【完結】万華鏡の館 〜あなたの人生、高額買取り致します〜

千鶴

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館編

異変

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「なんだか妙な感じでしたね、さっきの大柳さん」
「まあ、長く生きてりゃ色々あるんだろ。なあ、それより海里。お前このやかたに集まった顔に覚えのある奴はいないか?」
「居ませんけど」
「……そうか」
 
 カラン、と権堂の口元に集まった氷が、再びグラスの底へと戻る。権堂はいつの間にか海里を下の名前で呼び、距離を縮めるのがうまかった。
 
 2階。大食堂を出てすぐの場所に、簡易的なカウンターが設置されている。ふたりは横並びになりながら、ウィスキーの入ったグラスを傾けていた。
 
「そういう権堂さんは、誰か知り合いが?」
「うん……あの江畑マリアって子なんだけどよ、どーっかで見た気がするんだよなあ。どこだったかなあ」
 
 大袈裟に顎髭あごひげを掻き撫でる権堂。
 
「権堂さんのお子さんの知り合いとか、ですかね」
「はっ、勝手に子持ちにすんなよ。俺に子供は居ねえよ」
「そうですか」
「まあ子供が居たら、俺の人生はもっと違っただろうな」
「そうなんですか?」
「そりゃ違ったさ。子供が居たら、もっと規則的な職に就いていただろうし。仕事中に無茶して事故って、半身不随になって、嫁さんに愛想つかされて。芹に出会わなきゃ今頃、失意の中リハビリ生活よ」
 
 それは子供が居るとか居ないとか関係ないのでは、と海里は思ったが、口には出さない。
 
「あ! いいなあ。マリアもお酒飲みたい」
 
 ふたりは同時に声の方へと顔を向ける。そこにはマリアと、隣に彩美。ジム帰りだろうか、スポーツウェアに身を包んだふたりは額に汗を浮かべていた。
 
「ダメだろ。マリアちゃんは未成年じゃん」
「バレなきゃ余裕っしょ。こんなとこ、警察の目も届かないし」
「だめだめ。俺、こう見えて不正とか隠蔽とか苦手なの。ジュースなら入れてやる」
「はあ? うっざー」
「語尾を伸ばすなよ」
 
 権堂がオレンジジュースをグラスに注ぐも、マリアは一瞬の隙で海里のグラスを引き寄せてぐびっと傾けた。
 
「あ! おい!」
「ふん、飲んじった。ってか何これ、まっず」
 
 目を細めて舌を出すマリア。ジュースのグラスを差し出す権堂を横目に見ながら、海里はまた奪われることのないよう、そっと自分のグラスを引き寄せる。
 
「ねえ。江畑さんって権堂さんの顔に覚えない? きみ、一度見た顔は忘れないって言ってなかった?」
「なにそれ、新手のナンパ?」
「へ?」
「ほら、マリアって可愛いからさ」
 
 斜め上の答えに面食らった海里は、その後にどう会話を繋げればいいかわからずに口籠った。マリアはそれを肯定と受け取ったようで、怪訝な眼差しを向ける。
 
「言っとくけどマリア、絶賛失恋中だから、無理だから」
 
 マリアはジュースを飲み干したグラスをカウンターに置くと、じゃあねと去っていく。
 
「なんだよ、あれ」
「考えるだけ無駄だな、10代の女子の思考なんて。あ、竹林は? スポーツ後の一杯なんて至福でしょ。ビール?」
「あ、じゃあ。一杯だけ」
 
 権堂は適当なグラスを手に取り、ビールサーバーの樽から生を注いだ。
 
「本当なんでも揃ってるよな、このやかた。っていうか、なんでさっきから俺がバーテンみたいになってんだよ。海里、年下なんだからこういうのはお前がやれよな」
「あ、すいません」
 
 謝る気なんかちっともない海里の表情を見て、権堂は何かを含んだように鼻で息を吐いた。
 
「なんだお前。もしかして会社クビになった理由、仕事ができなさすぎて、とか? はい、竹林さんビールね」
「すみません、頂きます」
 
 グラスを受け取った彩美は、自分から近い海里の隣の椅子を引いた。なんの反応もなくぼうっとする海里に、権堂は慌てて声を掛ける。
 
「なに、気にしちゃった? 冗談だって」
「いや。実際そうなのかもな、って。確かに仕事もあんまり任せてもらえなかったんで」
 
 そんなことないよ——そうフォロー出来るほど、権堂と彩美のふたりは海里のことを知らない。
 
「身に覚えのない借金を取り立てられて。同僚や上司も、最後まで俺を腫物はれものに触るみたいに扱っていたし。何がいけなかったんだろう。俺は何もしてないのに——」
 
 
 “ホントウニ?”
 
 
 その瞬間。海里の脳裏を閃光が貫く。目の奥から喉元、肩甲骨を通って背中、脹脛ふくらはぎ。足の裏まで到達した電気ショックは、目の前の彩美の姿をグラっと歪めた。
 
 茶色いウェーブ掛かった彩美の髪が、更にうねる。
 
「野中さん大丈夫ですか? 顔色が」
「あ、あれ……なんか俺、飲み過ぎちゃったみたいです。眠くなってきたんで、先に失礼しますね」
 
 おぼつかない足取りの海里に、権堂が何かを問いかけたが、海里の耳には届かない。
 
 やっとの思いで階段をあがり、3階にある自室へと戻る。海里はそのまま意識を手放すと同時に、ベッドに身を沈めた。
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