49 / 122
第一部
元鞘
しおりを挟む
久しぶりに見る相棒の姿。
遥は無事を確認できたことに深く安堵し、続けて涼子の背後に立つ人物に目を向けた。
「鈴原桜介さん、ですね。三越邸ではお世話になりました」
「大したおもてなしもできませんで」
「す、鈴原さんこれは一体……それにあなた、南雲っ、え!?」
桜介は持っていた結束バンドで涼子の手首を後ろ手に締める。
不快な圧迫に顔を歪めつつ、戸惑いを隠せない涼子の背中を押すようにして、桜介は部屋の中へ入ると扉を閉めた。
「美帆様、準備が整いました」
「そう。残念ね、もう時間はないみたい」
入り口に向かう桜介と美帆。先に扉を開けた桜介が外に出ると、続けて出て行こうとした美帆が直前で振り返った。
「もっと苦痛に歪む顔を晒してから死んで欲しかったけれど。仕方がないわ、さようなら」
バタン、と扉が閉まる。換気扇の回る音だけが妙に耳につく静寂の中、最初に口を開いたのは遥だった。
「……なんですかその格好」
「ねえ、久しぶりの再会の最初の言葉それ?」
「だって気になるでしょう」
遥は改めて涼子の姿に視線を向ける。
ブラウンの濃いアイシャドウ。いつもより太めのアイライン。すっぴんでもそれなりに濃い顔立ちの涼子であったが、今日は更にそれがはっきりしている。
いつもは選ばないオレンジ色のリップがみずみずしく光り、それに合うように纏うのはパーティー用の紺色のドレス。胸元にはレースがあしらわれ、小さな花の刺繍が点々と可愛らしい。
丁寧に編み込まれた髪には、ラメのパウダーが振りかけられていた。
「お見合い、パーティ?」
「違うに決まってんでしょう」
「気合い入りすぎですもんね」
「結婚式よ!!」
苦笑いで突っ込んだ涼子は、小さく息を吐く。
「三越邸の地下に部屋があることは? もう調べ済み?」
「はい。涼子さんがその地下に連れ去られている可能性はずっと考えていました。でもあの日、崩れる三越邸から脱出することが急務になり、涼子さんにまで気が回らなくて」
「そう」
「でも生存確認はできていました。翔太がいたので」
「え、白井くん三越邸に来ていたの?」
「私が呼びました。その時は、小百合さんに神の存在を手っ取り早く説明したかったんです」
それから遥は、魚富青果を訪れるまでの経緯を順を追って話した。
「へえ……まさかあの脅迫状にそんなメッセージが込められていたなんて。最初から気づいていたの?」
涼子は感心したように眉を上げた。
「最初に脅迫状を目にした段階で、表文の意味はなんとなく理解できていました。でも“あまね”の言葉の意味は、三越邸で天音さんの存在を知り、その時に。それにしても、すみれさんは相当賢い方だったんですね」
「ええ。華道の権威だなんて、すみれさんが持つ肩書きの一つに過ぎなかったわ。文武両道、才色兼備。そんな堅苦しい言葉が似合うかと思えば、あたしや夏代さんと一緒になって庭いじりして、ドロドロになるまで遊んでくれて」
「それ」
「え? どれ?」
「庭いじり。涼子さんが持っていたアルバムの中に、その場面を写した写真があったんですよ。ひまわりのワンピースを着て楽しそうに笑う涼子さんと夏代さん、そして智笑さん。智笑さんの顔は、大滝輝子さんから見せられた写真で確認していたので気付きました。でもそれよりも気になったのは、花壇に咲いていた花の方です」
「花って?」
「それは蓮によく似た、青色の花でした」
「嘘、それってカエルレアの花?!」
「いや。翔太に訊けば、それはまた別の花らしいです。カエルレアの花は碧色。そしてその青い花は、オシリス神の呪力による花だと」
「オシリス? ……またどんどん出てくるわね、異国の神」
涼子は口の端を下げ、呆れたように目を瞑った。
「小百合さんは昔の文献に青色の花の記述を見たと話をしていました。もしかしたら三越には、ネフティスが訪れる随分昔から異国の神が関わっていたのかもしれない」
すると、涼子は思い出したように目を見開く。
「伝説……そうよ、双子の都市伝説よ!」
感心したり呆れたり、驚いたり。くるくる変わる涼子の表情を見て、遥は心底心地がよかった。こんな状況なのにも関わらず、だ。
遥は無事を確認できたことに深く安堵し、続けて涼子の背後に立つ人物に目を向けた。
「鈴原桜介さん、ですね。三越邸ではお世話になりました」
「大したおもてなしもできませんで」
「す、鈴原さんこれは一体……それにあなた、南雲っ、え!?」
桜介は持っていた結束バンドで涼子の手首を後ろ手に締める。
不快な圧迫に顔を歪めつつ、戸惑いを隠せない涼子の背中を押すようにして、桜介は部屋の中へ入ると扉を閉めた。
「美帆様、準備が整いました」
「そう。残念ね、もう時間はないみたい」
入り口に向かう桜介と美帆。先に扉を開けた桜介が外に出ると、続けて出て行こうとした美帆が直前で振り返った。
「もっと苦痛に歪む顔を晒してから死んで欲しかったけれど。仕方がないわ、さようなら」
バタン、と扉が閉まる。換気扇の回る音だけが妙に耳につく静寂の中、最初に口を開いたのは遥だった。
「……なんですかその格好」
「ねえ、久しぶりの再会の最初の言葉それ?」
「だって気になるでしょう」
遥は改めて涼子の姿に視線を向ける。
ブラウンの濃いアイシャドウ。いつもより太めのアイライン。すっぴんでもそれなりに濃い顔立ちの涼子であったが、今日は更にそれがはっきりしている。
いつもは選ばないオレンジ色のリップがみずみずしく光り、それに合うように纏うのはパーティー用の紺色のドレス。胸元にはレースがあしらわれ、小さな花の刺繍が点々と可愛らしい。
丁寧に編み込まれた髪には、ラメのパウダーが振りかけられていた。
「お見合い、パーティ?」
「違うに決まってんでしょう」
「気合い入りすぎですもんね」
「結婚式よ!!」
苦笑いで突っ込んだ涼子は、小さく息を吐く。
「三越邸の地下に部屋があることは? もう調べ済み?」
「はい。涼子さんがその地下に連れ去られている可能性はずっと考えていました。でもあの日、崩れる三越邸から脱出することが急務になり、涼子さんにまで気が回らなくて」
「そう」
「でも生存確認はできていました。翔太がいたので」
「え、白井くん三越邸に来ていたの?」
「私が呼びました。その時は、小百合さんに神の存在を手っ取り早く説明したかったんです」
それから遥は、魚富青果を訪れるまでの経緯を順を追って話した。
「へえ……まさかあの脅迫状にそんなメッセージが込められていたなんて。最初から気づいていたの?」
涼子は感心したように眉を上げた。
「最初に脅迫状を目にした段階で、表文の意味はなんとなく理解できていました。でも“あまね”の言葉の意味は、三越邸で天音さんの存在を知り、その時に。それにしても、すみれさんは相当賢い方だったんですね」
「ええ。華道の権威だなんて、すみれさんが持つ肩書きの一つに過ぎなかったわ。文武両道、才色兼備。そんな堅苦しい言葉が似合うかと思えば、あたしや夏代さんと一緒になって庭いじりして、ドロドロになるまで遊んでくれて」
「それ」
「え? どれ?」
「庭いじり。涼子さんが持っていたアルバムの中に、その場面を写した写真があったんですよ。ひまわりのワンピースを着て楽しそうに笑う涼子さんと夏代さん、そして智笑さん。智笑さんの顔は、大滝輝子さんから見せられた写真で確認していたので気付きました。でもそれよりも気になったのは、花壇に咲いていた花の方です」
「花って?」
「それは蓮によく似た、青色の花でした」
「嘘、それってカエルレアの花?!」
「いや。翔太に訊けば、それはまた別の花らしいです。カエルレアの花は碧色。そしてその青い花は、オシリス神の呪力による花だと」
「オシリス? ……またどんどん出てくるわね、異国の神」
涼子は口の端を下げ、呆れたように目を瞑った。
「小百合さんは昔の文献に青色の花の記述を見たと話をしていました。もしかしたら三越には、ネフティスが訪れる随分昔から異国の神が関わっていたのかもしれない」
すると、涼子は思い出したように目を見開く。
「伝説……そうよ、双子の都市伝説よ!」
感心したり呆れたり、驚いたり。くるくる変わる涼子の表情を見て、遥は心底心地がよかった。こんな状況なのにも関わらず、だ。
0
あなたにおすすめの小説
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
あの素晴らしい愛をもう一度
仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは
33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。
家同士のつながりで婚約した2人だが
婚約期間にはお互いに惹かれあい
好きだ!
私も大好き〜!
僕はもっと大好きだ!
私だって〜!
と人前でいちゃつく姿は有名であった
そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった
はず・・・
このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。
あしからず!
【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】
暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」
高らかに宣言された婚約破棄の言葉。
ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。
でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか?
*********
以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。
内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。
私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?
あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。
理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。
レイアは妹への処罰を伝える。
「あなたも婚約解消しなさい」
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる