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第七章:新たな力を求めるもの
255:日光ではない刀照宮
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意識だけが抜け出た感覚で、流は過去と言うには程近い記憶を遡って見ていた。
それはあのコテージの一室から全ては始まった。
第十階層である地下十階、通称リゾートエリアのコテージの一つで、流は美琴を手に部屋の中央に立つ。
それを見守るように三兄妹をはじめ、鬼の夫婦がまさに鬼気迫る表情で見つめている。
さらには窓の外からは嵐影が覗き込み、廊下には執事達が待機していた。
「本当にやるんでっか……。古廻はん?」
「ああ、どうせ何時かはやらねばならないだろう? なら早い方がいいさ」
「フム……。しかし確実に安全性があるわけではありあませんし」
「それは何度も話し合ったろう? 大丈夫、俺と美琴ならやりきるさ。それに死ぬと言っても失敗したらだろう? 何と言うか根拠は無いが、俺を失っても成功する自信があるんだよね」
「ガキんちょ……。油断なく気をシッカリと持ち続けるがよ?」
「そして恐れないようにしな、きっと恐怖が襲って来るだろうからね」
「ああ分かったよ、アドバイスサンキューな」
そんなやり取りを〆はジッと見つめていた。
本心は今すぐにでもやめさせたい、しかしそれが流の願いならと、無茶を承知でこの場を設けたのだった。
そして、ついに……その時が来てしまう。
「さて、〆さんや。そろそろ始めようかね」
「……はい……。では古廻様。悲恋美琴をその手に持ち、円柱石を斬った時と同じように集中してください」
〆にそう言われ、流は悲恋美琴へ妖力と纏わせる事に集中する。
次第に妖力が美琴の刃先から〝じわり〟と広がり、最終的には刃の付け根である刃区まで広がる頃に「あの感覚」に襲われる。
意識はある。が、徐々に周りの景色がぼやけていき、音も光も何もかもが曖昧のうちに消えていく……。
自分が溶けたような感覚から、ふと気が付く。
流は日本にある古い井戸のような物の前に立っていた。その井戸が気になる、嫌な予感がするが、どうしても気になってしまう。
その欲求に耐え切れなくなり、流はその井戸の底を覗く。
――井戸の底にはジットリと貼り付く、圧倒的な質量がある虚無が其処に在った。
思わず覗いた事を流は後悔した。心底、本当に、やめておけばよかったと思う程に。
その理由は、「井戸の深淵からも誰かが流を覗き込んでいた」からだった。
ただ見ているのではない。一言で言えば「呪いそのもの」であり、人の負の感情が井戸の底に詰め込まれているかのような圧縮感と、閉塞感。
それを濃密に煮詰め、井戸の底に押し込めた存在が〝めぢゃっり〟と見つめて来る。
それは井戸の深淵から見つめる、心底不気味な女だった。
だがそれでも流は、一瞬たりとも不気味で、恐怖そのものとも言える、その女から目を背ける事が出来なかった。
「お、お前は誰だ!! なぜ井戸の底から俺を見つめる!?」
ひび割れた腕と、爪が剥がれた手で――
「…………何時も」
「何だと!?」
艶の無い老婆のような髪を振り乱し――
「…………いてくれるって……約束」
「誰なんだお前は!!!!」
目が窪み、眼球の無い瞳で睨みつけ――
「…………忘れてしまったの?」
そう女が恨みがましく呟くように流へと言うと、視界に新たな風景が生まれだす。
それは、町だった。しかし流が知っている現代日本の街並みではなく、京都ですら見た事も無い古い町だった。
「なんだ、これ、は……」
「あら、あんたもあの子を弔いに来たのかい?」
突如背後から声を掛けられた流は、その声の主に向き直り話を聞く。
「えっと……アンタは?」
「嫌だねぇ。あんたが何時も来てくれるそこの茶屋の主さね。それより今日は刀照宮家の娘さんの通夜だろう? あんたもあの子に関わりがあったのかい?」
「……は? い、いや。誰か知らないが……」
「え? そうなのかい? まあ知らないのも無理はないのかね。あの子が生きているとは噂では聞いていたけど、まさか無理に刀を打ち続けた後に死んじまうとはねぇ」
「刀を、打ち続けて……?」
「ああそうさ。ここの主は昔はまともだったんだがねぇ。あたしの子供と、ここの娘はよく遊んでたものさ。それが突如主が狂っちまってね、そして娘が監禁同然で刀鍛冶をさせられてたのさ」
その話で「何か重要な事」があったと思い出す。
そして突然心の奥底にあった、一つのワードが口から零れ落ちる。
「……美琴?」
「なんだい、あんたやっぱり刀照宮家の娘を知っているんじゃないか。娘の名前は『刀照宮美琴』って言うんだからね」
刀照宮美琴。その名は初めて聞くが、なぜかひどく懐かしい気分になる。
「じゃあ、あたしは行くよ。まったく娘の呪いか何か知らないが、発狂した父親を蔵へ入れた所の番人の世話なんて、ホント勘弁して欲しいよ」
「待ってくれ! 最後に一つ教えてくれ!!」
「え、何だい大声で?」
「その……刀照宮美琴の最後はどうなったんだ?」
「あぁ、それは酷かったらしいよ。なんでも鍛冶場で老人のように精魂尽き果て、人の吐く量とは思えない血を吐きながら死んだって話さね」
「そ、それだけか?」
迫力のある三十路の恰幅の良い女は、やれやれと言わんばかりの溜め息を吐きながら、流へと先を話す。
「あんたも変わった人だねぇ。普通これだけ聞けばゾっとするもんだろ? そうさねぇ……。その後の話なら続きはあるけど?」
「頼む、教えてくれ!」
「まぁ……そこまで言うなら教えるけど、胸糞が悪くなるよ?」
「ああ、かまわない!!」
「……じゃあ、まぁ。その後のその娘だけどね、発狂する前の父親に担がれて、鍛冶場の井戸へと放り込まれたらしいよ。その際に美琴ちゃんが打った刀で、その美琴ちゃんを斬ったと言う話さ」
「なんだよそれ……」
「まあ知ってる事はここまでさね。じゃあ今度こそ行くよ」
妙に恰幅が良く、話好きの三十路の女は去って行く。
それを呆然と見送りながらも、聞いた話を反芻するように、流は何度も今聞いた話を思い出していた。
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それはあのコテージの一室から全ては始まった。
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「ガキんちょ……。油断なく気をシッカリと持ち続けるがよ?」
「そして恐れないようにしな、きっと恐怖が襲って来るだろうからね」
「ああ分かったよ、アドバイスサンキューな」
そんなやり取りを〆はジッと見つめていた。
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そして、ついに……その時が来てしまう。
「さて、〆さんや。そろそろ始めようかね」
「……はい……。では古廻様。悲恋美琴をその手に持ち、円柱石を斬った時と同じように集中してください」
〆にそう言われ、流は悲恋美琴へ妖力と纏わせる事に集中する。
次第に妖力が美琴の刃先から〝じわり〟と広がり、最終的には刃の付け根である刃区まで広がる頃に「あの感覚」に襲われる。
意識はある。が、徐々に周りの景色がぼやけていき、音も光も何もかもが曖昧のうちに消えていく……。
自分が溶けたような感覚から、ふと気が付く。
流は日本にある古い井戸のような物の前に立っていた。その井戸が気になる、嫌な予感がするが、どうしても気になってしまう。
その欲求に耐え切れなくなり、流はその井戸の底を覗く。
――井戸の底にはジットリと貼り付く、圧倒的な質量がある虚無が其処に在った。
思わず覗いた事を流は後悔した。心底、本当に、やめておけばよかったと思う程に。
その理由は、「井戸の深淵からも誰かが流を覗き込んでいた」からだった。
ただ見ているのではない。一言で言えば「呪いそのもの」であり、人の負の感情が井戸の底に詰め込まれているかのような圧縮感と、閉塞感。
それを濃密に煮詰め、井戸の底に押し込めた存在が〝めぢゃっり〟と見つめて来る。
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「…………何時も」
「何だと!?」
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「…………いてくれるって……約束」
「誰なんだお前は!!!!」
目が窪み、眼球の無い瞳で睨みつけ――
「…………忘れてしまったの?」
そう女が恨みがましく呟くように流へと言うと、視界に新たな風景が生まれだす。
それは、町だった。しかし流が知っている現代日本の街並みではなく、京都ですら見た事も無い古い町だった。
「なんだ、これ、は……」
「あら、あんたもあの子を弔いに来たのかい?」
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