【完結】千世子

千鶴

文字の大きさ
7 / 8

わるい人

しおりを挟む
 ズキン、と。頭の痛みに呼び起こされた俺は、意識を取り戻して最初に目に入った光景に眉をひそめた。

「なんだよ、これ」

 じっとこちらを見つめる目が、二つ、四つ、八つ。俺を取り囲むように立ち尽くす、グレーのワンピースの女の子たち。光を失ったその眼差しに、俺は見覚えがあった。

(何人いるんだ……)

 俺は椅子に座らされ、手足をロープで固定されている。

「おや、お目覚めかな。みんな少し避けてくれるかい」

 静かな声を受け、一斉に壁際に避ける女の子たち。その奥から歩み寄る、ひとりの男。

「ゴロウさん……」
「覚えて頂いていたとは、光栄ですね。シロウが余計なことをしなければ、今頃あなたは僕の右腕になっていただろうに」

 白いスーツに身を包むゴロウ。その手には、日本刀が握られている。

「可愛いでしょう、この子たち。腕に黒いバンドをしているのが『十和子とわこ』で、ピンクのバンドをしているのが『百々子ももこ』です」
「……全員、同じ名なんですか」
「そうです。十和子は十人探せば一人は見つかるそれなりに可愛い女の子。百々子は百人に一人の美少女」
「じゃあ千世子は」
「お察しの通り。あなたが知り合った千世子は、千人に一人の逸材でした」

 ゴロウは日本刀を抜くと、さやを放った。

「僕が手塩にかけて育てているんです。大事なクライアントに贈るための商品。それをたかが十和子風情ふぜいが千世子をそそのかしましてね。不覚、逃げられてしまいました」
「千世子は今どこに」
「ふふっ。気になりますか? なりますよねえ、随分ご酔心したでしょう? あれは類を見ない最高傑作でしたから。でもまさか、あれを誘き寄せる餌があなただったとは、盲点」

 奥の扉が開く。その懐かしい顔に、俺はグッと固唾を飲んだ。

「あなたがここにいると知って、戻ってきました。感謝しますよ」

 グレーのワンピース。そこから伸びる手足は白く、最後に見た時より遥かに痩せ細っていた。

「罰を与えているんです。悪いことをしたら罰を受ける、当然のルールですよね。だから最後に、とっておきの絶望を与えてあげようと思います。十和子に百々子、あなたたちもよく見ておきなさい。僕に逆らうとこうなるのです」

 ゴロウは刀を構え、俺に向かって一気に振り上げた。

 ——が。その刃先は俺に届かない。

 血管を浮かばせ眼球が揺れたと思えば、溺れるほどに込み上げた口内の血液を、ゴロウは一気に吐き出した。
 
「千世、子……」
 
 両手に握りしめたナイフ。その小さな身体で、なんども、なんども、なんども。千世子はゴロウの背中に刺したナイフを引き抜いてはまた、突き刺す。

「おまえは、わるい人」
「な、なにを……」
「ひみかんじは、いい人」
「やめろっ」
「ひみかんじは! 氷見寛治はぜったいに殺させない! お前が死ねえ!」

 不意を突かれたゴロウ。その日本刀を振る腕はくうを切り、その腕に振り回された身体が半回転してよろめくも、腰を刺されたゴロウに踏ん張る力はない。

 そのまま顔面から床に沈んだゴロウに、千世子は馬乗りになって掴みかかった。

「とわこを返せ」

 ずっと光を通さなかった千世子の瞳。その瞳が今、殺意というエネルギーを得て初めて輝いている。

「わたしを返せ!」

 千世子の叫びに、気を失ったゴロウは反応できない。

「千世子……やめてくれ」

 当然、俺の呼びかけなど届くはずもなく。ただ縛られてなす術のない状態で、俺は拳を振るわせるしかなかった。
 
 ああ……俺はなんてことをしてしまったんだろう。何も知らなければ、何も気づかなければ。千世子はこんな絶望を知ることもなかったはずなのに。
 
 ごめんな。何もしてやれなくて。
 ごめんな。助けてやれなくて。
 ごめん……君を、ひとりにして。
 
「千世子……こんな世界で、ごめん」
 
 血飛沫ちしぶきを受けた千世子の横顔を。涙に濡れ詰まる悲痛に割れた声を。
 俺は二度と忘れないよう、目に焼き付けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※「なろう」にも重複投稿しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

悪女の最後の手紙

新川 さとし
恋愛
王国を揺るがす地震が続く中、王子の隣に立っていたのは、婚約者ではなかった。 人々から「悪女」と呼ばれた、ひとりの少女。 彼女は笑い、奪い、好き勝手に振る舞っているように見えた。 婚約者である令嬢は、ただ黙って、その光景を見つめるしかなかった。 理由も知らされないまま、少しずつ立場を奪われ、周囲の視線と噂に耐えながら。 やがて地震は収まり、王国には安堵が訪れる。 ――その直後、一通の手紙が届く。 それは、世界の見え方を、静かに反転させる手紙だった。 悪女と呼ばれた少女が、誰にも知られぬまま選び取った「最後の選択」を描いた物語。 表紙の作成と、文章の校正にAIを利用しています。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

処理中です...