上 下
39 / 82
シーズン1-序章

039-クラヴィスの異変

しおりを挟む
翌日。
私は自室で目覚めた。
慌てて昨日の記憶にアクセスすると、帰還した後にフルメンテナンスを受けた後、キャッシュクリアを行って休眠に移行した様だ。
違和感を覚え、背中を見ると頭部ユニットがなく、背面が少し盛り上がっている。

「.......頭部ユニットは外装新装のため作業区画に、背面には自己慣性制御装置が新装されました....か」

機体の変更ログを確認し、即座に状況を判断する。
頭部ユニットは後で取りに行くとして、背中の新設ユニットが大きい。
大気中で戦闘するには、クロノスの戦闘スタイルからして私に負荷がかかり過ぎていた。
エネルギー消費は大きいが、二基の機関で足りないほどではない。
排熱が凄いことになりそうではあるのだが。
もともと、食事や呼吸を必要としない私が口を持っているのは対人コミュニケーションの効率化という目的だけではなく、排気の為でもある。

『――――お目覚めですか?』
「...はい」

その時、回線が繋がってエイペクスの声が響く。
特に隠すこともないので、私は普通に返事を返す。

『至急、第四大会議室に来ていただけますか?』
「はい、急行します」

私はベッドから起き上がり、廊下へと出る。
廊下にはジェシカ大尉、ラウド少尉が立っており、私を見て少し明るい顔になった。

「クラヴィス、大丈夫でしたか!?」
「クラヴィスさん!」
「はい、私は大丈夫です。.....会議室に呼集されていますので、また後程」
「あ.....私としたことがすいません。至急向かってください」
「はい」

私は艦内を歩き、すれ違った乗員に軽く挨拶をしながら外へと出る。
外では、恐らく何かのジェネレーターらしき装置を前に、工作機械のコントローラーを持っているハーデン中尉が居た。
私はその横を通り過ぎようとする。

「待ちなよ」
「はい」

呼び止められる。
私は振り返り、中尉の目を見た。

「いつもみたいに挨拶はしてくれないのかい?」
「優先命令を実行中です」

優先すべき事項がある状況では、回避できない行動以外の行動を任意に取るべきではない。

「そうか.....なんか、君は変わったかもしれないな」
「そうですか?」

精神状態に異状は確認できない。
深層メモリにあった僅かなノイズを完全に削除したため、それによってアルゴリズムにズレが生じている可能性はある。
それを私は、中尉に伝えた。

「そうか.........まあ、気のせいだったかもしれないな」
「はい、私は人間とは違い、思考パターンの積層による疑似人格の構築を行っています。僅かなギャップが違和感を産む可能性がありますが、数日以内に修復します。お待ちください」
「....わかった」

話が終わったようなので、私は引き続き歩き続ける。
第四大会議室は、中央区画三階に存在する。
貨物用エレベーターに搭乗し、三階に到着した私は人気が多くなったことを確認する。
視界に映る複数の生体情報を遮断し、第四大会議室を探す。

「クラヴィスさん、こちらです」
「はい、誘導に従います。」

私が会議室に入ると、そこではコロニーの全体図が映し出されたホロプロジェクターを囲み、着席する人間たちが居た。

『丁度良い到着時間です、Clavis』
「はい」

私は空席の一つを見つけ、そこに座った。
話題は恐らく、市街戦についてである。
私たちは基地を奪還したが、他の地域でも次々と解放戦が始まっている。
このまま中央部に突入すれば....という意見が上がるが、市街地の奪還による民間人の救助が必要だ。
コロニーの制御AIが自爆シークエンスを実行した際に、一人でも多く助けるためである。
それから、中央核に突入するためには三重の積層対衝撃エネルギーシールドを突破しなければならない。
当コロニーが建造された160年前に主流だったディモス級旗艦の重砲を基準にして構築された緊急時用のこのシールドは、今の艦の砲撃では収束しても破壊できない。
それ故に、コロニー4つの極点に存在するシールド発生装置に何らかの損傷を与える必要があるのだ。
当然、シールド発生装置の周辺には夥しい数の警備隊基地が存在し、強制排除型という攻勢の強い新型機種も存在している。

「今後のスケジュールに大きな誤算が生じますね」
『そうです。しかし、人命が優先です』
「..............?」

スケジュールを順守するのが最重要権限からの命令である。
その為に、人命を重視する必要があるのだろうか?
一瞬芽生えた疑問に、倫理監査プログラムが警告を飛ばしてくる。
….人命重視を適用する。

「市街戦になった場合、私はChronusを使い出撃するのですか?」
『はい、市街地への突入は戦闘員が行います。Clavis、あなたには航空戦力の撃破、上空からの偵察、支援を行ってもらいます』
「はい」

特に想定と違う事はない。
クロノスの大きさでは、市街地での戦闘は圧倒的に不利である。
それなら、艦隊に同行し敵の殲滅に貢献するべきである。

「分かりました」
『では、作戦の概要を説明します』

私は、エイペクスの作戦概要に耳を傾けた。






夜。
ジェシカとラウド、ハーデンはカフェテリアで休憩していた。
この中で与えられたタスクが完了していないのはラウドだけであり、余裕があるのだ。

「大尉、お時間を取らせてすいません」
「いいえ、私も気になることがあったので.....」

ジェシカは頷き、ラウドの言葉を待つ。

「なんか、今日のクラヴィスさん.....変じゃないですか?」
「そうですね....何か、違和感を感じました」

あの後、ジェシカはクラヴィスと何度か会話を交わした。
しかし、どれもどこか淡白で、感情が感じられなかった。

「明らかに変だと僕は思う、さっきお茶に誘ったけれど......素直に応じてくれたから驚いたよ」

その後、からかうつもりでお茶の缶を渡したら、黙って飲もうとして故障しかけたこともハーデンは話した。

「汚染の影響を受け始めているのでしょうか?」
「あれはクラヴィスさんに効かないのは確認済みじゃなかったんですか?」
「そうですが....」

ジェシカの語気が弱まる。
クラヴィスの異変を、説明しきれなかったからだ。

「出撃前に確認してみるべきじゃないか?」
「しかし、それでクラヴィスに何か影響があった場合、出撃できない恐れがあります」
「けど、不安じゃないですかっ!?」

ラウドが叫ぶ。
けれど、ジェシカは意見を曲げず、ハーデンは何も言わなかった。
刻一刻と、出撃の時が迫る。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...