上 下
83 / 486
第三章:滅ぼす者と、領域者との出会い

082:封印されしもの

しおりを挟む
「何だアレは……胸の中に人……か?」

 アンデッドの骨の中にある胸の部分には、人のような物を内包する卵のような薄皮があり、薄皮のせいでぼやけているが、そこからこちらをジっと見つめる者が居るのが分かる。
 
「ナ、なんじゃ~? ここは何処じゃ? って、こやつはボンミーア! 何故ボンミーアがこんな姿で私を守っているんだ??」
「……えっと、お宅は誰だい? オレ、ナガレ、ココノアルジ」

 なぜか他種族と初邂逅の時は「誇りある部族語」になる流は、とりあえず自己紹介した。

「お? おおう? あたくしはバンパイアの王にして夜を統べる者。常闇の真祖、ファルミア・ド・アリスであ~る! 頭が高い、控えおろう!」
「お前が控えなさい。無礼な羽娘は滅しましょう古廻様」
「まてまて、で。そのファなんちゃら様はどうしてこんな場所に?」
「いや、私も全く分からないんだよね……って無礼者め! まあいい」
「いいのかよ! まあ何だ、お前はウチの地下室に肉の塊を置いた覚えは?」
「全くないの。それどころか肉ってなんぞや?」

 話が全くかみ合わない自称夜の王に頭を悩ませていると、〆がすっと前に出て来る。

「面倒だから滅しなさい、《八葉富岳ノ七式・炎神柱》」

 いきなり〆が広範囲焼却術を結界障壁込みで打ち込む。
 その様子に流は悲鳴のように叫びながら、〆に問い詰める。

「ちょ、〆お前何をってやってる! 俺達も焼け死ぬぅぅって言うか窒息死するぅぅ」
「大丈夫でございますよ、ほら。結界障壁があるからこちらへは来ませんよ?」
「ほんとだ……って、吸血娘はどうした!?」

 見ると肉塊はあっと言う間に灰となっており、何も無いように思われたが、骨の塊はそこにあった。

「い、い、いきなり何をするのー!? 可憐な体が燃え尽きてしまうかと思ったじゃないのさ!」

 こちらからは良く見えないが、バンパイアの真祖が、薄皮の中から涙目になっているような感じの声で叫んでいた。その声は実に哀れである。

「おお!? 生きてるぞ、凄い生命力だな! そして何故空気がある……」
「……古廻様、これは違いますね。とても高レベルな結界を張っているようです。それも封印クラスの物ですね」

 流と〆は真祖であるアリスに近づくと、烈火の如くお怒りだった。燃やされただけに……。

「お前達! 許さぬぞ!? あたくしをここから出すのだ!!」
「そうは言ってもなぁ。〆のあの恐ろしい威力の炎ですら無傷なんだぞ? 俺にはどうしようもないな」
「…………これ、は……そこの羽虫娘、一つ答えなさい」
「な、なんじゃあ? あたくしは食べても美味しくないぞ、多分!」
「おまえは伊弉冉イザナミと言う名前に憶えがあるはず、そうですね?」

 アリスはハッと息を呑む。

「知っているも何も、あたくしの育ての親じゃ。お前こそ何故その名を知っているのじゃ?」
「彼女は私達の仲間だからですよ……遠い昔に離れ離れになってしまいましたが」
「そうなのか? 母は申しておったわ、二度とあちらには帰れないと思うと寂しい……とな。もしや、そなたらは母の居た世界から来たのかや?」
「ええ、そうなりますね。そしてその強固な結界は、彼女が張った物に相違ありません。術式に彼女の癖が色濃く出ていますのでね」

 そう言うと〆は、アリスの入っている卵のような薄皮を撫でる。

「なんだか母に撫でられているかのようじゃ……って、違う違う。それでここは何処なのじゃ? それに私が持っているこのぎょくは――って! 母上!? この玉から母上の命を感じるぞ!!」
「なんですって!? ………………本当だわ、微弱ながら伊弉冉の波動を感じる。一体どうしてそんな事に」

 〆は突然の変わり果てた、友人との再会に愕然としていた。
 状況が飲み込めない流は、二人のやり取りが一段落した事で話し始める。

「それで〆、この後どうするんだ?」
「もしお許しいただけるのなら、この無礼な羽虫娘を出してあげたいのですが……」
「まあそれは好きにしていいさ。友達なんだろう? 中の……その玉に入ってるかみは?」
「はい、大事な仲間でした。憚り者より命を賭けて、異界骨董屋さんを守った者です」
「なら是非もないな。アリスをそこから出してやってくれ」
「ありがとうございます古廻様。さて、どうやって封印を解除しましょうか……術式はかなり特殊な感じですね」

 〆は指先を光らせてあれこれと調べているが、よく分からない感じだった。
 そうこうしていると、屋敷の残敵掃討が終わったのか、壱と参も駆けつける。

「と、言う訳なんだよ壱衛門」
「壱:それは大変だったねぇ~。ならこれがあるんだ~。むーしーめーがーねー! これはねぇ虫を見るんや~って訳や。分かるかぁ、参よ? あの冷酷狐と違ってお前なら分かってくれると信じとる」
「フム。兄上、ここまでが様式美と言うものなのですか?」
「壱、でかした! 様式美を教え広めるのも僕達の役目ってやつやからな」

 二人と合流し、突如始まる様式美のレクチャーを流と壱は始める。
 流は疲れたのか座り、壱は肩に止まりながら快活に笑っているが、参と〆は呆れた顔をしていた。

「はぁ~古廻様。愚兄は捨て置いて、ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん? なにかあったか?」
「実は――」

 困った顔で〆は流へと現在判明した事を報告するのだった。
 一体何が? と流は思ったが、まずは黙って聞いてみる事にする。
しおりを挟む

処理中です...