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ふたりだけの世界
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耳をふさいで目を瞑り、音と衝撃波が收まるのを待って、ツバキは恐る恐る目を開けた。
守ってくれたカオウの腕の中からプハっと顔を出す。
まだ水の中だった。照明代わりだった水の精霊がいなくなったため薄気味悪いほどの闇。
周囲に生き物の気配はない。
不思議と息もできるので、水の精霊の領域内ではあるらしいが。
しんと静まりかえる水中は不気味で、いつ息ができなくなるかという不安に飲み込まれそうだった。泳げないのに水の中にいるというありえない状況に、今更ながら恐怖を覚える。
「ツバキ」
ツバキを抱きしめていたカオウの腕に力が入る。
「ちょっと震えてる。怖い? 寒い?」
「何にも見えないから、ちょっと怖い」
「空間の中に懐中灯入ってたかも。ちょっと離れて」
言われて左手だけ繋いで離れる。
暗くてツバキには見えていないが、今カオウは顔と右腕だけ空間の中に入っていた。最近入れた物なら手探りで取り出せるが、昔の物は顔も突っ込まないと探しだせない。何百年と貯め込んだ雑多な物をかきのける。
「あった」
懐中灯は魔力を当てると光る、もしくは燃える鉱石を筒状の透明な容器に入れたものだ。この鉱石は淡いオレンジ色の光だった。灯すとちょうど二人の胸から上が見えるほどの明るさになったので、手放して水中にゆらゆら浮かべる。
カオウの顔が見えて、ツバキは心底ほっとした。
「トキツさんとアフランは無事かしら」
「さあな。ツバキ、全力出しすぎ」
苦笑され、しょうがないでしょと頬を膨らませる。
「試されてると思ったから、加減なんてできないわ。こうなるなんて思いもしなかったし」
「試されてた?」
「たぶん。カンだったけど、まだ息ができるってことは正解ってことかな。それよりカオウは怪我ない?」
ツバキは身を呈して守ってくれた彼に怪我がないか確かめ、背中を見て慌てた。
「服がボロボロじゃない! 血もついてる!! 大丈夫!?」
「衝撃でちょっと切っただけ。ツバキが魔力くれたからすぐ治った。むしろくれすぎて絶好調」
そう言って機嫌よくツバキの頭にキスを落とした。
「…………」
ツバキは頬を染め少し非難めいた上目遣いでその箇所を撫でる。
予想外に照れられて面食らい、照れが伝染するカオウ。赤面しつつ口を尖らせる。
「な、なんだよ。それくらいなら昔からやってただろ」
「昔は、でしょ。もっと小さいころ」
「昔でもなんでも、してたんだからいいじゃん」
「良くない!」
「なんで」
カオウはツバキの頬に手を添えて、意地悪い笑みを浮かべた。
「ドキドキするから?」
「……違うから!」
ツバキは再びカオウの腕の中に隠れるように顔を伏せた。
(本当に、困る)
ツバキはいつも通り接していきたいが、カオウはそれを許してくれない。わざと心をざわつかせる。ツバキに寄り添って、包んで、時々乱して、自分の気持ちに手繰り寄せそうとする。
そうされてもツバキには応えられない。
かといって、はっきり拒絶することもできないでいる。
(私は……ずるい)
カオウがまっすく想いを伝えてくれるほど、自分が穢れていく気がした。
「ツバキ? まだ怖いの?」
背中をさすってくれる大きな手。
昔はなんの躊躇もなく抱き着いていたが、今は体の横より後ろには両手を伸ばせなかった。
カオウは黙り込んでしまったツバキの頭を撫でる。
「大丈夫?」
「……うん」
何かを耐えているようなツバキの声。
カオウはツバキを少し抱き上げて、頭を撫でながら再び髪に口づけた。
次は額に、続いてこめかみに。
ツバキの体が緊張で強張る。
「カ、カオウ。それやめて」
「瞬間移動しちゃだめだよ。今されたら見つけられない」
「それなら、やめてよ」
「やめない。好きなだけドキドキしてて。そうしたら恐怖なんて感じないだろ」
固く目を閉じるツバキの瞼に、頬に、耳に、肩に。
優しく触れるだけのキスの雨。
心もとないオレンジ色の光の中にいる二人以外、何も、誰も見えない空間はカオウにとって心地いい以外の何物でもなかった。
こんなに二人きりになれたのはいつぶりだろう。
途方もなく長い人生の中で、ツバキといた幸福な時間があった証をもっともっと記憶に刻みたかった。
しかしそれも、やはり長くは続かない。
カオウは内心舌打ちしながらキスをやめ、前方を冷たく見据えた。
守ってくれたカオウの腕の中からプハっと顔を出す。
まだ水の中だった。照明代わりだった水の精霊がいなくなったため薄気味悪いほどの闇。
周囲に生き物の気配はない。
不思議と息もできるので、水の精霊の領域内ではあるらしいが。
しんと静まりかえる水中は不気味で、いつ息ができなくなるかという不安に飲み込まれそうだった。泳げないのに水の中にいるというありえない状況に、今更ながら恐怖を覚える。
「ツバキ」
ツバキを抱きしめていたカオウの腕に力が入る。
「ちょっと震えてる。怖い? 寒い?」
「何にも見えないから、ちょっと怖い」
「空間の中に懐中灯入ってたかも。ちょっと離れて」
言われて左手だけ繋いで離れる。
暗くてツバキには見えていないが、今カオウは顔と右腕だけ空間の中に入っていた。最近入れた物なら手探りで取り出せるが、昔の物は顔も突っ込まないと探しだせない。何百年と貯め込んだ雑多な物をかきのける。
「あった」
懐中灯は魔力を当てると光る、もしくは燃える鉱石を筒状の透明な容器に入れたものだ。この鉱石は淡いオレンジ色の光だった。灯すとちょうど二人の胸から上が見えるほどの明るさになったので、手放して水中にゆらゆら浮かべる。
カオウの顔が見えて、ツバキは心底ほっとした。
「トキツさんとアフランは無事かしら」
「さあな。ツバキ、全力出しすぎ」
苦笑され、しょうがないでしょと頬を膨らませる。
「試されてると思ったから、加減なんてできないわ。こうなるなんて思いもしなかったし」
「試されてた?」
「たぶん。カンだったけど、まだ息ができるってことは正解ってことかな。それよりカオウは怪我ない?」
ツバキは身を呈して守ってくれた彼に怪我がないか確かめ、背中を見て慌てた。
「服がボロボロじゃない! 血もついてる!! 大丈夫!?」
「衝撃でちょっと切っただけ。ツバキが魔力くれたからすぐ治った。むしろくれすぎて絶好調」
そう言って機嫌よくツバキの頭にキスを落とした。
「…………」
ツバキは頬を染め少し非難めいた上目遣いでその箇所を撫でる。
予想外に照れられて面食らい、照れが伝染するカオウ。赤面しつつ口を尖らせる。
「な、なんだよ。それくらいなら昔からやってただろ」
「昔は、でしょ。もっと小さいころ」
「昔でもなんでも、してたんだからいいじゃん」
「良くない!」
「なんで」
カオウはツバキの頬に手を添えて、意地悪い笑みを浮かべた。
「ドキドキするから?」
「……違うから!」
ツバキは再びカオウの腕の中に隠れるように顔を伏せた。
(本当に、困る)
ツバキはいつも通り接していきたいが、カオウはそれを許してくれない。わざと心をざわつかせる。ツバキに寄り添って、包んで、時々乱して、自分の気持ちに手繰り寄せそうとする。
そうされてもツバキには応えられない。
かといって、はっきり拒絶することもできないでいる。
(私は……ずるい)
カオウがまっすく想いを伝えてくれるほど、自分が穢れていく気がした。
「ツバキ? まだ怖いの?」
背中をさすってくれる大きな手。
昔はなんの躊躇もなく抱き着いていたが、今は体の横より後ろには両手を伸ばせなかった。
カオウは黙り込んでしまったツバキの頭を撫でる。
「大丈夫?」
「……うん」
何かを耐えているようなツバキの声。
カオウはツバキを少し抱き上げて、頭を撫でながら再び髪に口づけた。
次は額に、続いてこめかみに。
ツバキの体が緊張で強張る。
「カ、カオウ。それやめて」
「瞬間移動しちゃだめだよ。今されたら見つけられない」
「それなら、やめてよ」
「やめない。好きなだけドキドキしてて。そうしたら恐怖なんて感じないだろ」
固く目を閉じるツバキの瞼に、頬に、耳に、肩に。
優しく触れるだけのキスの雨。
心もとないオレンジ色の光の中にいる二人以外、何も、誰も見えない空間はカオウにとって心地いい以外の何物でもなかった。
こんなに二人きりになれたのはいつぶりだろう。
途方もなく長い人生の中で、ツバキといた幸福な時間があった証をもっともっと記憶に刻みたかった。
しかしそれも、やはり長くは続かない。
カオウは内心舌打ちしながらキスをやめ、前方を冷たく見据えた。
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