私は五番目の妃 ~グランディエ王国後宮物語~

小針ゆき子

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第一章 第五妃サリサ

10 月夜の出会い(他者視点)

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 サリサが女官と共に部屋を去る気配がしたが、ランスロットはすぐには動かなかった。
 もしかしたらサリサとすれ違った医師が戻ってくるかもしれない。
 どうせ父であるイズラエルは夜会にそのまま出るのだろうから、その刻限になるまでクローゼットの中でもうひと眠りすることにした。
 この部屋を出る瞬間さえ見られなければ、外の回廊を歩いていても見とがめられないだろう。

 ランスロット・クレスウェルは今年で12歳になる。
 歳が大分離れているが、ゾロ王とは従兄弟同士だ。
 ランスロットは7歳になったころから、父に連れられて王宮に度々上がるようになった。
 別に遊びに行くわけではなく、他の公侯爵家の子息と共に帝王学の講義を受けたり、ゾロ王やガブリエラ王妃の公務の様子を見学したりするためだ。
 ゾロ王には男児がおらず、後継者が定まっていない。
 まだ三十代なのでこれから子ができる可能性はゼロではないが、王族の血が濃いランスロットは相応しい教育を受ける必要があった。
 そうはいっても、わんぱく盛りのランスロットは度々教師にいたずらをしてからかったり、部屋を抜け出して空き部屋に隠れたりを繰り返した。
 さすがに10歳を過ぎてからは講義の最中の脱走はしなくなったものの、たまに一人になりたくなって空き部屋に忍び込むことがある。

 今日王宮に来たのは、建国祭に訪れた国賓の対応を任されたためだった。
 ほとんどは外交官が準備対応し、ランスロットがしたことと言えば会食に同席したことくらいだが、未成年とはいえ王位継承権がある子息が顔を見せるだけでも意義がある。
 無難に仕事を終えて後は帰宅するだけだったものの、何となくすぐ帰る気になれずに王宮内をぶらついていた。
 どの館のどの回廊が見張りが少ないのかということは把握している。
 そしていつも静かでお気に入りになっている部屋のクローゼットに入り込んで休んでいると、後から客が入って来た。
 別に珍しいことではない。
 何度か後からの客に遭遇したことがある…大抵はスリルを求めるカップルで、そういった行為に勤しむためだ。
 ところが今夜は貴族の女性とそのお付きらしき女性が幾人か入って来た。
 クローゼットの隙間からそっと覗けば、医師らしき年配の男が女性を診察しているのが見える。
 おそらく建国祭の参加者で、途中で気分でも悪くなったのだろう。
 医師が女性に一時間は休んでいるように伝えているのがわかり、さてどうしたものかと考える。
 別に急ぐ用事はないからもうひと眠りしてしまおうか。
 静かになったのを見計らって再び部屋を覗けば、女性は横になってはいなかった。
 月明かりが差す窓の前に立ち、片足で優雅に立っていた。
 そのまましなやかな体が踊りだす。
 何事かと思ったが、外から聞こえる音楽に合わせて彼女が舞っていることに気づいた。
 「シュルヴィ姫」だ。
 ランスロットの体は引き寄せられるようにクローゼットから部屋の中央に向かっていた。
 もう姿は見えているだろうに、舞っている女性はこちらに気づきもしない。
 よくよくみれば、ランスロットとさして年の変わらない少女だった。
 色の薄い金髪が月明かりに透けて銀色に光る。
 診察のためか重いドレスは脱いだままで、下着に白いワンピース型のスリップしか纏っていない。
 形の良い胸の膨らみと少年のようなヒップ、そしてすんなり伸びた手足がなまめかしかった。
 やがて曲が終わる。
 女性もポーズをとって舞を終えた。
 そこでランスロットは初めて女性の顔を見た。
 とても整った、美しい顔立ちだった。
 長いまつ毛が上気した頬に影を落としている。
 彼女と言葉を交わしてみたい衝動に駆られ、わざと拍手をした。
 彼女はサリサと名乗った。
 なんと後宮の妃の一人だと言う。
 軽々しく声をかけていい女性ではなかった。
 思わず大きな声を出してしまい、サリサ妃はランスロットの口を押えた。
 香水ではない、甘くて優しい香りが鼻梁をかすめる。
 間近で見た瞳の色は青灰色だった。
 
 「―――サリサ」
 
 素敵な人だった。
 美貌はもちろんだが、聡明そうな言動や清浄な雰囲気が強く心に残った。
 しなやかに舞うサリサの姿を瞼の裏に映しながら、ランスロットは再び浅い眠りについた。
 
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