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シーズン1-序章

004-テスト

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それから数日が経った。
知識をダウンロードするだけでなくインプットを完了させ、「私」は充分な経験を積んだと認識されたのだろう。

「今日は、本体との同期テストを行います」
「はい」

ジェシカがやって来て、そう告げた。
その後俺は朝の定期検査を受け、全身のボディパーツを交換する。
毎日それをする必要はないのだが、俺の身体には恒星機関が搭載されていて、常にその余剰エネルギーの消費という問題を抱えている。
出力を落とすことで発生を抑えているものの、どうしても余るエネルギーは全身に循環させることで逃がしている。
つまりは、部品の劣化が他のアンドロイドより早いというわけだ。

「検査は終わりましたか?」
「はい、行きましょう」

検査を終え、部品交換を行った後に洗浄を行い、俺とジェシカは格納庫に向けて移動する。
その間、俺は「私」の自動移動機能に任せ、機体の説明を再度確認していた。
何処からコックピットに入るのかと思ったのだが、首の後ろ――――うなじからのようだ。
それじゃ何のための頭なんだと思ったが、演算だけではこれを説明できないようで望む答えは得られなかった。



◆◇◆



「...................これが、クロノス?」

格納庫に入った俺は、目の前に立ちはだかった巨影を注視した。
直ぐに情報精査が始まり、『特殊人型決戦兵器:SWN-2556〈Chronus〉』と表示された。
俺のセキュリティレベルも3まで上がっており、更に注視を続ければ幾つかのウィンドウがポップアップし、兵装などが確認できる。

◇Seectoria Weapon Number-2556 Chronus

兵装:
外装実体弾ライフル(未装備)
外装ロングソード(未装備)
内装プラズマキャノン(装備済)
内装レーザー砲(装備済)
内装小型誘導ミサイル(未装備)

装備:
姿勢制御スラスター
推進用背面噴射口

内部機構:
クロフォード重力機関
プロトタイプ・マクスウェル無限機関
フェルディナント対消滅機関
[エラー:このデータはセキュリティレベル8に相当します]
[エラー:このデータはセキュリティレベル8に相当します]

一番驚きだったのは、何よりメイン出力だ。
三つの機関が組み合わさっている。
恐らく同時に最大出力にすることはないのだろう、機体が持たない。
次に、武装。
殆どが取り外されているが、最低限と言っても差支えのない装備だ。
仕方ないとはいえ、これで戦えるのだろうか.....?
最後に、権限エラーで閲覧できない二つの項目。
その情報をジェシカに伝えると、

「すいません、私の権限レベルでも足りないんです、6ですから......」
「申し訳ございません」
「謝る事ではありませんよ」

という答えが返ってきた。
俺とジェシカはリフトに乗り、うなじの部分の搭乗口前へと上昇した。
リフトとクロノスが接続され、搭乗口が開いた。

「ここから滑り降りてください、帰りは登ることになりますが.......」
「大丈夫です」

緩やかなスロープになっているので、頭部ユニットの反重力機構で登ってこられる。
俺は入り口に手を掛けた。

「では、行ってきます」
「はい、御武運をお祈りしています」
「ありがとうございます」

俺はスロープを降り、コックピットへと降りた。
コックピットは意外にも広かった。
広いと言っても、戦闘機のコックピットよりは広いという意味だ。
ネットカフェのような広さのコックピットの周囲を、少し離れてディスプレイが覆っている。

「さて......」

俺は自分のやるべきことをする。
まずはコックピットの座席に座り、背もたれが背後から起き上がってくるのを待つ。
それが終わったら頭部ユニットを上向きにして、ドッキングを待つ。
自分の頭部を映した映像を見ると、頭部ユニットに向けてコネクタ......ワニの顎のような形状をしたそれが伸びていくのが見えた。

「頭部ユニット、接続形態に移行」

二本の金属塊だった頭部ユニットが変形し、接続を受け入れる形態へと移行した。
そこに、コネクタが噛み付く。

「う.............!」

耳を嚙まれるような、落ち着かない感覚を感じつつ、俺は自分の身体を定位置に動かす。
両手を座席に付けられた丸い場所に置くと、腕が拘束具でロックされる。
手の甲についていた円形のマークのような部分が飛び出し、隠れていた接続端子が現れる。
そこに手を覆う形でプラグが刺さる。
最後は背中だ。
背もたれが開き、そこから伸びたプラグが俺の背中に接続された。

『接続準備は完了しましたか?』

その時、ディスプレイに表示されていたウィンドウの一つにジェシカが映った。
俺は....いや、私はそれに、

「はい」

と答えた。
ディスプレイが消灯し、私の上からバイザーが降りてくる。
バイザーが完全に降りると、視界は完全に消失し、俺の役割は「私」――――つまり演算装置と鍵としての役割を果たすようになる。

『――――――お、やっと繋がった! ロボ娘ちゃん、君の名前は?』

……ん?

「私はDN-264、クラヴィスと言います」
『お、顔だけじゃなくて声も可愛いね!』

自律型AIと聞いてはいたが、こんなに奔放な性格だったのか?
そもそも、いや.......分からない。
高速演算をする私だったが、答えはすぐに出た。

『オレはトモカズ! よろしくな!』
「待――――まって、トモカズ? もしかして、トモ?」

感情はすぐに自動で抑制されて、それでも焦りながら私は問いかけた。

『ん.....? オレはトモだけど.......オマエもオレの事知ってるのか?』
「あ.....『俺はハルアキ! ハルだよ!』

聞かれるとまずいので、私は直接トモと名乗る自律AIに接続し交信する。

『ハル.....ハルなのか?』
『そうだ、この世界に飛ばされて......こうしてここに居る』
『...........すげえ偶然だな、俺は.....まあ、見りゃわかると思うんだが、自分じゃ動けなくてな、意思疎通も定型文でしかできないもんだから、ずっと不安だったんだ、会えてよかった』

ハルの声は少し寂しげだった。
彼と私では製造年数が違う。
長い間一人だったのだろう。

『.....それにしても、なんだその魅惑のボディは』
『........俺だって、好きでなったわけじゃない』
『いや、全然構わない! オレはロボ娘が大好きだからな! 五日くらい前に廊下でオマエを見たときは、動けないこの身を呪ったくらいだ!』
『そ、そうか..........とにかく、俺はこの世界ではクラヴィスの「私」として振る舞う』
『ああ、オレもクロノスのオレとして振る舞う!』

目の前にウィンドウが開き、ジェシカが映った。

『通信が途絶しましたが、何かありましたか?』
「問題ありません、少しリンクにトラブルが発生し、修正しました」

私とクロノスは結託して先程の会話ログを削除した。
ジェシカはログ削除のログを確認したのか、頷く。

「では、サードドライブを起動します」
「はい」

ブゥゥゥンという音が下から響き、私の前に外の映像とシステムUIが表示された。

『大丈夫か?』
『はい、問題ありません』

クロノスからの心配するような声を受け、私はそう返答する。
クロノスの思考リソースの使用率は3%程であり、クロノスの起動や各種システムは私のメモリと頭部ユニットのサーバーによって維持される。
右下に凄まじい勢いでログが流れていく。
私はログの表示を切り替えて、交信ログだけが流れるようにした。

「各種システム異常なし、サードドライブ正常起動、安定しています......ただし無限機関プロトタイプのみ低出力のままです」
「分かりました、その機関は後で取り外します」
『待ってくれ、オレの予想ではコイツは中々スゴイ感じになると思う!』
「.......クロノスの自律AIから要請を受諾、交換は中止してください」
「分かりました、それでは発進準備に入ってください」
「了解、着艦申請をします」
『すげえ、動ける!』
「クロノス、任務遂行に集中してください」
『う、済まん.....』

前世の縁はあれど、私たちは今は二人の兵器に過ぎない。
目的を遂行することに集中しなければならない。

「これから格納庫の慣性制御を解除します、拘束具を確認してください」

バイザーが上がり、私は自分の状態をチェックする。
腕は拘束具でロックされていて、脚も同じく枷....というよりは脚入れでロックされている。
身体は頭部ユニットのおかげで問題ない。

『うおおおおお、動ける! 動けるぞおおおお!!!』
「クラヴィス、クロノスに制止を呼び掛けてください、クロノスの固定具が破壊される恐れがあります」
『クロノス! 落ち着いてください!』
『あ、ああ......』

後、何が面倒臭いのかというと、クロノスとの交信は基本的に定型文でしか行えないため、私が直接の交渉役にならなければいけない。

「慣性制御の消失を確認」
『了解、10秒後に固定具を解除しますので、移動準備に入ってください』
『クロノス、10秒後に固定具が外れます、外れた後動いてください』
『おう!』

10秒後、金属音と共にクロノスの四肢と腹部を固定していた固定具が外れ、格納庫内にクロノスが解き放たれた。
クロノスは手を振り回して暴れるが、無重力下ではその方法では動けない。

『クロノス、姿勢制御スラスターを起動して姿勢を安定させつつ、推進用背面噴射口を起動して移動を開始してください』
『ああ、勿論だぜ!』

私とクロノスは、エアロックの前まで移動する。

「スラスター、推進器全く問題ありません、エアロック解放を申請します」
『エアロック解放申請を受諾』

そして、分厚い扉が開き――――
風圧と共に、私たちは星の海へと飛び出した。
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