平安あやかし奇譚 〜少女陰陽師とかんざしの君~

花橘 しのぶ

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「安倍晴明」

参、賀茂家当主

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 小春たちの住む陰陽寮から、忠行の住む賀茂家の屋敷まで、白とともに歩く。
 今宵は雲のない、きれいな月夜だ。悠々と小春を導く白の毛並みが、月の光に反射してきらきらと光る。

「白さん、今日は綺麗な月ですね」

 月を見上げながら言うと、白はふん、と鼻を鳴らした。

『綺麗、という概念は分かりません』

 私は式神なので、と告げる白。白のように力を持ったあやかしは、式神として使役することが出来る。一般的に、陰陽師の力が強ければ強いほど、力の強い式神を多く使役できるのだ。
 白は、過去の賀茂家の当主に救われて、賀茂家に代々仕える式神になったと聞いている。

 小春よりずっと前から賀茂家に仕えているので、小春は白のことを「白さん」と呼んでいる。
 口調は大人びているけれど、嬉しいときには尻尾が揺れたり、都合が悪いときには耳や尻尾がしゅんと下がったり、見ていて飽きない。いつか白の首元に顔をうずめてもふもふしたいというのは小春の密かな夢だ。
 きっと、白にそれを言ったら怒られてしまうだろうけど。
 私は由緒正しい賀茂家の式神ですよ、と尻尾を地面にたたきつけながら言う白を思い浮かべて、小春は口元を緩めた。

「今日みたいに、雲のない夜空のことを、綺麗って言うんですよ」

『ふぅん。……今から主様に会うのに、ずいぶん余裕そうですね』

「げ。白さん、私怒られるでしょうか?」

『そうでしょうね。坊ちゃんに怪我させたのは事実ですから』

 何を言ってるんだ、とでも言わんばかりの白の目線に、小春は肩を落とす。
 小春だって、白のような式神を使役したかったのだ、と言ったらさらに忠行は怒るだろう。
 何事も基本が肝要だぞ、と野太い声で告げる忠行の姿を思い浮かべると、自然とため息が漏れた。

『まあ、坊ちゃんが怒ってないのは良かったじゃないですか』

 白に励まされながら、賀茂家の屋敷までたどり着く。
 すでに夜更けになっていることもあり、賀茂家はしんと静まり返っていた。中庭のかがり火が、煌々とした灯りを小春たちに投げかける。賀茂家に仕える女房たちをはじめ、すでに皆寝静まっているのだろう。
 他の貴族の家であれば、護衛の兵がいるものではあるが、そこは陰陽師を輩出する賀茂家である。無人のように見えて、歴代の賀茂家当主に使役されたあやかしたちが賀茂家を守っている。
 
 今宵は、そのあやかしたちの気配がどこかせわしない。
 何かあったのだろうか。
 妙な胸騒ぎを感じながら、春の冷気に冷たくなった廊下をぺたぺたと歩く。

「ただいま、参りました」

 忠行の部屋の前に膝をつき、部屋に向かって声をかけると、「入れ」と低い声が響いた。

「失礼いたします」

 中では、忠行が文をしたためているところだった。

「来たか、

「はい」

 すらすらと動く筆。書き終えるやいなや、鳥の式神がそれをくわえて羽ばたく。

「……大変なことが起こった」

 忠行は筆を置いてそう重々しく言った。
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