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8.ロージーと王妃専属侍女
しおりを挟むロージーは王宮の侍女に案内されてとある部屋に案内された。
「ここは…」
「王妃様の専属侍女様のお部屋でございます」
「どうしてここに…」
「私はこちらへ案内するように申し付かっただけでございます。ではどうぞ」
「…」
ロージーは開いた扉を潜る。するとすぐ中にいた女性と目が合った。
「スピネット女伯爵様」
ヨランダが綺麗な礼をした。
ロージーも礼を返す。
「あなたのお部屋だったのね、ヨランダ嬢」
「はい。女伯爵様には客間が相応しいことは重々承知しておりますが、万が一この王宮に宿泊したという記録は望ましくないとのことでしたので…」
「そうなの。でも…」
ロージーは部屋を見渡す。フィオレンツァ王妃の専属となったヨランダの部屋は、他の使用人部屋と違って完全な個室だ。もちろん王族貴族のものと比べれば装飾が少ないが、上品で広さもある。
それでも一人用であることに変わりはない。ヨランダのことだから、ロージーを一つしかないベッドで寝かせようとするだろう。本意でないとはいえ、余所者の身で知り合いの寝床を横取りするのは気が引けた。
するとロージーの思考を読んだのか、ヨランダが薄く微笑んだ。
「大丈夫ですわ、女伯爵様。私は今晩行くところがありますので」
「行くところ?」
ロージーのために、別の部屋にわざわざ泊まるのだろうか。
「少し前から計画していたことですから、いい機会だと思いまして」
にいぃっ。
ヨランダの笑みが深くなった。ロージーは思わず後ずさる。
何か見てはいけないものを見たような…。
ヨランダが去った後、ロージーは用意されていた夕食を取った。
もう遅い時間で日付もそろそろ変わる。寝なければ…と思っていても、色々あって興奮していて寝つける自信がない。手持無沙汰になり、ロージーはひとまず着替えようとクローゼットを開けた。ヨランダから、夜着があると伝えられていた場所だ。借りたドレスはシンプルで一人でも脱ぎ着できるものだったが、さすがにこのままベッドに入ることはできない。
「…あら、これは…」
扉を開けたロージーは見覚えのあるドレスに目を止めた。細かい花の刺繍がしてあるクリーム色のドレス、そしてつばの広い白い帽子。
今日見たばかりだから忘れようもない。美術館で、ガイと一緒にいた女性の装いだった。ロージーが強いショックを受け、同時に自分がガイに情を寄せていると自覚させた女性(ひと)。
「まさか…」
そういえば、あの女性の髪の色はヨランダと同じだったような…。
ガイの恋人はヨランダ?
…いいや、多分違う。少なくとも、あの時のあの二人はデートをしていたわけではない。間違いなくキャベンディッシュ伯爵を監視していたのだろう。今回の捕り物は王家が先導していたのだから、ヨランダも一時的にフィオレンツァ王妃の傍を離れて捜査に関わっていたのだ。
翌日、ロージーはフィオレンツァ王妃にお茶に誘われた。
まだロージーへの聴取は行われていない。アレクシス王の予定がまだまだつかないようだった。
手配された王宮の侍女に支度を整えてもらい、指定された部屋に連れられる。フィオレンツァはすでに席についていた。
「王妃様、お待たせして申し訳ございません」
「…気にしないで。こっちが早く来たの」
そう言うフィオレンツァの顔はややげっそりしている。これは昨日の気絶を夫に問い詰められ、お仕置きを受けたのだろう。第四子が誕生するのも時間の問題のようだ。
「王妃様、ヨランダ様がいらっしゃいました」
「通して頂戴」
ヨランダが現れた。フィオレンツァとは対照的に、なんだかすっきり…いや、つやつやした顔をしている。
つやっつやのてかってかだ。
「ザカリーはどうしたの?昨日の捕り物の責任者でしょう。それにロージー様にご説明するにはやはりザカリーがいいと思うんだけど…寝坊でもしているの?」
首を傾げたフィオレンツァ。
「王妃様。ザカリーは本日体調不良のため休ませております」
ヨランダが口元に笑みを浮かべて答える。なんだか…笑顔が黒いのに眩しい。
「体調不良?どこか怪我でもしたの?」
「いいえ、『体調不良』です。…昨夜は無理をさせてしまいましたので」
「…は?」
フィオレンツァとロージーの声がハモった。
「遅ればせながら、ザカリーと昨日をもって婚姻したことをご報告致します。神父も呼んで婚姻契約をしましたので婚前交渉ではございませんわ」
「…」
「ザカリーはスピネット女伯爵を好いているのではないかと思っておりましたが、昨日シェリンガム様から女伯爵様とのお見合いを他ならぬザカリーから勧められた旨を伺いまして…。二人が想い合っているのでないのなら丁度いい…じゃなくて、以前からザカリーには好意を持っておりまして、想いを告げたところザカリーもそれに応えてくれまして。押し倒…じゃなくて、馬乗り…でもなくて、…いえいえ、ちょっとだけ縄で縛りましたしちょっとだけハイヒールで踏みつけましたが最後はザカリーも私を受け入れて…」
「…ザカリーは無事なの?」
「ですから、体調不良ですわ」
それって絶対に犯罪ですよね?
ころころと笑うヨランダに、ロージーは背中が寒くなる。フィオレンツァに至っては貧血を起こしかけてテーブルに突っ伏した。
二人はザカリーの(精神の)無事を神に真摯に祈るのだった。
「まずはキャベンディッシュ伯爵の処遇についてお話しますね」
結局ホストのフィオレンツァは戦線離脱し、ロージーはヨランダと向かい合っていた。
「キャベンディッシュ伯爵は爵位の剥奪が決定しました」
「…そうでしょうね」
人身売買に手を染めたのだ、いくら高位の貴族とはいえただではすまない。先代の時代とはいえ王家が絡んでいたのだから尚更のこと。おそらく過去の全ての罪を背負わされて潰されるのだろう。
「逃げ出した前伯爵の捜査にしばらく協力させますが…その後は恐らく監視も兼ねた幽閉になるでしょう」
「前伯爵?どういうこと?」
「そもそも人身売買を始めたのは先代のキャベンディッシュ伯爵です。彼は息子を人身御供にしたんですよ」
「…!まさか私が攫われたのって」
「そうです。前伯爵は嗅ぎ回られていることに気づき、現伯爵に王妃の友人のあなたを誘拐させて騒ぎを大きくさせ、その隙に隣国へ脱出したようです」
おかしいと思っていたのだ。
キャベンディッシュ伯爵は自分が監視されていることに気づいている節があった。だというのに、白昼堂々と伯爵家の当主で王妃のお気に入りの友人であるロージーを攫い、商品として売り出した。今思えば、ガイのことも警戒していたように思う。
にも関わらずロージーの誘拐を強行したのだ…父親を逃がすために。
「どうして…そこまで…」
「さあ…?親子のことは当人たちにしか分かりませんからね」
「…」
ロージーの脳裏に、ふと修道院にいる妹のことが過った。
スピネット家を危機に陥れた妹の命乞いをしたのはロージーだ。幼い頃から馬鹿にされ、迷惑をかけられ、婚約を駄目にされ、大怪我までさせられた。でも妹だから…だから…。
ロージーはそこで思考をやめた。キャベンディッシュ伯爵に同調し、これ以上深入りしてはいけない。
「ああ、それからもう一つ。モニカ・シェリンガムについてですが…」
「は?モニカ?モニカがどうかしたの?」
「気づいておられたのでしょう。女伯爵様の悪評を流したのは彼女だということに」
「…やっぱりそうだったの」
心のどこかで違ってほしいと思っていた。だが、モニカしかありえないということも、どこかで分かっていた。
どこでどうやって恨みを買ったのかは分からないけれども。
「王妃様がそれはそれはお怒り…いえいえ、かなわぬ恋に身を焦がしているモニカ嬢に親身になられまして…。モニカ嬢はバザロヴァ王国の宰相閣下の後妻に入ることになりました」
「かなわぬ恋…っていうか、バザロヴァ王国ですって?」
バザロヴァ王国といえば、先代王妃グラフィーラの母国だ。それに宰相閣下といえば…確かあの戦闘令嬢イリーナの父親ではなかったか。
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イリーナ嬢の父親は良い夫にはなり得ないらしい。
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