【完結】カエルレア探偵事務所《下》 〜ねじれ鏡の披露宴〜

千鶴

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第一部

宿敵

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 ひび割れたコンクリート壁に囲われた部屋で、今にも切れそうな電球がひとつ、コードが剥き出しの状態で天井から吊るされている。窓はなく、小さな換気扇だけがクルクルと回る部屋の中央で、遥は目を覚ました。
 
「あらお目覚め?」
 
 聞き覚えのある、不快な声。
 
 冷たい床から起き上がり、距離を取ろうと脚を動かせば、遥は自身が着替えさせられていることに気がつく。
 
「懐かしいでしょう、その服。色はちょっとリニューアルしたの。前の薄紫より、真っ白の方がいいかなって」
「なぜ」
「なぜ? そりゃあまあ、その方が汚れた時分かりやすくていいかなって」
「そうじゃない。どうしてあなたがこんなところにいるのか、そう聞いているんです」
 
 遥の前に立つ女は、自信たっぷりの笑顔で口を開いた。
 
「へえ。覚えていてくれたんだ」
「質問に答えてください」
「すぐに忘れるって言っていたくせに」
「まだは終わっていないはず」
「あなたに会えるの、楽しみにしていたのよ?」
「質問に答えろ!」
 
 遥の語気が強まる。
 
 
「涼子さんを誘拐したのは南雲美帆、あなただったんですね」
 
 
 南雲美帆なぐもみほ。そう呼ばれた女は小さく笑った。
 
「誘拐だなんていやぁね、私はあるじの指示の通りに行動しただけよ。三越に蔓延はびこるこの国の神を排除するように、ってね」
「この国の神?」
「あら、会ったんじゃなくて? あの家の人間に付いていた神がいたでしょう? 小百合って女が呼び出した、天照大神アマテラスよ。七年前、ネフティス様の制御を聞かずに菊田大が余計なことするもんだから、その後の処理が大変だったのよ?」
「与太話はいい。涼子さんはどこですか。どうやって刑務所を出た? 脱獄したんですか」
「ねえ、いっぺんに質問しないでよ。あなた今置かれている自分の立場わかってる?」
 
 遥は後ろ手に縛られた自身の手首の圧力に眉を顰めた。
 
「プールに沈めてあげたあの時とおんなじね。まあいいわ、時間はまだあることだし一つずつ教えてあげるとしましょう」
「涼子さんはどこに」
 
 言うと同時。遥の左頬が弾かれ、その勢いのまま転がった身体を美帆が踏みつける。
 
「喋んじゃねーよ。今は私のターンだろ? 勝手なことすんな。黙って聞いていろ」
 
 熱を帯びる頬の痛みに、噛み締める歯の力が強まる。遥を見下ろしている美帆の表情は、すぐにでも遥の命を奪いたがっていた。
 
 ニコッ、と。美帆は気持ちを切り替える。
 
「さてと。じゃあね、まずは私がなぜ外の世界に出られたのかってとこから話しましょうかね」
「判決十一年。それでも短いと当時叩かれたのに、あんたが捕まってからまだ四年たらずしか経っていない」
 
 南雲美帆。彼女は昔、遥と涼子が関わったアクビスの里での事件で殺人を犯して逮捕された。
 浦和強盗殺人事件、自身が起こしたバイク事故。そして弟までをもその手に掛けた正真正銘のサイコパス。
 
 遥と涼子も、南雲美帆に殺されかけた過去があった。
 
「だから喋んなってば」
「護送車から脱走までしたあなたのことです、まともに出所したわけじゃ無いんでしょう」
「あー。はいはい、もういいよ。刑務所には結界ないから」
 
 結界。その言葉の意味を遥はすぐに理解した。
 
「なるほど。マウト神様のお力ってわけですか」
「私、あるじのお気に入りなの」
 
 語尾にハートマークでも付いているかのような言い方で、美帆は肩をすくめた。
 
「主はね、チャンスをくれた。アクビスでは失敗したけど、あれはそもそもザラムの馬鹿とパパのせいだもの。私は巻き込まれただけ。あるじもわかってくれたわ」
「警察があなたの脱獄を公表しない理由は、そもそも脱獄した事実がないから。幽霊みたいに勝手に消えたんじゃ、探しようもなければ説明もできない」
「ええ、その通りよ。ただでさえパパが捕まって警察の面子丸潰れなのに、無能を晒すようなものだもの」
「そうまでして、マウトはあなたに何を求めたんです?」
あるじを呼び捨てにすんじゃないわよ」
 
 美帆は遥の身体を足の裏で蹴り押す。
 
「聞いたわよ。あなたと一緒にいる青年があるじの兄なんですってね。来月の六月十日。その日までにあなたがその兄を殺せば、その兄の身体はあるじにとっての完璧な器となる。でも、殺さなかった場合あなた死んじゃうんでしょう? さっさと殺しちゃえばいいのに」
「私を殺すつもりですか」
「そうしたいのは山々だけど」
 
 ガチャリ、と解錠音。美帆の背後にある扉が開いた。
 
「ことはそう単純じゃないのよ」
 
 遥は肺一杯に息を吸い込む。
 
 
「涼子さん!!」
「は、遥!?」
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