平安あやかし奇譚 〜少女陰陽師とかんざしの君~

花橘 しのぶ

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一の姫

十八、千代

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「千代、みーっけ」

 雲に月の光が遮られたとき、聞こえたのは六花の声だった。
 はっとして後ろを振り向くと、手を伸ばせば触れられる位置に六花が立っていた。
 まるで、自分の話をしたから出てきたというように。

「六花! 脅かさないでよ!」

 千代が言うと、六花はにやりと口角をあげた。

「ごめんね」

「ごめんって思ってないでしょ」

 千代は鼻息荒く六花に食ってかかる。
 対する六花といえば、涼しい顔で受け流していた。いつものことらしい。

「それでさぁ、六花。なんでこの人を連れてきたの」

 この人、と小春が指差される。
 六花は、くすりと笑い声をあげた。

「千代に会いたいって言ったから」

「……え? そんな、私は千代のことを

 思わず言い訳めいた言葉をつぶやくと、六花はすべてを見透かすような瞳で小春を見る。じーっと、静かに。凪いだ瞳だった。

「あんたが千代に会いたいって言ったから、連れてきた。あたしも、千代に会いたかったら。だから連れてきた」

「六花、どういうこと?」

 千代が眉間に皺を寄せてたずねる。
 小春とて同じ気持ちだった。これまで、小春は千代という人物には一度も会ったことがない。千代に会いたいと、六花に言ったこともない。

 小春が六花に会いたいと言ったのは——六条の君だ。

 はっと気づいて、目を見開く。
 千代が、六条の君?
 六条の君が、こんなに小さい子どもとは、とてもではないが思えない。
 何か、タチの悪い冗談だろう。
 そう思いたいのに、舌が何かに縛られたように声が出せなかった。

「……千代、また会おうね」

 その瞬間、さっと、小春の手を引いたのは六花だった。急なことに、身体の均衡が崩れる。体勢を崩して倒れたと思ったその時——。

 小春は最初に六花に会った部屋のなかで、倒れていた。

「……いたた」

 思い切り腰を打ったようで、鈍痛のする腰をさすりながら小春は起き上がる。あたりを見渡してみても、先ほどまで目の前にいたはずの千代も、小春の手を引いたはずの六花もいなかった。

「いまのは——」

 神隠しにあった、ということか。
 六花が人ではないことを考えると、それもあり得る。ただ、六花は神というよりは、あやかしに近いような気がしたのは気のせいだろうか。神よりももっと俗っぽいというか、人間らしいというか。

「六条の君に、会わなきゃ……」

 ひとりごちると、静かな部屋のなかで自分の声だけが響いた。先ほどまでと同じく、まるでこの屋敷に小春一人しかいないような気持ちにさせられる。
 それでも、今は確かめたかった。
 なぜ、六花が小春のもとに現れたのか。そして、六条の君は誰なのかを。

 
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