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戻らない時間 3
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人気のない暗い路地で、提灯の明かりを受けた金色の髪が妖しく輝く。
カオウはツバキを背にかばいレオへ鋭い眼光を向けていた。
脱皮する前のカオウしか知らないレオは目をこらす。
「誰だ?」
カオウに気付かれる前に肩を隠して立ち上がったツバキは、彼の背に隠れるというより、今にもレオへ飛び掛かろうとするカオウを引き留めるように腕につかまった。
「私の授印よ。脱皮して成長したの。蛇の魔物だから」
「は!?こいつがあの時のガキ?……でかくなりすぎだろ」
ぽかんとするレオ。前回は胸のあたりだったのが三ヶ月ほどで同じ目線になっているのだから驚くのも無理はない。
「ツバキ。なんでこいつがいるんだ。しかも二人きりで」
いつもより低く冷たいカオウの声。彼が怒るのも、無理はない。
「何かされた?」
「大丈夫だから」
「よくない」
怒気が強くなっていく。刺すような不穏な空気が流れ、近くにいた猫やら鼠やらの小動物や下級魔物が逃げ出していった。
「こいつだろ、ツバキを連れ去ろうとしてるやつって」
「ははは。敵意ムキだし」
「なんだよお前」
レオの挑発にのったカオウが殴りかかりそうになり、慌ててツバキは腕を引っ張る。
「カオウ、もういいから。帰ろう」
ツバキは懇願するようにカオウに縋りつくが、カオウの意識はレオに向いていた。
レオも早く立ち去ればいいのに、面白がっているのかその気配はない。何かを思い出して口を開く。
「そうだツバキ。こいつはサタールの王子のこと知っているのか?」
「…………え?」
予想だにしていなかった名前が出て狼狽える。
「婚約したと聞いたぞ。一先ずおめでとうと言っておく」
どうせ連れ去るけどな、というレオの言葉はツバキの耳に届かなかった。
その話は機密事項だった。帝都の政務官の中でも極一部しか知らないはず。だがそれを彼が知っている理由よりも何よりも、ツバキの頭はカオウに知られてしまった事実に支配されていた。
彼を掴む手が震え、顔を上げられない。
「何それ。婚約って、誰が」
困惑したカオウの声が頭上で響く。
頭が働かなくなったツバキに代わって、レオが答えた。
「ツバキと、サタール国のシルヴァン王子だよ」
「なんだよそれ。俺何も聞いてない」
「同盟のための結婚だ。正直、なぜバルカタルという大国がサタールなんて小国と同盟を結ぶ必要があるのか不思議でならないが、何か面白い理由でもあるのかな」
動揺しているカオウとは対照的に、レオは至極落ち着いていた。ツバキの反応で情報が正しいとわかり満足しているようだった。
カオウはツバキに向き直り、両肩を掴む。
「本当に?ツバキ」
「………………」
「相手決まってないんじゃなかったのか?」
「………………」
「なあ! 答えろよ!!」
両肩を掴む力が強くなる。
なおも顔が上げられないツバキは、うつむいたまま答えた。
「…………本当よ」
か細く、自分の声ではないみたいだった。
数秒の静寂。
掴まれた肩の痛みに無言で耐える。
「いつ決まった?」
「…………一ヶ月前」
「そんな前から隠してたんだ。俺なにも知らないで。バカみてえ」
ふっと体が浮いて、柔らかい場所へ放り投げられた。
宿のベッドの上だった。
カオウがツバキに跨り、顔の横に両手をつく。
自然と顔が向かい合ったが、部屋は暗くてカオウの表情は見えなかった。
「なんで黙ってた」
「口止めされていたから」
「そいつのことが好きなのか?」
「そういう問題じゃない。皇女として誰かと結婚するって前から決まっていたでしょう」
「断れよ」
「無理よ」
「バルカタルの皇女なら断れるだろ」
「そんなわけにいかない。わかるでしょ」
「わかんねえよ」
わかりたくもねえよ、と吐き捨てて下唇を噛む。
外を漂う提灯の明かりが一瞬だけカオウの顔を浮かび上がらせた。
濃くぎらつく金色の眼、蛇のように縦長になった瞳孔、口から覗く牙。ここまで憤怒の形相になったカオウは初めてだった。ツバキはまさに蛇に睨まれた蛙のように全身が震え出す。
「…………っ!」
ベッドに肘をついたカオウに唇を塞がれた。舌を強引に入れて貪るように絡めてくる。恐怖からなのか罪悪感からなのか、ツバキは抵抗できなかった。浴衣の下に着ていた筒形の服の下から背中を撫で上げられ、ビクッとのけぞる。
唇を離すときの湿った音と二人の息遣いがカオウをさらに刺激する。
「……あっ……カオウ……!」
カオウの左手がツバキの浴衣の襟を引っ張った。大きくはだけて、魔力を吸おうと右肩を目にした途端、カオウの動きが止まる。
「なんだよ……これ……」
声を震わせて印がある右肩をグッと掴む。そこには歯形が残っていた。
「あいつに触らせたのか!?」
怒鳴りつけられ、ツバキがビクッと怯える。
「二人で隠れて会ってこんなことしてたわけ?」
「ち、違う。偶然見かけたから、リタについて知っているか聞いていたの」
「情報をくれるためならこんなことさせるんだ、ツバキは」
「違うわ!」
「違わないだろ。……信じらんねえよ」
雫が一滴ツバキの頬に落ちた。
「……カオウ?」
カオウは体を起こしてツバキから離れる。
「お前はもう俺のこと必要ないんだな」
ドクンとツバキの心臓が大きく跳ねた。体が震えている。激昂したカオウへの恐怖ではなく、恐れていたことが起きようとしている不安で。
「……そ……それって……どういう……」
曖昧な問いに返ってくる答えはない。
暗闇に再び提灯の明かりが舞い込む。
「カオウ?」
明かりに照らされるはずの姿は既になかった。
カオウはツバキを背にかばいレオへ鋭い眼光を向けていた。
脱皮する前のカオウしか知らないレオは目をこらす。
「誰だ?」
カオウに気付かれる前に肩を隠して立ち上がったツバキは、彼の背に隠れるというより、今にもレオへ飛び掛かろうとするカオウを引き留めるように腕につかまった。
「私の授印よ。脱皮して成長したの。蛇の魔物だから」
「は!?こいつがあの時のガキ?……でかくなりすぎだろ」
ぽかんとするレオ。前回は胸のあたりだったのが三ヶ月ほどで同じ目線になっているのだから驚くのも無理はない。
「ツバキ。なんでこいつがいるんだ。しかも二人きりで」
いつもより低く冷たいカオウの声。彼が怒るのも、無理はない。
「何かされた?」
「大丈夫だから」
「よくない」
怒気が強くなっていく。刺すような不穏な空気が流れ、近くにいた猫やら鼠やらの小動物や下級魔物が逃げ出していった。
「こいつだろ、ツバキを連れ去ろうとしてるやつって」
「ははは。敵意ムキだし」
「なんだよお前」
レオの挑発にのったカオウが殴りかかりそうになり、慌ててツバキは腕を引っ張る。
「カオウ、もういいから。帰ろう」
ツバキは懇願するようにカオウに縋りつくが、カオウの意識はレオに向いていた。
レオも早く立ち去ればいいのに、面白がっているのかその気配はない。何かを思い出して口を開く。
「そうだツバキ。こいつはサタールの王子のこと知っているのか?」
「…………え?」
予想だにしていなかった名前が出て狼狽える。
「婚約したと聞いたぞ。一先ずおめでとうと言っておく」
どうせ連れ去るけどな、というレオの言葉はツバキの耳に届かなかった。
その話は機密事項だった。帝都の政務官の中でも極一部しか知らないはず。だがそれを彼が知っている理由よりも何よりも、ツバキの頭はカオウに知られてしまった事実に支配されていた。
彼を掴む手が震え、顔を上げられない。
「何それ。婚約って、誰が」
困惑したカオウの声が頭上で響く。
頭が働かなくなったツバキに代わって、レオが答えた。
「ツバキと、サタール国のシルヴァン王子だよ」
「なんだよそれ。俺何も聞いてない」
「同盟のための結婚だ。正直、なぜバルカタルという大国がサタールなんて小国と同盟を結ぶ必要があるのか不思議でならないが、何か面白い理由でもあるのかな」
動揺しているカオウとは対照的に、レオは至極落ち着いていた。ツバキの反応で情報が正しいとわかり満足しているようだった。
カオウはツバキに向き直り、両肩を掴む。
「本当に?ツバキ」
「………………」
「相手決まってないんじゃなかったのか?」
「………………」
「なあ! 答えろよ!!」
両肩を掴む力が強くなる。
なおも顔が上げられないツバキは、うつむいたまま答えた。
「…………本当よ」
か細く、自分の声ではないみたいだった。
数秒の静寂。
掴まれた肩の痛みに無言で耐える。
「いつ決まった?」
「…………一ヶ月前」
「そんな前から隠してたんだ。俺なにも知らないで。バカみてえ」
ふっと体が浮いて、柔らかい場所へ放り投げられた。
宿のベッドの上だった。
カオウがツバキに跨り、顔の横に両手をつく。
自然と顔が向かい合ったが、部屋は暗くてカオウの表情は見えなかった。
「なんで黙ってた」
「口止めされていたから」
「そいつのことが好きなのか?」
「そういう問題じゃない。皇女として誰かと結婚するって前から決まっていたでしょう」
「断れよ」
「無理よ」
「バルカタルの皇女なら断れるだろ」
「そんなわけにいかない。わかるでしょ」
「わかんねえよ」
わかりたくもねえよ、と吐き捨てて下唇を噛む。
外を漂う提灯の明かりが一瞬だけカオウの顔を浮かび上がらせた。
濃くぎらつく金色の眼、蛇のように縦長になった瞳孔、口から覗く牙。ここまで憤怒の形相になったカオウは初めてだった。ツバキはまさに蛇に睨まれた蛙のように全身が震え出す。
「…………っ!」
ベッドに肘をついたカオウに唇を塞がれた。舌を強引に入れて貪るように絡めてくる。恐怖からなのか罪悪感からなのか、ツバキは抵抗できなかった。浴衣の下に着ていた筒形の服の下から背中を撫で上げられ、ビクッとのけぞる。
唇を離すときの湿った音と二人の息遣いがカオウをさらに刺激する。
「……あっ……カオウ……!」
カオウの左手がツバキの浴衣の襟を引っ張った。大きくはだけて、魔力を吸おうと右肩を目にした途端、カオウの動きが止まる。
「なんだよ……これ……」
声を震わせて印がある右肩をグッと掴む。そこには歯形が残っていた。
「あいつに触らせたのか!?」
怒鳴りつけられ、ツバキがビクッと怯える。
「二人で隠れて会ってこんなことしてたわけ?」
「ち、違う。偶然見かけたから、リタについて知っているか聞いていたの」
「情報をくれるためならこんなことさせるんだ、ツバキは」
「違うわ!」
「違わないだろ。……信じらんねえよ」
雫が一滴ツバキの頬に落ちた。
「……カオウ?」
カオウは体を起こしてツバキから離れる。
「お前はもう俺のこと必要ないんだな」
ドクンとツバキの心臓が大きく跳ねた。体が震えている。激昂したカオウへの恐怖ではなく、恐れていたことが起きようとしている不安で。
「……そ……それって……どういう……」
曖昧な問いに返ってくる答えはない。
暗闇に再び提灯の明かりが舞い込む。
「カオウ?」
明かりに照らされるはずの姿は既になかった。
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