平安あやかし奇譚 〜少女陰陽師とかんざしの君~

花橘 しのぶ

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「安倍晴明」

壱、出会い

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 小さいころから、「人ではないもの」が視えていた。

 黒い煙のような影。
 自分以外には聞こえない声。
 足元を歩き回る小さな者たち。

 その年の冬は、とても厳しく、口減らしに捨てられる子どもが後を絶たなかった。
 死んだはずの子どもが、親を求め死後もさまよっていることを、小春だけは知っていた。

 やせ細った手足で、つんつるてんな襤褸の着物を身に着けて。
 青白い顔で、小春以外の誰にも見えていないにもかかわらず、よろよろと親を求め続けるその姿は、恐怖そのものだった。

「どうして、お母さんには視えていないの?」

 ある日、恐怖に耐えきれなくなって、母にたずねた。
 すると、母は苦い顔をして、小春の目をあたたかな手で覆った。

「小春は、何も見えていないの。……いい?」

 うなずかないと、駄目だと思った。
 それでも、ここでうなずいたら、嘘を言うことになってしまう。
 お母さんから、嘘は言っては駄目だと教わったのに。

「小春?」

 母が、有無を言わせぬ声音でたずねた。
 お母さんに、嫌われたくない。
 その一心でうん、と小さく答えると、その後ろから父が見たこともない怖い顔をして小春を見ていた。


――それから、小春は捨てられた。


 降りしきる雪のなか、小春はじっと大木の下に佇んでいた。
 足元から、しびれるような冷たさが這い上がってくる。ぎゅっと丸まって、自分の足を抱く形で座る。

(お母さん、遅いなぁ……)

 どれだけじっとしていただろう。小春の肩や頭のうえには、雪が薄く積もり出していた。
 頭のなかでは、自分は捨てられたのだと薄々気づいていた。
 それでも、母は小春に「ここで少し待っててね」と言ったのだ。

 別れ際の母の目が赤くなっていたのは、きっと見間違いだ。
 きっと戻ってくる。
 そう自分のなかで、強く信じていなければ、心が折れてしまうと思った。
 
 そのときだった。
 ざく、ざく、と雪を踏みしめる音が聞こえた。母が来たのだと思って、はっと顔をあげる。

 そこにいたのは、大きな傘をかぶった男と、小春と同じぐらいの背格好の少年だった。
 男はまるで山男のようにふさふさとした髭を蓄え、鋭い眼光で小春を見ている。
 少年のほうは、風に吹かれたら消えてしまいそうに線が細く、ガタイの良い男とは似ても似つかない。
 それでも、細い目とその目つきの鋭さはよく似ていて、彼らに血の繋がりがあることはよく分かった。親子なのだろう。
 
「一人か……?」

 男が、小春に声をかける。野太い声に、小春はうなずいた。

「……お母さんを待ってるの」

「父上、どうしましょう」

 ぽつんと答えると、目つきの鋭い少年は、困ったように父と呼んだ男を見上げた。

「どうすると言っても、祓うしかあるまい。これだけ、憑かれているのだ」

「この子、放っておいたら死んでしまいます」

「……それも、この子の運命だろう」

 男たちは、小春の答えを聞いて、何やら話し合っている。
 男たちから目線を下げると、霞みかかっている視界のなかで、小春と同じように死んでいった子たちが「視えた」。

『小春、死んじゃやだよぅ』
『お母さんに、会わせてくれるって言ったじゃナイか』
『小春の命をちょうだいよ』
『なンで、僕が死ななきゃいけなかったの』

 耳障りな声が、小春の耳元でがちゃがちゃとわめく。

「うるさい。私はお母さんを待ってるの!」

 思わず声を荒げると、生前は友だちだった、人ならざる者たち、よろよろと小春から離れた。
 その中のひとりだけが、小春に向かってくる。大きく開けた口の中は、暑い夏の影よりも黒々としていた。

『小春の嘘つき。私を生き返らせテくれるって言ったのニ』

「そんなこと、私は言ってない」

 勝手に勘違いしないで。
 そう言おうとした言葉は、鬼のような彼女の形相見た瞬間、悲鳴に変わった。

「白!」

 彼女が小春に飛びかかったのと、少年の声が響いたのは同時だった。
 ぎゅっとつぶった瞳をおそるおそる開いた先にいたのは、一匹の大きな白い犬。綺麗な毛並みは、雪のなかでぼうっと光っているように見えた。
 大きな犬は、じたばたと暴れる彼女を押さえつけている。

「急急如律令」

 一拍遅れて、男の野太い声が空気を震わせた。
 その瞬間、犬に押さえつけられていた彼女や、小春の近くにいた人ならざる者たちが雪のように消えていった。
 呆然とする小春のもとに、少年が近づいてくる。

「大丈夫ですか?」

「……うん」

「よかった」
 
 少年は、涼しげな目元をくしゃりとさせて笑った。先ほどまでの、厳しそうな印象から一転、見とれていた小春の前に、すっと少年の手が差し出された。なんだろう、と思って手をじっと見ていると、隣にいた男から声をかけられる。

「君、視えるんだろう?」

 何が、とは言わなくとも分かっていた。
 小さくうなずくと、男は破顔する。

「こんなところで、これほどの才能に出会えるとは思わなかった。……君さえよければ、私たちと一緒に来ないか」

 小春は途方に暮れた。
 母を待っている。けれど、母に捨てられたということは身に染みてわかっている。

 母か、少年か。

 迷ったけれど、少年の手をとった。
 少年の手はあたたかく、小春を迎え入れてくれているようだった。

 


――のちの安倍晴明の伝説は、ここから始まったのである。



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