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特別蔵書室 1
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引き続き図書館の閲覧室。
ツバキは数羽の一つ目蝙蝠が記憶した各州の景色を眺めつつ、一ヶ月の休暇の予定をウキウキと書き出していた。
皇族専用の部屋に入るなんて畏れ多いと部屋のすみに座っていたトキツだったが、それでは再びカオウとツバキが二人の世界を作りかねないので、現在はツバキの対面の席に座っている。
「エイラトの温泉も気持ちよかったのよ。カオウは温泉入ったことある?」
「えー。興味ないなあ。それよりイリウムにある闘技場行こうぜ」
「またそんな物騒な。……でもせっかくだから行ってみようか」
ツバキは三週目にその予定を書き込んだ。トキツがよくよく見れば、予定表はカオウの希望が多く反映されている。やりたがっていたチハヤの店で働くという項目の上には二重線が引いてあった。
不思議に思いツバキへ聞こうと顔を上げると、ツバキは「そういえば」と勢いよくカオウに向き直った。
「温泉に入ってるとき、変な言葉が聞こえたの」
「変な言葉?」
「そう。よく聞き取れなかったんだけど、ティデェン……とか、なんとか」
「ティデェン? どこの言葉?」
「それがわからないの」
バルカタル帝国の公用語はバルカタル語だが、セイフォン、ケデウム、エイラトはそれぞれ王国時代の言語が残っており、四つほどある属国もそのどれかの言語が使われている。
皇女としてバルカタル語と三つの言語、隣国のカルバル語、サタール語を話せるツバキもすべての単語を覚えているわけではないので、帰国してから辞書を片っ端から調べてみたが、ティデェンという単語は載っていなかった。
「空耳じゃないの?」
「何度も頭の中に響いてきたもの。エレノイア姉様は精霊に遊ばれたんじゃないかっておっしゃってたけど」
「精霊? 最近は見えるやついないだろ。俺ももう見えないし」
「昔は見えてたの?」
「何百年か前はね」
「へえ。どんな精霊がいたの?」
「どんなって、いろいろだよ。人っぽいのもいるし、魚っぽいのも鳥っぽいのもいる。何言ってるのかわかんねーからしゃべったことはないよ」
「言葉が違うの?」
「そりゃそうだろ。あいつらは人間に興味ないから」
「そうなんだ……」
精霊の言葉かもしれないと考えたツバキは、司書へお願いして精霊関係の本を持ってきてもらったが、言語について書かれたものはなかった。昔確実にいたというのに、どの本も似たような伝説ばかりで生態についての資料がない。伝説であり、明確な歴史として残っていない。
「なんか変よねえ」
不満げな声をあげると、ドアの近くに控えていた司書がもじもじしていたので発言の許可を与える。
五十代くらいのひょろ長い男性司書は恭しく頭を垂れながら口を開いた。
「恐れながら、精霊に関しては三百年前にほとんどの資料が失われました。現在自由に閲覧できる本はそれだけでございます」
「三百年前? 何があったの?」
司書は皇族と話すのが緊張するのか、額の汗を服の袖で何度も何度もぬぐう。
「お、恐れながら、わたくしではわかりかねます」
わかりかねますと言いながら、何か言いたそうにもじもじしている。
「何か知っていたら教えてちょうだい」
「ひぇっ」
普通に話しているのに怯えられてしまった。ツバキはそんなに怖い顔してるかしらと頬をさする。
「わ、わたくしではお答えできません。畏れ多くてとてもとても」
司書は大量の汗を袖で拭きながらチラチラこちらを盗み見る。知っていることは言いたくて仕方ないようだ。
ツバキは言いたいが言えないことは何かと考え、一つ思いつく。
「精霊と言えば、かなり昔に精霊信仰が帝国内で禁止されたらしいけれど、それかしら」
「ひええ。そ、そこまでご存知でしたら隠すことなどできません。そうですそうです、三百年前、当時の皇帝が精霊信仰の禁教令を布いたときに、館内の精霊に関する本をすべて燃やしました」
司書は不自然に「すべて」を強調した。この数分で彼の性格を把握したツバキは、彼が言いやすいように質問してやる。
「さっき、自由に閲覧できるものはって言ったわよね。そうじゃない本なら残っているの?」
「ひえっ」
言いたいくせにいちいち怯えるのは腑に落ちないが、それで答えをくれるなら我慢しようと柔らかい笑みで待つ。
司書はもう片方の袖で汗を拭き始めた。
「と、特別蔵書室にあと一冊ございます。申請書を提出していただいて、許可されれば司書立ち合いで閲覧可能となります」
「そんなに厳重なのね。許可されるまでに何日かかるの?」
「通常三日以内ですが、本の内容により延びる場合もございます。申請なさいますか?」
「そうね……」
三日もかかる上に監視付きでないと見られないのは面倒だ。
と、すれば。
ツバキはカオウと目が合い、にこりと笑う。いや、ニヤリと悪い顔をした。
二人の表情に脂汗を流すトキツ。予想できるだけ、トキツはすっかり二人の思考回路に慣れてきたと言える。
ツバキは丁寧に礼を言って袖が汗まみれになった司書を下がらせると、館内図で特別蔵書室を探した。
「トキツさんはどうする?」
「もちろん行くよ」
下手にカオウと二人きりにしたら色んな人から怒られてしまう。
ツバキはカオウと手を繋ぎ、トキツとギジーは彼の腕につかまると、全員一斉に目的地へ消えた。
ツバキは数羽の一つ目蝙蝠が記憶した各州の景色を眺めつつ、一ヶ月の休暇の予定をウキウキと書き出していた。
皇族専用の部屋に入るなんて畏れ多いと部屋のすみに座っていたトキツだったが、それでは再びカオウとツバキが二人の世界を作りかねないので、現在はツバキの対面の席に座っている。
「エイラトの温泉も気持ちよかったのよ。カオウは温泉入ったことある?」
「えー。興味ないなあ。それよりイリウムにある闘技場行こうぜ」
「またそんな物騒な。……でもせっかくだから行ってみようか」
ツバキは三週目にその予定を書き込んだ。トキツがよくよく見れば、予定表はカオウの希望が多く反映されている。やりたがっていたチハヤの店で働くという項目の上には二重線が引いてあった。
不思議に思いツバキへ聞こうと顔を上げると、ツバキは「そういえば」と勢いよくカオウに向き直った。
「温泉に入ってるとき、変な言葉が聞こえたの」
「変な言葉?」
「そう。よく聞き取れなかったんだけど、ティデェン……とか、なんとか」
「ティデェン? どこの言葉?」
「それがわからないの」
バルカタル帝国の公用語はバルカタル語だが、セイフォン、ケデウム、エイラトはそれぞれ王国時代の言語が残っており、四つほどある属国もそのどれかの言語が使われている。
皇女としてバルカタル語と三つの言語、隣国のカルバル語、サタール語を話せるツバキもすべての単語を覚えているわけではないので、帰国してから辞書を片っ端から調べてみたが、ティデェンという単語は載っていなかった。
「空耳じゃないの?」
「何度も頭の中に響いてきたもの。エレノイア姉様は精霊に遊ばれたんじゃないかっておっしゃってたけど」
「精霊? 最近は見えるやついないだろ。俺ももう見えないし」
「昔は見えてたの?」
「何百年か前はね」
「へえ。どんな精霊がいたの?」
「どんなって、いろいろだよ。人っぽいのもいるし、魚っぽいのも鳥っぽいのもいる。何言ってるのかわかんねーからしゃべったことはないよ」
「言葉が違うの?」
「そりゃそうだろ。あいつらは人間に興味ないから」
「そうなんだ……」
精霊の言葉かもしれないと考えたツバキは、司書へお願いして精霊関係の本を持ってきてもらったが、言語について書かれたものはなかった。昔確実にいたというのに、どの本も似たような伝説ばかりで生態についての資料がない。伝説であり、明確な歴史として残っていない。
「なんか変よねえ」
不満げな声をあげると、ドアの近くに控えていた司書がもじもじしていたので発言の許可を与える。
五十代くらいのひょろ長い男性司書は恭しく頭を垂れながら口を開いた。
「恐れながら、精霊に関しては三百年前にほとんどの資料が失われました。現在自由に閲覧できる本はそれだけでございます」
「三百年前? 何があったの?」
司書は皇族と話すのが緊張するのか、額の汗を服の袖で何度も何度もぬぐう。
「お、恐れながら、わたくしではわかりかねます」
わかりかねますと言いながら、何か言いたそうにもじもじしている。
「何か知っていたら教えてちょうだい」
「ひぇっ」
普通に話しているのに怯えられてしまった。ツバキはそんなに怖い顔してるかしらと頬をさする。
「わ、わたくしではお答えできません。畏れ多くてとてもとても」
司書は大量の汗を袖で拭きながらチラチラこちらを盗み見る。知っていることは言いたくて仕方ないようだ。
ツバキは言いたいが言えないことは何かと考え、一つ思いつく。
「精霊と言えば、かなり昔に精霊信仰が帝国内で禁止されたらしいけれど、それかしら」
「ひええ。そ、そこまでご存知でしたら隠すことなどできません。そうですそうです、三百年前、当時の皇帝が精霊信仰の禁教令を布いたときに、館内の精霊に関する本をすべて燃やしました」
司書は不自然に「すべて」を強調した。この数分で彼の性格を把握したツバキは、彼が言いやすいように質問してやる。
「さっき、自由に閲覧できるものはって言ったわよね。そうじゃない本なら残っているの?」
「ひえっ」
言いたいくせにいちいち怯えるのは腑に落ちないが、それで答えをくれるなら我慢しようと柔らかい笑みで待つ。
司書はもう片方の袖で汗を拭き始めた。
「と、特別蔵書室にあと一冊ございます。申請書を提出していただいて、許可されれば司書立ち合いで閲覧可能となります」
「そんなに厳重なのね。許可されるまでに何日かかるの?」
「通常三日以内ですが、本の内容により延びる場合もございます。申請なさいますか?」
「そうね……」
三日もかかる上に監視付きでないと見られないのは面倒だ。
と、すれば。
ツバキはカオウと目が合い、にこりと笑う。いや、ニヤリと悪い顔をした。
二人の表情に脂汗を流すトキツ。予想できるだけ、トキツはすっかり二人の思考回路に慣れてきたと言える。
ツバキは丁寧に礼を言って袖が汗まみれになった司書を下がらせると、館内図で特別蔵書室を探した。
「トキツさんはどうする?」
「もちろん行くよ」
下手にカオウと二人きりにしたら色んな人から怒られてしまう。
ツバキはカオウと手を繋ぎ、トキツとギジーは彼の腕につかまると、全員一斉に目的地へ消えた。
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