僕はボーナス加護で伸し上がりました

根鳥 泰造

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第二章 ボーナス加護で人生が変わりました

2-6 フェイとの再会 その1

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 リットとミミの二人と別れて、宿屋に戻って、まだ早いが寝ることにした。昨晩は空腹でよく寝れなかったし、地下八階層の戦闘があまりに厳しかったので、疲労困憊だったからだ。
 だが、全く寝付けない。僕もエルデンリングの傍若無人ぶりに、腹を立てていて、思い出すと興奮して目が冴えてしまうのだ。

 このままでは気が治まらないので、思いっきり楽しい思いをして嫌な事は忘れることにし、僕は宿屋をでて、娼館へと足を運んだ。
 
 ここに来たのは二度目で、前回はC級昇格した時に来たが、その時は、勇気が出して入店することができず、未だ僕は童貞のままだ。

 でも、今日こそは、童貞を卒業する。そう決心して、店に入ろうとした時だった。

「受付の癖に、説教しやがって。ルールは守ってるのに、マナー違反って何だよ」
「そうそう。悪質なマナー違反はペナルティ対象にするなんて、勝手すぎだ」
「いや、全てあの女が告げ口した所為だ。ボスが温情で見逃してやったのに、余計な事言いやがって。絶対に許せない」
 僕の背後から、異様な殺気を感じた。
 振り向くと、今日の昼、成果を横取りした四人組がいた。あの後、彼らもアイテムでダンジョンを抜けたみたいで、ついさっき、この街に戻って来たらしい。
 徒歩で戻ったにしては早すぎるが、今日中にたどり着こうと頑張って走ったのかもしれない。
 冒険者ギルドに立ち寄り、報奨金をもらったみたいだが、ローラも、少し反省して、彼らに注意してくれたのだろう。
「あの女、結構、良い体してたよな」
「攫って、肉便器にして、ひいひい泣かせてやりましょうぜ」
「気持ちは分かるが、冷静になれ。鉄の魔女事件で、今はまだ近衛兵たちに睨まれてる。もう暫くは大人しくしていろ」
 近衛兵は、フェイの拉致監禁を知らないと思っていたが、こちらの警察組織も満更すてたものじゃないと見直した。
 でも、その途端、フェイと過ごした日々が走馬灯のように思い出され、僕はまたも娼館に入れなくなった。
 もうフェイと出会う事もないと分かっているのに、僕はフェイの事が大好きなのだ。
 だから、童貞喪失の相手は、やはりフェイにしたい。いつかまた出会える日が来ると信じて、僕は宿に戻り、今日も虚しく自慰をした。

 だが、翌朝、僕はとんでもない事実を知ることになった。
「クエストクリーナーのリックが、通り魔に殺されたんだってよ」
 宿の食堂で朝食を食べていると、そんな話が耳に飛び込んできたのだ。
 発見現場は、僕が野宿した事もある彼らの賃貸アパート近くの公園で、早朝、通行人が発見したそうだ。

 僕は、まだ食べ終わっていなかったが、下膳して、現場に駆けつけることにした。
 すると、近衛兵数人が現場を警備していて、リットの遺体を運び出そうとしていた。
 顔も切られていたが、リットで間違いなく、昨晩の服装のまま、何カ所も切られ、惨殺されていた。
 リットは、剣も防具もない状態でも、かなり強く、通り魔に殺されるなんてありえないが、それなりの使い手相手なら話は違う。でも、前と後ろを切られているということは……。
 その時、昨晩の四人組を思い出した。
 あの時は、スティーブが仲間を諭していたが、まさかと思い、彼らのアパートを訪ねてみた。
 やはり、ミミはいなかった。

 間違いない、二人と別れて一時間以上が経っていたので、彼らと出会う訳がないと思い込んでいたが、別れた後、どこかに立ち寄り、帰りが遅くなり、あの後、エルデンリングの四人と出会ってしまったのだ。
 そして、あいつらはミミの誘拐を決行した。リックは必死に彼女を守ろうとしたが、彼ら四人に惨殺されたのだ。

 僕はまだ公園に立っていた近衛兵に、昨晩、あの公園でスティーブたち四人とリックとが争っていたと嘘の証言をした。四人で、若い女性を無理やり連れ去ろうとしていて、リックが彼女を助けようとして喧嘩になったとも言っておいた。
 近衛兵は、詰め所でもう一度詳しく証言して欲しいと言ってきたが、時間がないからとそれを拒否して、スティーブ邸へと急いだ。ミミが酷い目に遭っていると思うと、一刻もはやく、救出したかったのだ。

 今回も、執事が門前払いしにきたが、以前の大人しい僕ではない。執事の制止を振り払い、屋敷の中に上がり込み、ミミを探し回った。
「ボス、侵入者です。この野郎」
 クランメンバーらしき一人が、見張りをしている部屋があり、その男が剣を抜いて襲い掛かってきた。
 一人相手なら、対等以上に戦える。僕は愛刀『しの一文字』を抜いて、その剣で受け流し、反撃した。
 だが、部屋の中から、一月前、僕をボコボコにしたあの厳つい顔の男が、パンツ一丁の姿で、剣を携えて現れ、襲い掛かって来た。
 あの時はレベル2だったので、全く歯が立たなかったが、今は二人相手でも、互角にやりあえる。
 だが、もう一人、パンツ姿の男も部屋からでてきた。
「ケントなの」ミミの声が聞こえ、助けに行きたかったが、三対一ではそんな余裕はない。
 厳つい男の剣を、刀で受け止めている時、背後から肩をザックと深く切られ、刀まで奪われた。
 彼らも、剣を捨てたり、鞘に納めたりして、それからは拳と足とで僕を殴る蹴るしてきた。
 今の僕は、痛覚鈍化レベル2、物理攻撃耐性レベル3なので、この程度は耐えられるが、一人で乗り込むなんて無謀過ぎた。僕一人で、ミミを救い出すなんて、所詮は無理だった。
「うっ、ぐわっ」
 金玉蹴りをくらい、つい手で股間を庇ってしまい、無防備になってしまった頭を、サッカーボールキックされてしまった。
 これには耐えられず、僕の意識が遠のいていく。
 僕をこのまま、撲殺するつもりらしい。肋骨も折れたのか、呼吸もできなくなってきて、苦しくてならない。

 その時、目の前の寝室のドアが開き、スティーブが武器も持たずに、ガウン姿で現れた。
 まさかミミを殺したのかと思ったが、逃げられないように、手足を縛ってから出て来ただけだった。
 猿轡されて、必死に暴れている全裸のミミが、扉が閉まる前の一瞬、ちらと見えた。
 
 彼は床に落ちていた大剣を拾って、厳つい顔の男にそれを差し出す。 
「その辺でいいだろう。そろそろ止めを刺してやれ」
「この場でですか」
「確かに、廊下を血で汚したくないな。風呂場に連れて行ってから、やれ」
「はっ。お前らも手伝え」
 僕は、二人に足を掴まれ、ずるずると引きづられ、スティーブが再び扉を開けて寝室に戻ろうとした時、「大変です、お坊ちゃま」と、執事が血相を変えて走って来た。
「近衛兵の人たちが、話を訊きたいと押しかけてきております」 
「不味いな。お前たち、女を直ぐに隠せ」
 僕を引きずっていた部下たちは、僕を放置して、慌てて寝室に飛び込んでいった。

 お蔭で、僕は自分にヒールを掛けることができた。
 今のうちに逃走しようと思ったが、寝室の扉が全開だったので、スティーブに見つかってしまった。
 僕は愛刀を拾うと、全速力で逃げ出した。
「あいつが、逃げるぞ。絶対に、逃がすな」
 服を着た男と、執事の二人が追いかけて来たが、神速スキルがあるので、僕には誰も追い付けない。
 玄関を入ってすぐの所には、四人の近衛兵がいて、僕を訝しがったが、そのまま玄関から逃走することにした。
「取り押さえてください。坊ちゃまを暗殺にきた侵入者です」
 僕は、その近衛兵たちからも追い駆けられることになってしまった。

 スティーブ邸を何とか抜け出し、必死に逃げたが、先回りされたみたいで、目の前の曲がり角に、近衛兵の一人が現われた。
「逃がさないぞ」
「待て」 後方からも、二人の近衛兵が追いかけて来ている。
 ここは住宅街で路地もなく逃げ場がない。
 捕まれば、あらぬ嫌疑を掛けられそうだが、この場は、大人しく捕まるしかないかと思った時、僕の隣の家の玄関扉が開いた。

「こっち」 その家から声がして、見るとフェイが手招きしている。
 彼女が何でこんなところに居るのか不思議でならないが、僕は、指示に従って、その家の中にはいった。
 話したいことが沢山あるが、フェイは玄関を施錠して、僕の手を引いて、奥の台所に連れて行った。
 お勝手口があり、そこから逃がしてくれるのかと思ったら、テーブルをずらし、床下収納の扉を開けた。
「直ちにドアを開けなさい」ドンドンドンと、玄関を激しく叩く音がずっと聞こえている。
「後は私が誤魔化しておくから、ここに入って」
 床下に隠れろということかと思ったら、それは真下に繋がる脱出口で、梯子で降りれるようになっていた。

 僕が梯子を下り始めると、扉を閉じられ、真っ暗になり、何も見えなくなった。
 仕方なく、恐る恐る下まで降りると、そこは下水道だった。
 臭いし、何も見えず、鼠やゴキブリも走り回っている感じがする。
 フェイが上手く誤魔化せるのか、心配でならなかったが、ここでじっとしていも仕方がない。
 僕は汚い壁を伝って、滑る下水道横の道を転ばないようにゆっくりと歩き続けた。
 暫く進むと、下水の合流点に出て、そこを右に曲がると、遠くにうっすら明かりが見えた。
 どうやら、どこかに出られるらしい。
 明かりを頼りにそこまで歩き、梯子を上ると、あの薬屋の店主が待っていた。
「フェイが帰って来たと思ったら、あんただったか。何があった?」
 こっちの方が知りたがったが、監禁されている女性を助けるため、スティーブ邸に潜入していたら、暗殺者にされ、近衛兵に追われ、追い詰められた所をフェイに助けられ、その家の台所から地下に降り、下水道脇を歩いてここについたと説明した。
「そうだったのか。お前もスティーブの被害者だったか。またも女性を拉致監禁して遊んでいたとは、あの男には困ったもんだ」
「それより、店主はフェイとどういう関係なんですか。単なる薬の取引相手とは違いますよね」
「フェイとは十年来の付き合いでね。あの家は俺の家で、七年前まであの家で一緒に同棲していたんだ」
 フェイの元カレと聞かされ驚いたが、フェイがあんな安値でこの店に薬を卸し、ずっとこの店としか取引していなかった理由がわかった。
 その後も彼女との出会いや別れ等を、店主は話してくれたが、五年前の事件の後も、スティーブに追いかけられていた彼女を暫く匿っていて、この通路は、五年前の時、人に見つからず、移動できるようにと、改築してつくったものなのだそう。
 そして、今朝もスティーブの部下に追いかけ回されていたところに通りかかり、店に匿い、ほとぼりが冷めるまで、自宅の方で待機していろと逃がしたという話だった。

 ちりん、ちりん。店の扉が開く音がした。
「お客が来たみたいだ。お茶も出せんが、君はここでゆっくりして行ってくれ」
 店主はそう言って、物置部屋から出て行ってしまった。

 それからは、ミミの事が気になり、仕方がなかった。
 スティーブは隠せと言っていたので、ミミを殺さない筈だが、近衛兵が家宅捜査に来ていたので、その後、どうなったのか心配だ。
 猿轡をされた拘束状態のまま、クローゼットに押し込められていたとしても、音を立てるくらいはできる筈だ。近衛兵に気づいてもらえれば、助け出してもらえる。
 そうでなくとも、昨晩、近衛兵に目を付けられていると言っていたので、徹底的に捜索して見つけ出してくれるに違いない。
 ミミは、きっと無事に助け出される。
 そう不安な自分に言い聞かせたが、そうなったとしても心配はある。
 目の前で、最愛の夫を惨殺されたうえ、拉致されて、ずっと悪戯され続けていたのだ。あの四人だけでなく、さっきは別のクランメンバーの二人に変わっていた。
 助け出されてからも、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患い、その絶望と苦しみとから、自殺しかねない。
 生きてさえいれば、きっといいことがあるとは、前世の経験からは言えず、一旦悪に目を付けられれば、悪夢は何度も繰り返すのが現実だが、死だけは選ばないで欲しい。
 どう励ませばいいのか、悩ましいが、彼女の許を訪れて、元気つけてあげなければならない。

 そんな事を考えていたら、地下から足跡が聞こえて来た。

 覗き込んで下を見ていると、フェイが梯子を上ってきた。
「健斗一人? グレイ、店主は?」
 登りきると、そんなことを言いながら、床の扉を勝手に閉めた。
「接客中。それより、フェイは何もされなかった」
「うん。いろいろと訊かれたけど、お勝手口から逃げて行ったと言ったら信じてた」
「フェイ、戻ったか」 店主が戻って来た。
「迷惑掛けたわね。ありがとう。助かった。それじゃ、私達は、今のうちに、退散するから」
 そう言って、彼女はそこに置いてあったリュックを背負って、出て行こうしたが、僕はこのまま逃げるなんてできない。
「ちょっと待って。助けたい女性がいるんだ」
「スティーブの屋敷に監禁されていた女性のこと? さっき、あなたを追いかけていた近衛兵の所に、伝令が来て、女性の惨殺死体が見つかったて話よ。二人で愛し合っていたところに、あなたが乱入し、スティーブを切り殺そうとして、彼女を巻き込んで殺したことになっていたわ。あなたはもう殺人犯として指名手配されるの」
「そんな」
「気持ちはわかるけど、ここから逃げるのが先決。それに、彼女も、この方が良かったんじゃないかな。逃げ出せる可能性はあっても、簡単じゃないし、延々と続く地獄に、精神が保てない気もするから」
 僕には死んで良かったとは思えないが、二度も、同じような酷い目に遭ってきたフェイの言葉は、重みが違う。
 素直に、彼女の冥福を祈り、天国でリットと仲良く暮らしてほしいと、心の中で呟いた。

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