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その11 言葉は無くても
しおりを挟むクリスの予告通り、次の週には侯爵領にある大きな侯爵邸に移り住んだ。王都を離れる前に仲良しの友人3人と集まり別れの挨拶を済ませた。
クリスとセシリアと子供たち2人は敷地内の別邸に住む。部屋数も十分にあり、かなり広々とした屋敷だった。
セシリアにとっても子供の頃に何度も訪ねた家で馴染みがあり、居心地の良い懐かしい場所でもあった。
すぐに生活に慣れて、子供たちとの関わりも増えて楽しく過ごすようになった。
クリスは基本は侯爵邸で過ごし、視察も必ずセシリアを伴って出掛け、片時も離さなかった。
やがて第3子の妊娠が分かり、クリスはますますセシリアにべったりになった。そして、セシリアの護衛や侍女を沢山雇って、視察等で離れる時は鉄壁の守りを固め可能な限り日帰りで済ませた。
そうして、絶妙なタイミングで妊娠、出産、育児を繰り返し、5人目を出産する頃には王都から離れて10年が経っていた。
10年の間に王都に滞在したのは数回で数日、断れない王宮での夜会の出席をして、最低限の社交をこなし、観光もそこそこに侯爵領に帰るのだ。
もちろん、常に夫婦同伴で離れることはなかった。
その頃には、さすがのセシリアもクリスの執着が本物であると理解した。そして、クリスの過去を思い出すと苛立つようになったので、自身も大分絆されてしまった、と溜息が出た。
セシリアにとって、結婚して数年間は心の底からクリスのことはどうでもいい存在だった。
正直、セシリアにとって優先順位の高い大切なものは、子供たちと領地・領民のことで、特に教育についての関心が高く、次期侯爵夫人だからこそ出来る様々な事業に魅力を感じていて、クリスには関心を持てなかった。
それに、夫婦であるが妻という仕事をこなしているだけで、男の子を2人産んで自由に興味のある事をして過ごそうと本気で思っていたのに、結局10年以上べったり懐かれてしまったまま今に至る。
クリスは馬鹿の一つ覚えのように、毎日毎日飽きもせず「愛してる」と繰り返す。
だが、セシリアはクリスが浮気現場で相手の女性に「愛してる」と言っていたのを忘れていない。
「愛してる」と言われるたびに、浮気をされた過去を、あの日のあの浮気現場を思い出すのだ。だから、同じ言葉を贈られてもセシリアの心に響くことはなかった。浮気相手に使っていたのと同じ言葉は、セシリアにとって無価値な言葉なのだ。
だから、セシリアは生涯クリスに対して「愛してる」と返すことは無かった。ただ「そうなのね」「分かったわ」と返事をするだけ。
クリスの事は、正直昔のように好きだとは思わない。ただ、長年一緒にいたため情のようなものはある。セシリアなりに考えて、家族として上手くやっていきたいと思うようになったのだ。
侯爵領で過ごすようになって数年すると、クリスはセシリアの言葉や視線の中に、以前には無かった愛情のようなものを少しずつ感じるようになった。
セシリアから「愛してる」とは返してもらえないけれど、言葉ではない視線や仕草の中に、確かに愛情のようなものが見えるのだ。
やはり、無理をして侯爵領に帰って良かったと思う。ここでは穏やかな時間が流れ、邪魔者はいないし、セシリアを独り占めできるからだ。
第一、本気でクリスのことが嫌なら5人も出産したり、結婚して15年以上経つのにいまだに毎日のように抱かれたりしないのではないかと思うのだ。
体調不良と月のもの、妊娠中以外でセシリアに拒まれたことは1度もなく、いつでも受け入れてくれるのだ。
だから、言葉はもらえなくても、体だけだとしても、側にいてくれるだけでクリスは幸せだった。
「セシリア、愛してるよ」
「分かったわ」
【おわり】
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