平安あやかし奇譚 〜少女陰陽師とかんざしの君~

花橘 しのぶ

文字の大きさ
4 / 58
「安倍晴明」

四、釵子(かんざし)の君

しおりを挟む
「何があったのですか?」

 良くないことが起こったのだ、と自分の勘は告げていた。

「……左大臣家の姫君が、お隠れになった」

「左大臣家の?」

 陰陽師見習いとして、修行に明け暮れる日々の小春は、宮中の貴族たちとはほとんど関わりはない。
 とはいえ、その中でも左大臣家の姫君のことはよく耳にしていた。

 今、宮中では右大臣派と左大臣派に二分されている。わずかではあるが、右大臣派が優勢であり、帝も篤い信頼をおいているそうだ。
 一方、左大臣は求心力があり、次々と有力な貴族を取り込んでいるやり手だ。その左大臣家の姫君と言えば、東宮に輿入れするのではないか、とも言われていた方だったと記憶している。
 そんな姫君が亡くなったとなれば、宮中の勢力図が塗り替えられる可能性だってある。

「あぁ。姫君は、釵子かんざしで喉を貫いて自死されたそうだ」

「……!」

 驚きに、声が出なかった。
 小春の反応に、忠行は小さく頷く。その表情は憔悴しているようにも見えた。
 
 はたと、自分がなぜこの事実を伝えられたのだろう、ということに小春は気づいた。宮中を揺るがす事件のはずだ。小春のような、一介の陰陽師見習いなんかが聞いて良いことなのだろうか。

「左大臣は、これを怨霊の仕業だと主張している。……姫君が自死するなんて、あり得ないとな」

 そこで忠行は口を切って、小春をじっと見た。
 小春の胸中を覗いているかのような忠行の瞳に、胸がざわつく。
 保憲とは違う、大波のような荒々しさを持つ黒々とした目が、小春を射抜く。
 これが、魑魅魍魎が跋扈する宮中を渡り歩く男なのだ。そう思うと自然と背筋が伸びた。

「おぬしと保憲にも、此度の事件に関わってもらおうと思っている」

(父上は、と言った……?)

 忠行は姫君の死が仕組まれたものと考えているのだ。

「事件、ですか?」

 たずねると、忠行の目元の皺が深まった。

「ああ。俺はあくまで事件だと、考えている」

「……それでは、私はあまりに力不足かと」

 声に出すと、あまりの悔しさに胸が詰まった。
 もっと自分に力があれば。そうすれば、兄弟子の力になれたかもしれないのに。
 悔しさに、唇を噛む。

「俺は、小春が――晴明が適任だと思っている」

 言葉少なに答える忠行。しん、とその場が静まり返った。春の夜には、生きものの鳴き声も聞こえない。
 その静寂のなかで、小春はただ困惑した。

「なぜですか」

 出した声は擦れていた。
 この間だって、保憲に怪我をさせてしまったのだ。
 そんな自分が適任だとは、ゆめゆめ思わなかった。

「理由はいくつかあるが……。そうだな」

 そう言って、忠行は自嘲するように笑った。

「俺が、宮中のことを知りすぎたからだ。俺の代わりに、二人のまっさらな眼で視てきて欲しい」


 本当に、姫君を殺したのは怨霊なのか。それとも――。
 

 忠行のひそやかな声に促されるように、小春は思わずうなずいた。
 有無を言わさぬ響きは、まるで小春を従わせる術を使っているかのようだった。

「保憲には、俺から伝えておく。保憲がいれば、そう心配することは起きないだろう」

 あやつは世渡りが上手いからな、と忠行はひとりごちた。
 小春もそれには全面的に賛成だった。

 あとは手配しておく、忠行に告げられ、小春は忠行のもとから離れようと腰をあげる。
 最後に一礼をしたとき、思い出したように忠行は手を叩いた。

「そうだ小春。式神を使役するのはまだやめておけよ」

(忘れてくれればよかったのに……)

 小春は顔を引きつらせながら、お小言が始まる前に、早々に立ち去るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

処理中です...