【完結】万華鏡の館 〜あなたの人生、高額買取り致します〜

千鶴

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館編

巡る

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 海里はだだっ広い風呂に浸かりながら考えた。
 
 佐和子が殺されたという時間、全くアリバイがないのは海里、ただひとり。だがその時間、海里は間違いなく自室で寝ていて、他者の行動の詳細は知り得ない。
 
 考えれば考えるほど、海里の脳裏に疑問がいくつも浮かんだ。
 
 佐和子はなぜあんな場所で殺されたのだろうか。あんな人目につく死角もない場所で、背後を取られる状況などそうそうないように思えた。
 
 それに、2階フロアには芹のマスタールームもある。殺人を実行するには些か不向きな気がしてならない。芹が犯人ならば話は別だが——
 
 その時。海里の頭につっかえていた何かが急に外れた。
 
 この館に集められた7人が顔見知りな必要はない。芹さえその繋がりが分かっていれば充分なのではないか? と。
 
 喫茶店で話をした時、芹は海里の借金額を知っているそぶりだった。それに、海里の自宅で死んでいたのがだと断定していた。あの女性は芹の知り合いなのかもしれない。
 
 全ての鍵を握るのは芹と、このやかただ。
 
 海里は考えすぎでクラクラし始めた頭を小さく振ると、のぼせる前にと立ち上がった。
 
 
 
 
 
 爽やかに吹く冷たい風が、火照ほてった身体をまどろませる。
 
 改めて、なんと雄大な敷地だろう。
 
 左右に迷路の如く広がる垣根に、我よ我よと咲き乱れる花々。どう手入れをしたら、こんな風に色彩豊かな垣根に仕上がるのか。
 
 佐和子の死亡時刻、江畑マリアはこの庭で写生をしていたと言った。確かに、描きたくなるほど立派である。海里はその花に手を添え、つまむように指先をせばめた。
 
(……いけない。これは契約違反だ)
 
 海里は庭からきびすを返し、石像の光る目玉に見降ろされながら玄関の扉を開ける。目の前には羽を広げたわしのブロンズ像が4つ、その後ろには館を支える太く立派な柱がみえた。
 
 館内全ての床は弾力のある素材で、深い赤色を基調とし、魔法の絨毯のように細かい模様が遠くまで広がっている。
 
 玄関から左回りに、海里たちが先刻使用したプレイルーム、そしてシアタールーム。
 
 シアタールームのスクリーンは自動で降りてくる特注品で、椅子や音響は映画館さながらの代物ばかりだ。海里は部屋を隈なく観察する。
 
(フィルムは、1本だけか)
 
 この高機能な設備に、フィルムはなぜかひとつのみ。イギリスが20世紀初頭に建造した豪華客船の沈没事故が題材の、ラブストーリーをテーマにした某アカデミー賞作品だ。このシアタールームにはその作品だけが、ひたすらにループして流れているのである。
 
 複雑な表情のヒロイン。シガレットホルダーを咥えた先から、細く柔らかい煙が立ち昇る。現代映画よりずっと荒い映像がジジジっと音をたてるその様子を、海里もまた複雑な表情でじっと見つめた。
 
 船の後方へ、後方へ……タバコの煙に導かれて、運命のふたりが出会いを果たす前に、海里はシアタールームを出る。
 
 左回りに角を曲がれば、ジムだ。壁全面がガラス張りの向こう側は、先ほどのシアタールームとは打って変わって陽の当たる明るい場所。バイクやランニングマシン、様々なプレス器具など、内容も充実している。中には現在、ランニングマシンに勤しむ背中がひとつ。井無田だ。
 
 その奥のプールからも飛沫が上がっているのが見える。丁寧なクロールで壁に手を付き、ゴーグルを外して現れた顔貌は千聖だった。
 
 そういえば、マリアや彩美もジムを利用していたな、と海里は思う。あの内気な段田も、佐和子死亡時には井無田とジムにいた。海里はどちらかといえばインドアであり、運動や汗をかくことは昔から苦手だった。
 
 歩みを進めながら、ガラスの向こう側に向けていた視線をそっと正面に戻す。そしてその先の壁に見えた出っ張りに、海里は吸い寄せられるように近づいた。
 
 その壁には、計5枚の絵が額縁がくぶちに入れられて飾られている。どれも人物の顔の絵で、繊細に描かれたその表情に、海里は右手を添わせた。
  
「へえ。あんた絵とか見るんだ、意外」
 
 右を向けば、ウェアに身を包んだマリアがタオルを片手に海里へと近づく。
 
「それ、マリアが描いたの」
「きみが?」
「なかなかいいでしょ。適当に描いただけなんだけど、芹さんに見せたら気に入ったみたいで、ここに飾ってくれた」
 
 海里が手を伸ばした1枚目のその絵は、鉛筆で描かれた女性の横顔。その横顔に、海里はなぜか懐かしさを覚える。
 
「この女性は、きみの知り合い?」
 
「ううん。なに、誰かに似てんの? その人」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ」
 
 海里は疲れの蓄積を溶かすように、目頭を押さえた。
 
「具合悪いんなら寝とけば? まあ、マリアには関係ないけど」
 
 海里の返事も聞かずに、タオルをクルクルと回しながら早足で過ぎ去ったマリアは、ジムの扉を開けて中に消えていく。
 
(確かに、どうも最近身体がだるい)
 
 海里は深い息をひとつ吐くと、再び歩き出した。壁に連なる残りの絵には、1枚目ほどは惹かれない。
 
 1階にはこの他トイレと洗面台があるだけだ。階段までたどり着くと、背を向けた鷲のブロンズ像。
 
 ここまで来て、海里はふと思う。
 
(こんなことをして、何か意味があるのか。芹が犯人だと分かっても、自分にはどうすることもできない)
 
 
 “ホントウニ?”
 
 
 唾液が出るようなツンとした痛みが、顳顬こめかみ辺りにじわっと広がる。頭の中が、妙にうるさかった。
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