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「安倍晴明」
弐、兄弟子
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「兄上、ここに置いて良いですか?」
兄弟子に頼まれた巻物をどっさり抱えた小春が声をかけると、兄弟子――保憲は筆を止めた。
小春のほうを見た拍子に、耳にかけていた漆黒の髪が、さらりと落ちる。
抱えた巻物は保憲の卓に置くつもりだったのに、重かっただろう、と言った保憲が、小春の手から巻物を奪っていく。
「ありがとう。小春」
涼しげな一重をゆるませ、保憲はほほ笑む。兄弟子はいつもこうだ。
自分は「男」としてここにいるのに、いつまで経っても女の子らしく扱う。
「いいえ。お礼には及びません。……調子はどうですか?」
「まあまあ、かな」
先日、式神を使役する練習をしていた際、保憲は暴走した式神から小春を庇って怪我をしていた。
元はと言えば、自分の手に余るほど強い式神を使おうとした小春が悪いのに、保憲は小春のことを守れて良かった、と笑ったのだった。
この兄弟子は、とかく小春に甘い。兄弟子に守られてばかりではいられないと思うのに、保憲はいつまで経っても小春の先に行ってしまう。
陰陽寮の陰陽師見習いたちのなかで、保憲は一番に有望視されている。このままいけば、史上最年少で陰陽師になれると噂されているぐらいだ。
「この間まで床に臥せっていたのですから、無理をなさらないでください」
「臥せっていた分、取り返さないと――」
「駄目です!」
まだ勉強を続けようとする保憲の筆を取ると、保憲は不服そうに小春をじっと見た。
――兄弟子は、小春に甘い。
保憲は、小春が本気だと悟ると、諦めたようにうなずいた。
「わかったよ。今日はちゃんと休む」
強制的に保憲を床に入れることに成功した小春は、静かに兄弟子の部屋を出た。
あれから7年が経ち、小春は十六歳になった。
小春を拾ったのは、陰陽師として名高い賀茂親子だった。
怨霊が視える小春の才が見出され、陰陽師見習いとして、安倍家の養子となったのだ。
あの時、たまたま小春の村の近くを通りかかった賀茂親子に出会ってなければ、小春はきっと死んでいた。
安倍家は、賀茂親子と家族ぐるみで仲が良く、小春のことも二つ返事で承知してくれたらしい。もっとも、陰陽師の家系であった安倍家に、なかなか才に恵まれた子が生まれなかったのも要因であった。
女は陰陽師になれない。
その掟を破ってまで、小春を安倍家に置いてくれたことに感謝している。
小春の「春」をとって、「単語晴明」という名前をくれたのも、安倍家だった。
兄弟子の部屋から自室に戻ると、そこにいたのは白い大きな犬。
賀茂家が代々使役している式神で、名を白という。
「どうかしましたか?」
『主様がお呼びです』
主様、とは賀茂家当主であり、保憲の父であり、小春を拾った張本人である賀茂忠行のことだ。
忠行は、見習いである保憲や小春とは違い、すでに現役の陰陽師である。
多くの貴族に頼られている彼は、陰陽師たちのなかでも多忙であり、最近は小春もなかなか会えていなかった。
(きっと、兄上に怪我をさせたときのことだ……)
小春たち見習いを指導する陰陽博士からは、こっぴどく叱られたばかりだった。
「いま、行きます」
忠行は保憲とは違って、小春にも厳しい。
忠行に怒られることを思うと、気が重かったが、いかないわけにはいかない。
小春は、重い足取りで忠行のもとへ向かうのだった。
兄弟子に頼まれた巻物をどっさり抱えた小春が声をかけると、兄弟子――保憲は筆を止めた。
小春のほうを見た拍子に、耳にかけていた漆黒の髪が、さらりと落ちる。
抱えた巻物は保憲の卓に置くつもりだったのに、重かっただろう、と言った保憲が、小春の手から巻物を奪っていく。
「ありがとう。小春」
涼しげな一重をゆるませ、保憲はほほ笑む。兄弟子はいつもこうだ。
自分は「男」としてここにいるのに、いつまで経っても女の子らしく扱う。
「いいえ。お礼には及びません。……調子はどうですか?」
「まあまあ、かな」
先日、式神を使役する練習をしていた際、保憲は暴走した式神から小春を庇って怪我をしていた。
元はと言えば、自分の手に余るほど強い式神を使おうとした小春が悪いのに、保憲は小春のことを守れて良かった、と笑ったのだった。
この兄弟子は、とかく小春に甘い。兄弟子に守られてばかりではいられないと思うのに、保憲はいつまで経っても小春の先に行ってしまう。
陰陽寮の陰陽師見習いたちのなかで、保憲は一番に有望視されている。このままいけば、史上最年少で陰陽師になれると噂されているぐらいだ。
「この間まで床に臥せっていたのですから、無理をなさらないでください」
「臥せっていた分、取り返さないと――」
「駄目です!」
まだ勉強を続けようとする保憲の筆を取ると、保憲は不服そうに小春をじっと見た。
――兄弟子は、小春に甘い。
保憲は、小春が本気だと悟ると、諦めたようにうなずいた。
「わかったよ。今日はちゃんと休む」
強制的に保憲を床に入れることに成功した小春は、静かに兄弟子の部屋を出た。
あれから7年が経ち、小春は十六歳になった。
小春を拾ったのは、陰陽師として名高い賀茂親子だった。
怨霊が視える小春の才が見出され、陰陽師見習いとして、安倍家の養子となったのだ。
あの時、たまたま小春の村の近くを通りかかった賀茂親子に出会ってなければ、小春はきっと死んでいた。
安倍家は、賀茂親子と家族ぐるみで仲が良く、小春のことも二つ返事で承知してくれたらしい。もっとも、陰陽師の家系であった安倍家に、なかなか才に恵まれた子が生まれなかったのも要因であった。
女は陰陽師になれない。
その掟を破ってまで、小春を安倍家に置いてくれたことに感謝している。
小春の「春」をとって、「単語晴明」という名前をくれたのも、安倍家だった。
兄弟子の部屋から自室に戻ると、そこにいたのは白い大きな犬。
賀茂家が代々使役している式神で、名を白という。
「どうかしましたか?」
『主様がお呼びです』
主様、とは賀茂家当主であり、保憲の父であり、小春を拾った張本人である賀茂忠行のことだ。
忠行は、見習いである保憲や小春とは違い、すでに現役の陰陽師である。
多くの貴族に頼られている彼は、陰陽師たちのなかでも多忙であり、最近は小春もなかなか会えていなかった。
(きっと、兄上に怪我をさせたときのことだ……)
小春たち見習いを指導する陰陽博士からは、こっぴどく叱られたばかりだった。
「いま、行きます」
忠行は保憲とは違って、小春にも厳しい。
忠行に怒られることを思うと、気が重かったが、いかないわけにはいかない。
小春は、重い足取りで忠行のもとへ向かうのだった。
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