【完結】カエルレア探偵事務所《下》 〜ねじれ鏡の披露宴〜

千鶴

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第一部

元鞘

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 久しぶりに見る相棒の姿。
 遥は無事を確認できたことに深く安堵し、続けて涼子の背後に立つ人物に目を向けた。
 
鈴原桜介すずはらおうすけさん、ですね。三越邸ではお世話になりました」
「大したおもてなしもできませんで」
「す、鈴原さんこれは一体……それにあなた、南雲っ、え!?」
 
 桜介は持っていた結束バンドで涼子の手首を後ろ手に締める。
 不快な圧迫に顔を歪めつつ、戸惑いを隠せない涼子の背中を押すようにして、桜介は部屋の中へ入ると扉を閉めた。
 
「美帆様、準備が整いました」
「そう。残念ね、もう時間はないみたい」
 
 入り口に向かう桜介と美帆。先に扉を開けた桜介が外に出ると、続けて出て行こうとした美帆が直前で振り返った。
 
「もっと苦痛に歪む顔を晒してから死んで欲しかったけれど。仕方がないわ、さようなら」
 
 バタン、と扉が閉まる。換気扇の回る音だけが妙に耳につく静寂の中、最初に口を開いたのは遥だった。
 
「……なんですかその格好」
「ねえ、久しぶりの再会の最初の言葉それ?」
「だって気になるでしょう」
 
 遥は改めて涼子の姿に視線を向ける。
 
 ブラウンの濃いアイシャドウ。いつもより太めのアイライン。すっぴんでもそれなりに濃い顔立ちの涼子であったが、今日は更にそれがはっきりしている。
 いつもは選ばないオレンジ色のリップがみずみずしく光り、それに合うように纏うのはパーティー用の紺色のドレス。胸元にはレースがあしらわれ、小さな花の刺繍が点々と可愛らしい。
 丁寧に編み込まれた髪には、ラメのパウダーが振りかけられていた。
 
「お見合い、パーティ?」
「違うに決まってんでしょう」
「気合い入りすぎですもんね」
「結婚式よ!!」
 
 苦笑いで突っ込んだ涼子は、小さく息を吐く。
 
「三越邸の地下に部屋があることは? もう調べ済み?」
「はい。涼子さんがその地下に連れ去られている可能性はずっと考えていました。でもあの日、崩れる三越邸から脱出することが急務になり、涼子さんにまで気が回らなくて」
「そう」
「でも生存確認はできていました。翔太がいたので」
「え、白井くん三越邸に来ていたの?」
「私が呼びました。その時は、小百合さんに神の存在を手っ取り早く説明したかったんです」
 
 それから遥は、魚富青果を訪れるまでの経緯を順を追って話した。
 
「へえ……まさかあの脅迫状にそんなメッセージが込められていたなんて。最初から気づいていたの?」
 
 涼子は感心したように眉を上げた。
 
「最初に脅迫状を目にした段階で、表文おもてぶんの意味はなんとなく理解できていました。でも“あまね”の言葉の意味は、三越邸で天音さんの存在を知り、その時に。それにしても、すみれさんは相当賢い方だったんですね」
「ええ。華道の権威だなんて、すみれさんが持つ肩書きの一つに過ぎなかったわ。文武両道、才色兼備。そんな堅苦しい言葉が似合うかと思えば、あたしや夏代さんと一緒になって庭いじりして、ドロドロになるまで遊んでくれて」
「それ」
「え? どれ?」
「庭いじり。涼子さんが持っていたアルバムの中に、その場面を写した写真があったんですよ。ひまわりのワンピースを着て楽しそうに笑う涼子さんと夏代さん、そして智笑さん。智笑さんの顔は、大滝輝子さんから見せられた写真で確認していたので気付きました。でもそれよりも気になったのは、花壇に咲いていた花の方です」
「花って?」
「それは蓮によく似た、でした」
「嘘、それってカエルレアの花?!」
「いや。翔太に訊けば、それはまた別の花らしいです。カエルレアの花は碧色へきしょく。そしてその青い花は、オシリス神の呪力による花だと」
「オシリス? ……またどんどん出てくるわね、異国の神」
 
 涼子は口の端を下げ、呆れたように目を瞑った。
 
「小百合さんは昔の文献に青色の花の記述を見たと話をしていました。もしかしたら三越には、ネフティスが訪れる随分昔から異国の神が関わっていたのかもしれない」
 
 すると、涼子は思い出したように目を見開く。
 
「伝説……そうよ、双子の都市伝説よ!」
 
 感心したり呆れたり、驚いたり。くるくる変わる涼子の表情を見て、遥は心底心地がよかった。こんな状況なのにも関わらず、だ。
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