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四廻目 零れた境界線
第91話 希望と絶望
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「……君は、カウンセラーにでもなったらどうかな」
「茶化さないでください」
「いや、素直に感心しただけさ。素晴らしい観察眼だという他ない。……君の言う通りだ。もちろん春佳のこともあるが、研究結果を公表すれば、幸福になる人は多いだろう。けど、同時に不幸になる人も現れる。可能性に賭けて、僅かな希望を抱いて必死に生きている人たちに何と言えばいい? 諦めてくださいと言えばいいのか? 確かにそれでも変わらずに頑張れる、そんな強い人も中にはいるだろう。だが、大多数の人間は千冬のように折れてしまう。……何も言わなければ、知らなければ、まだ希望はあるのだと信じてもらえれば、天秤は生きる方へ傾くかもしれない。…………笑ってくれて構わないよ。こんなものは何の解決にもなっていない、命の責任を負いたくないという、ただの逃げだ」
……やはりそうだったのか。霧山さんは千冬が自殺したのは救われないと知ってしまったことにあると考えている。
事実、その通りなのだろう。彼女は自分が生きている間に天寿症が治らないと知り、絶望して死を選んだ。病は身体だけでなく心をも侵す。
そして、心を閉ざすことは世界を閉ざすも同義。病が篤ければ篤いほど深く絶望に落ちていくもの。
霧山さんも見た目こそ健康そうに見えるが、心は千冬が死を選んだその瞬間に壊れてしまっていたのかもしれない。
……けどそれが理由なのであれば、苦しんでいる人を治す方法があるのに目を瞑るというのは、やはり納得できなかった。
「確かに、生きている間に治らないのだと知れば絶望するでしょう。それは心の流れとして当然だ。……だけど、治らないと分かっていても、いつかその病を克服する日が来るかもしれないと知れば、また別の希望を抱くことができる。それは遠い未来かもしれない。けど、その先で自分を苦しめてきた病に一矢報いることが出来ると思いながら死ぬのは、そうでない精神状態と比べて天と地ほどの差がある。希望は結果だけに生じるわけじゃない。その過程にも生まれる」
「……それは……」
「それに、それならどうして……! 誰かを不幸にする事を恐れているなら、どうしてUtopia計画なんてものを……‼」
Utopia計画の事を思い出し、思わず語気が強くなる。
「あれは……本気で爆破させようだなんて思っていない。あんなに遅い試算結果を弾き出したSOWISに対する今さらの当てつけ、脅しのようなものだ。Utopia計画という名の爆破予告を見せつけて、いつでも破壊することができるのだと。……尤も、SOWISに何も変化はなかったがね。ダミーの爆弾なんて見抜いているのだろう」
「よくもそんな嘘を……!」
ダミーの爆弾? そんなわけがない。前の世界でPLOWの崩壊を経験してきたのだ。
「信じてもらえないのは残念――いや、当然か」
表情からは嘘をついているようには見えないし、敵意のようなものも感じない。
普通に考えれば嘘としか思えないその発言だったが、心の中でどうにも引っ掛かる点があった。
それは春佳の存在。霧山さんは春佳をこれ以上ないほど大切に想っている。だというのに、わざわざ春佳を危険に晒すような真似をするだろうか?
……もし本当に霧山さんの言う通り爆弾がダミーとするなら、どうして爆発したのか。……いや、霧山さんが関わっていないのなら、残るのはただ一人。無﨑しかいない。
だが、最初から霧山さんにそのつもりがないのなら無﨑の独断ということになる。霧山さんの意思に関わらず計画を実行できるのなら、霧山さんさえどうにかできれば――という考えは甘かったということか……?
「……だったら、霧山さんはそこで何をしているんですか」
「これは別に――いや、君にならいいか。SOWISに対してクラッキングしてたんだよ」
「クラッキング……⁉」
クラッキング――確か不正にセキュリティを突破して、内部情報の改竄、破壊を行うことだ。
霧山さんの権力があるなら、わざわざクラッキングなんてしなくても、普通にアクセスすればいいだけなのではないか?
「不思議そうな顔をしているね。どうしてと思うのは当然だが、簡単なことだよ。私にSOWISの深部まで干渉する権限がないからだ」
「権限がない? どういうことですか?」
「SOWISのより深い詳細について、覗いたり、改竄することができるのは、霧山嶺蝉――つまり私の父だけだった。まぁたった今二人目になったがね。……えっと、細かい設定は終わったから、後は引き出したパスワードをここへ入力して……」
ぶつぶつと呟きながら霧山さんがタッチするのは、SOWISの前に設置してあるいつか見たパネル。
ちょうどこちらから霧山さんの手元が見えてしまいパスワードが丸見えになっているが、よほど集中しているのか気付く気配は無い。
「……そこまでして一体何を」
「それは――」
霧山さんが続く言葉を発しようとした次の瞬間。大きな爆発音と共に、館内を揺るがす大きな衝撃が伝わった。聞き慣れた轟音、腹の底を揺さぶられるような振動。
――PLOWが崩壊していく音だった。
「茶化さないでください」
「いや、素直に感心しただけさ。素晴らしい観察眼だという他ない。……君の言う通りだ。もちろん春佳のこともあるが、研究結果を公表すれば、幸福になる人は多いだろう。けど、同時に不幸になる人も現れる。可能性に賭けて、僅かな希望を抱いて必死に生きている人たちに何と言えばいい? 諦めてくださいと言えばいいのか? 確かにそれでも変わらずに頑張れる、そんな強い人も中にはいるだろう。だが、大多数の人間は千冬のように折れてしまう。……何も言わなければ、知らなければ、まだ希望はあるのだと信じてもらえれば、天秤は生きる方へ傾くかもしれない。…………笑ってくれて構わないよ。こんなものは何の解決にもなっていない、命の責任を負いたくないという、ただの逃げだ」
……やはりそうだったのか。霧山さんは千冬が自殺したのは救われないと知ってしまったことにあると考えている。
事実、その通りなのだろう。彼女は自分が生きている間に天寿症が治らないと知り、絶望して死を選んだ。病は身体だけでなく心をも侵す。
そして、心を閉ざすことは世界を閉ざすも同義。病が篤ければ篤いほど深く絶望に落ちていくもの。
霧山さんも見た目こそ健康そうに見えるが、心は千冬が死を選んだその瞬間に壊れてしまっていたのかもしれない。
……けどそれが理由なのであれば、苦しんでいる人を治す方法があるのに目を瞑るというのは、やはり納得できなかった。
「確かに、生きている間に治らないのだと知れば絶望するでしょう。それは心の流れとして当然だ。……だけど、治らないと分かっていても、いつかその病を克服する日が来るかもしれないと知れば、また別の希望を抱くことができる。それは遠い未来かもしれない。けど、その先で自分を苦しめてきた病に一矢報いることが出来ると思いながら死ぬのは、そうでない精神状態と比べて天と地ほどの差がある。希望は結果だけに生じるわけじゃない。その過程にも生まれる」
「……それは……」
「それに、それならどうして……! 誰かを不幸にする事を恐れているなら、どうしてUtopia計画なんてものを……‼」
Utopia計画の事を思い出し、思わず語気が強くなる。
「あれは……本気で爆破させようだなんて思っていない。あんなに遅い試算結果を弾き出したSOWISに対する今さらの当てつけ、脅しのようなものだ。Utopia計画という名の爆破予告を見せつけて、いつでも破壊することができるのだと。……尤も、SOWISに何も変化はなかったがね。ダミーの爆弾なんて見抜いているのだろう」
「よくもそんな嘘を……!」
ダミーの爆弾? そんなわけがない。前の世界でPLOWの崩壊を経験してきたのだ。
「信じてもらえないのは残念――いや、当然か」
表情からは嘘をついているようには見えないし、敵意のようなものも感じない。
普通に考えれば嘘としか思えないその発言だったが、心の中でどうにも引っ掛かる点があった。
それは春佳の存在。霧山さんは春佳をこれ以上ないほど大切に想っている。だというのに、わざわざ春佳を危険に晒すような真似をするだろうか?
……もし本当に霧山さんの言う通り爆弾がダミーとするなら、どうして爆発したのか。……いや、霧山さんが関わっていないのなら、残るのはただ一人。無﨑しかいない。
だが、最初から霧山さんにそのつもりがないのなら無﨑の独断ということになる。霧山さんの意思に関わらず計画を実行できるのなら、霧山さんさえどうにかできれば――という考えは甘かったということか……?
「……だったら、霧山さんはそこで何をしているんですか」
「これは別に――いや、君にならいいか。SOWISに対してクラッキングしてたんだよ」
「クラッキング……⁉」
クラッキング――確か不正にセキュリティを突破して、内部情報の改竄、破壊を行うことだ。
霧山さんの権力があるなら、わざわざクラッキングなんてしなくても、普通にアクセスすればいいだけなのではないか?
「不思議そうな顔をしているね。どうしてと思うのは当然だが、簡単なことだよ。私にSOWISの深部まで干渉する権限がないからだ」
「権限がない? どういうことですか?」
「SOWISのより深い詳細について、覗いたり、改竄することができるのは、霧山嶺蝉――つまり私の父だけだった。まぁたった今二人目になったがね。……えっと、細かい設定は終わったから、後は引き出したパスワードをここへ入力して……」
ぶつぶつと呟きながら霧山さんがタッチするのは、SOWISの前に設置してあるいつか見たパネル。
ちょうどこちらから霧山さんの手元が見えてしまいパスワードが丸見えになっているが、よほど集中しているのか気付く気配は無い。
「……そこまでして一体何を」
「それは――」
霧山さんが続く言葉を発しようとした次の瞬間。大きな爆発音と共に、館内を揺るがす大きな衝撃が伝わった。聞き慣れた轟音、腹の底を揺さぶられるような振動。
――PLOWが崩壊していく音だった。
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