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シーズン1-序章

040-宝物の記憶

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…………夢を、見ていた。
自分は、あり得ないものを見ている。
未確認のバグであると判断したが、その“夢”を定義できないために、修正できない。
故に、沈む。
「私」の、奥深くへと。

『帰ろうぜ、#\△』

視界が歪み、気付けば見知らぬ場所に立っていた。
生体センサーの反応しない個体が周囲に十数、目の前で手を伸ばす人間も、またその一人だ。
私読んだのであろうその名前は、どこの国の言葉だろうか?
既存の言語翻訳プログラムで解析できないその名前で呼ばれた「私」は、気だるげに机から起き上がった。

『寝てたのか』
『ああ、ぐっすりな......立てるか?』
『当たり前だ』

「私」は彼の手を取り、立ち上がった。
部屋を出るまでの間、「私」は突き刺さる視線を無視した。
その視線を目で追えば、思考パターンの海を未確認の言葉が何度も何度も駆け抜ける。

『#\△、生意気だよね』
『◇;*君の優しさに付け込んで!』
『でも、あの二人凄く仲いいよね、ちょっと妬いちゃう』

「私」と彼を指すであろうその言葉は、メモリ内のどの領域にもデータとして存在しない。
存在しないはずのその言葉が、外部でもない、「私」の奥底から流れてくる。

「.........?」

そして、唐突に世界が崩壊を始めた。
人物が徐々に消滅し、壁が崩れ、床が崩壊する。
しかし、通常の重力法則とは違うようで、「私」の身体が虚空に落ちていくようなことはなかった。

『................例え、生まれ変わっても、俺はお前を――――――』
「待って!」

口に出した声は、過去の記憶ではなく――――現実の声だった。






「っ!!」

俺は、目を開ける。
何故か、そこはクロノスのコックピットだった。

『お目覚めかよ、お姫様』

頭の中に、聞きなれた声が響く。

「何故.......ここに?」
『出撃前に動かなくなりやがって、ちゃんと寝たのかよ?』
「..............」

記憶が、ない。
ここ数日の記憶が、メモリーにはあっても.....覚えていない。
何かがあったのは、確かなんだろうけど.....

「.....現在の状況は?」
『お前が動かなくなったから、ジェシカってやつが充電中を装って待機中だぞ』
「そうですか........通信を繋ぎます」

私はジェシカ大尉との直接通信を構築する。
ワンコールで彼女は通信に応答する。

『クラヴィスっ!? 大丈夫ですか!?』
「はい、復帰しました! 状況はどうなっていますか?」
『い、いえそんな事より......いいえ、帰投してからお聞きします。作戦状況を共有します、それから指揮回線の暗号化コードと周波数を転送します』
『よーし、準備はいいな! 発進するぞ!』

私の視界が、一瞬閉ざされる。
直後にバイザーが起動し、コックピットの映像が投影された。

『ハッチ開きます、ユニット起動してください』
「ユニット点火準備完了、システムオールグリーン」
『ウェポンシステム、オールグリーンだ、弾もエネルギーもバッチリだぜ!』

クロノスを映す外カメラが、ユニットの翼を広げたクロノスの姿を映す。

『「発進」』

轟音と共に、一瞬コックピットが衝撃に襲われる。
しかし、私に搭載された慣性制御が働き、私の重力はクロノスに帰属しなくなった。
私たちはコロニーの空へと飛び出し、そして戦闘が始まった。



『まずは――――どこに行けばいいんだ?』
「.....」

謎の記憶、記憶にない数日間、知りたいこと、知らないことはたくさんある。
でも、今はそれを追及出来る余裕はない。

「......第四十二都市上空に、艦隊が滞空しています」
『了解、支援だな!?』
「そうです」

低い音が伝わって来て、視界に映る外の風景が高速で流れていく。
速度計が徐々に、次第に顕著にその値を増やしていく。

「........って、え?」

つい、口調が崩れた。
速すぎる。
この速度だと、クロノスは問題ないが、ユニットの翼に負荷がかかり過ぎる。

「クロノス、減速してください!」
『あ、悪い!』
「翼を畳んでから減速してください、翼に負荷がかかっています!」
『了解だ!』

クロノスは翼を畳み、着地する。
いくつかビルを薙ぎ倒して速度を殺しながら、プールの底を蹴って飛び上がるように再上昇する。
空でユニットを再起動し、翼を再展開したクロノスは、再度加速を始める。

「......どうして、速度の管理を怠ったのですか?」

私はクロノスに尋ねる。
速度の管理を、舵を握るクロノスが怠るはずがない。

『いや.....懐かしい事を思い出してな』
「懐かしい事?」
『お前と........初めて会った時だったかな』
「そうですか」
『おいおい、感動的な出会いだっただろ?』
「そんな、恋人みたいに言われましても.....」

クロノス........いいや、トモとの出会いは、感動的とは言えなかった。
クラスになじめずに虐められていた俺を、優しく立ち上がらせてくれただけだ。
俺は、トモとずっと一緒に居たが.....結局それも、あいつの優しさに甘えていただけだった。
だから、今俺は嬉しい。
トモとようやく、同じ仲間として戦えるんだから。

『でもなあ、俺だって.......その、昔からお前のことが...』
「接敵確認! 3時の方向から二機、4時の方向から三機接近! 戦闘フェーズに移行、対EMPシールドの起動チェック完了、ウェポンシステムオンライン」
『...........』
「何か言いましたか?」
『なんでもねえよ!』

何故か喚きだすクロノスを尻目に、私は向かってきている敵の情報を特定する。
ナイトハウンドの僚機、ブラックハウンドだ。
黒い猟犬と呼ばれ、13年ほど前まで機動戦の最前線を握る航宙機だったそうだ。

「識別完了、気を付けてください」
『あーあ、分かったよ! 畜生!』

そして、クロノスはブラックハウンド編隊に向けて動き出したのだった。
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