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第七章:新たな力を求めるもの

252:三兄妹は前二話のタイトルを回収する

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 ――地下第九層は、冬のレジャー施設を作ろうと、参の肝煎りで作られたスキー場やワカサギ釣りを楽しむ湖が存在する。
 それらをまとめて管理する管理棟たるロッジがあり、その中や外で作業をしていた者もわずかに存在した。

 別名、白銀凍土とも呼ばれるこの場所は、その名も「お楽しみがいっぱい♪ それ行け冬のテーマパーク」と言う安易なネーミングだったが、今や静寂な地獄へと変貌していた。
 そこで働いていた者は全て「氷の彫像」と化しており、肉体はおろか魂までも凍てついているようだった。
 
「これは……数日前より酷くなっているか……」
「フム。もはや人が立ち入る事は不可能な領域に様変わりしていますな」

 そこに現れる執事が三名。その中からセバスが歩み出ると、壱と参へと報告する。

「壱様、参様、申し訳ございません。私共の力ではお嬢様を御諫おいさめめもかなわず、使用人を凍らせてしまいました……」
「いやいい、むしろ良くやってくれた。アレは俺達以外では止められないだろう」
「フム。三名とも無事でなによりですな、これより先は危険なので、凍り付いた者達を一まとめにし、三名の全力の結界で守りなさい。この階層から持ち出すのが一番良いのでしょうが、魂まで凍り付いたとなると、階層移動をしたら壊れるかもしれませんからな」
「承知いたしました」
「さて、問題はあそこか……」

 そして目的の人物、〆がいるであろう湖だった場所は、一面氷の大地に変貌していた。
 さらにその分厚い氷の上には、宮殿とも言える大きく荘厳な氷の建築物があり、訪問者を拒絶するように攻撃的な氷像がこちらを睨みつける。

「兄上、妹はあの中に?」
「ああ間違いない。数日前に来た時はあんな宮殿は無かったがな」
「フム。やれやれですな、まずはあの入り口を突破する事からですかな。いくら防衛拠点化されている場所とは言え、よくもここまで力を使いましたな」
「まったくだ。いくら『コトワリから外れている場所』とは言え、これは酷い。愚妹め……手間をかけさせる」

 宮殿の入り口には、全長十メートル程の氷の狐が二体左右に鎮座しており、その氷像の尾は生き物のように蠢いている。その数、左右ともに四尾で近づく者を威嚇いかくする。
 もしこの場所にジェニファーやヴァルファルドがいたら、氷像のあまりの威圧感に硬直するだろう。
 それでも奮起して、奇跡的に攻撃態勢に入ろうとすれば、瞬く間もなく細切れにされるか、氷漬けにされた後に塵にされる程の力量差があった。

 なにせ狐の氷像一体がこの世界基準で言えば、ドラゴン数頭にも及ぶ戦闘力を持っているのだから。

 その見るからに凶悪な狐の氷像へと、壱と参は何事も無いように近づいて行く。

「躾の悪い狐だ」

 何の警告も無しに左側の狐の氷像が四尾をしならせ、壱を囲むように攻撃する。
 あわや壱の頭部へ突き刺さると思えた刹那、同質量の透明な何かに四尾は粉々にされ、さらにはそのヒビを伝い、本体の氷像へ亀裂が走ると爆散してダイヤモンドダストになってしまう。

「フム、全く製作者に似て物騒な上に愚かですな」

 右の狐の氷像も同時に攻撃してきたが、こちらはさらにあっけなく沈黙する。
 四尾が攻撃モーションを行おうとすると、その体中に呪符が浮かび上がり、そのまま動けなくなる。

「さて行こうか」
「フム。そうですな」

 二人並んで歩き出し、今だ拘束中の狐の氷像の隣を歩き去る。
 それと同時に氷像は音も無く崩れ去ったのだった。

 正面の狐が彫刻された、巨大な氷の扉の前に立つと、二人で扉を片方ずつ押し開ける。
 開けた瞬間、奥からさらに厳しい冷気が吹き荒れ、その行く手を拒絶するように叩きつける。
 それが治まると、氷の宮殿の最奥に黄金の大きな獣が見え、それがとぐろを巻くように横たわっていた。
 壱と参はその大きな獣へ向けてさらに歩みを進めると、魂を鷲掴みにするような恐ろしい声で獣が話し始める。

『…………何の用です?』
「何のとは、随分な挨拶じゃないか妹よ」
「フム。そろそろお前にも立ち直ってもらわねばならん。と、思いましてな」
『余計なお世話です。ここは私と流様の神聖なる墓所、いくら兄上達とて無断で立ち入る事は許しません』
「無断も何も、お前が番狐を置いておくから聞く耳もないじゃないか」
「ですな、危うく怪我をするところでしたよ?」
『嘘を仰い。あの程度で、貴方達が怪我をするはずが無いじゃないですか』
「はっはっは。良く分かっているな妹よ。それでどうだ、我らも流様へ冥福を祈らせてはもらえないか?」
「フム。どうせ一人で泣いていたのだろう? それなら少しでも我らがいれば癒されようと言うもの」
『…………言いたい事はそれだけですか? 今は兄上方のくだらない話に付き合う気分ではありません。いい加減その口を閉じ、すぐに帰らないと…………魂を滅しますよ?』

 そう大きな黄金の四足獣、〆が言うと莫大な妖力がほとばしり、宮殿内を濃密な殺気で満たしきる。
 〆はおもむろに顔を上げると、とぐろを巻くように守っていた、流を安置した神々しい寝台から名残惜しそうに離れる。
 さらに殺気を濃密に具現化させながら、ゆっくりと立ち上がり、そのまま足音も無く宮殿の中心まで歩く。
 宮殿中に広まっていた殺意と言う名の妖力が収束し、巨大な九尾の狐が顕現けんげんした。

「やれやれだ、神聖な墓所に妖力とは恐れ入る」
「フム。やはりこうなりますかな。本当に出来の悪い妹だ」
『警告はしました。ならば…………愚かに散りなさい』

 それを見た壱と参も力を解放し、臨戦態勢へと移行する。
 ここにこの国を容易に滅ぼせるほどの、危険な戦力同士が対峙すると言う「この世の終わりのような絶望」が、トエトリーの地下深くで始まろうとしていた。
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