地球自身の持つ回復能力すなわち環境破壊に対する異常気象が人の体内でいう所の病原菌とそれに対する抵抗力に例えたのは知っているな。あの時は誰も賛同しなかったがまあ、当然だな。人間だれしも自分が害をなすウイルスだとは認めたくないだろうからな」

「それと俺に会う目的のつながりが分らない。俺達の研究室が発掘した不思議な篭手だが腕甲について聞きたいとのことだったが」八重島博士の質問に

「この男が君達の発掘した篭手と同系統の甲冑を一式持ち帰ってきたと言ったらどうする?それも異世界からだ」

「なるほどな。似ているとは思っていたがしかし、異世界製なら何で日本の地層に埋まっている?」

修一郎が庭の隅に置いてある箱とその手前に置いてある甲冑を見る。

夕陽を浴びて神々しささえ感じる光を放つ金属は確かにこの世の物ならぬ印象を与えている。

これは達人がそうしておいてほしいと頼み込んでそうしていたのだった。

達人はこれで鎧にエレメンタル・エナジーを吸収させようという考えだった。

「八重島博士、それ以上は我々に協力してくれた後で答えよう。今言えるのは地球がより効率的なウイルス排除方法を採用しているという事だ。つまり自らの力を分け与えた怪物を人類の生活圏に送り込み無差別攻撃をかけている。先日の君の娘さんが巻き込まれた不可解な事故と殺人事件の犯人もそれだ。そしてこの手の事件は世界中で日に日に増しているのだよ。もう一度言う。我々文明存続委員会に手を貸してくれ。そして人類が完全に制御可能な魔法の鎧ソーサリィメイルを開発し人類の文化文明を共に守っていこう」

達人を無視してそう熱っぽく語る黒川博士の眼に修一郎は一種の狂気を感じた。

「人類そのものでなくその文化文明を守る。自分の言っていることが分かっているのか?」

「もちろんだとも。怪物どもはあらゆる場所に現れる。学校、職場、交通機関、そして今この場にも現れる可能性がある。その事実を公表してみたまえ。鼻で笑われているうちは良い。あの時のようにな。だが現実だと知った時人間社会は必ず崩壊し二度と立て直せなくなるだろう。現代人の大半は文化文明の担い手でなく消費者たる大衆だからな。そんな連中はまず暴動やテロを起こし混乱の収束どころか事態を加速させ自滅を早めるだけだよ。それだけは阻止せねばならない」

「そんな計画に俺は参加しない。そんなことをして守った文化をきっと俺は恥じることになる。帰ってくれ。昔のよしみで会ったがお前、変わらないどころか悪化しているぞ。もっとまっとうな計画を練ってくれ」

「所長。一つ聞かせてくれ」

今まで黙って二人の話を聞いていた達人が黒川に尋ねる。

「なんだ?」

「尊は自分の親があんた達に自分を売ったといっていた。俺もそうなのか?」

「三島信彦・鈴木清司・毛利尊はそうだがお前は違う。8年前公園で死にかかっていたお前をエージェントが連れてきたのは完全なる偶然だ。帰るぞ芹沢達人。あの鎧のデータを可能な限り取りたいからな」

「…いいだろう。俺もあの鎧の能力を把握しておきたい」


「おい達人本気か。お前は選ばれたかもしれないが戦う必要なんてないんだぞ。その前にやる事がたくさんあるはずだ」

「これが俺にとって真っ先にやる事だよ、八重島さん。戦わなければ何の罪もない人達が死んでいく。そんな理不尽に抵抗し打ち勝つ力を俺は授けられた。あいつらのためにも俺がやる」

「動機はどうあれそのやる気は買ってやる。ついてこい」

黒川に促され達人は玄関口に出る。外には軽自動車が一台停まっている。

そこに紗良が帰ってきた。

「今日は無事に帰ってきたな」

「そう何度も遭遇したくないわよ。どこかに行くの?」

「修行だ」

「今から?どこに?というかこの人たち誰なのよ」

唐突な言葉に呆れた声を出す。

「八重島さんの友人らしい」

そう言うと車に乗り込む。

「こういう時は『行ってきます』でしょ。居候なんだからちゃんとルール守りなさいよね」

「悪いがただいまは言えないかもしれないんでな。俺は出来ない約束はしない主義なんだ」

バックミラー越しに紗良の怒りとも悲しみともつかない表情を見た達人は代わりに窓を開け振り向かず手を振るのが精一杯だった。
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