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残念ながら

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 平民の教育は貴族のように義務ではない。しかし教育に力を入れているエイラトでは平民でもほぼ全員が中等部まで通っている。そしてその中で優秀な者が高等部、大学へと進み、ほんの一握りの者が文官となれる。エイラトは他州より多く平民出身の文官を輩出していた。

 今年十六歳になったアフランは高等部の年齢だが、ロナロでは初等部相当の教育しか受けられなかったため、特別学校(個人の学力に合わせて教えてもらえ、時間も融通が利く)へ通っている。飲み込みが早いので面倒見のいい先生が駆け足で教えてくれており、再来年には高等部卒業資格をもらい、大学へ行きたいと考えていた。

 そして文官を目指していたのだが、文官になるにもバルカタル帝国では魔力が重視される。魔力の低いアフランが文官になるにはそれを補うほどの優れた何かがなければならない。
 コネもお金も才能もないアフランには高い壁のように感じていた。
 昨日は霊力があるとわかったが、それでも、精霊信仰は貴族には異端だ。疎まれこそすれ、強みにはならないだろう。

(やっぱり文官になるのは諦めるべきかな)

 そんなことを考えながら学校を午前中で切り上げたアフランは、自分の目が信じられず頬をつねった。昨日の緊張感はどこへやら、店の前では呑気な光景が広がっていたのだ。

「ふんわりとろ~りチーズパンはいかがですかー」

 両耳の下で髪を縛り大きめのリボンをつけた美少女が、道行く人にパンの試食を勧めている。動くとピンク色のエプロンの裾がふわりと可愛らしく揺れ、満面の笑みで迎えてくれるものだから、男女問わず大勢の客が引き寄せられていた。

(あれって、皇女様だよね……?)

 まさか叔母さんが皇女と知らずに働かせた?と焦り裏口から店に入る。
 忙しなくレジの対応をする叔母夫婦が上機嫌で迎えてくれた。

「お帰りアフラン。あなたの友達すごいわねえ。ちょっと外に立ったらあれよあれよと言う間に人だかりができたの。今日は早々に完売しそうよ」
「まさか無理矢理立たせたんですか?」
「あの子が自分から手伝うって言ってくれたのよ」

 それにしても……とアフランは店の外で元気よく呼び掛ける皇女へ目を向ける。
 バルカタルという強大な帝国の皇女が気さくに平民に話しかけ、敬語を使い、頭まで下げていた。誰かが失礼なことをして不興を買わないかそわそわして仕方ない。
 やめさせるべきかと狼狽していると、諦めの境地に達した顔のトキツに呼び止められた。

「迷惑じゃなければ好きにさせてやって」
「迷惑ではありませんけど……。あのう。あの方、本当に皇女様なんでしょうか?」
「残念ながら」
「はあ。ツバキ様って病弱で儚いって聞いていたんですが」
「……だよなあ」

 哀愁漂う表情を浮かべるトキツ。彼は本人と出会うまで、第三皇女セイレティアは魔力が低く病弱な深窓の令嬢だと思い込んでいた。

「カオウさんとギジーさんは?」
「ギジーは俺の肩に乗ってる。カオウも姿消してどこかにいる」

 アフランはトキツの肩を見るが何も見えない。そっと肩の少し上あたりに手を伸ばすと柔らかい何かにあたり、『おっおい。そんなとこ触るなよぅ』とくすぐったがる小さな声が聞こえた。

「あっ。すみません。本当にいるんですね。カオウさんも本当に魔物だったんですね。どこにいるんでしょう」
「さあ。ツバキちゃんの近くにいると思うけど」

 ツバキは心底楽しそうに通りすがりのおばあさんと話していた。試食した人を店内へ誘導するのも忘れない。ツバキの周りにカオウはいるはずだとトキツが注意深く観察していると、男性がツバキの肩に触れようとした。しかし男性の手が見えない何かに阻まれる。男性は不思議そうに自分の手を見て、また肩に触れようとしたら今度は体が後ろによろけた。
 それで確信する。カオウはツバキの真後ろにいる。守るように。
 トキツは内心ため息を漏らした。以前カオウはツバキが他の人を選んだら諦めると言っていたが、あんなに過保護で本当に諦められるのだろうか。

(無理だろうな)

 きっと連れ去ってしまう。
 そもそも、陛下もそれを見越してギジーの透視能力を持つトキツを雇ったのではないかとさえ思う。
 損な役回りだなとトキツは自嘲した。
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